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 「その、好きです!つき合ってくださ――」

 「無理」

 アタシは一蹴した。こんなキモい男と誰がつき合うか。

 地味で、休み時間に1人で本読んでるタイプの男。ああ、気持ち悪。

 少なくとも、アタシとはぜっったいに釣り合わない。月とスッポンと言う奴だ。

 「言いたいことそれだけ?じゃあ、もう二度と話かけんなよ」

 ついでに二度と近寄るな。

 何も言ってこないので、不思議に思って顔を見ると。

 「………!」

 うっわ、泣き顔キモっ!一瞬吐くかと思ったわ!

 あーあ、こんな奴じゃなくてキリト君だったらいいのに。

 キリト君はスポーツが超得意で、球技大会なんかじゃぶっちぎりのエース。勉強も抜群で、こんな地味メガネとは大違いだ。

 彼とつき合えるならどんなことでもしよう。たとえ土下座してでも。

 そうだ。今日はキリト君と昼休みに喋ったんだった。しかも結構長い間。

 よし、保護しとこっと。

 そいで、こいつの記憶はゴミ箱直行!

 当然でしょ?精神衛生じょーね。

 アタシはMEMORY CONTROLプログラムを偏向スクリーンに呼び出し、キリト君との記憶をプロテクトした。そして、今の直近5分間の記憶をデリート。

 「記憶消去プログラム作動までお待ちください」の文字は一瞬で流れ去り、意識が遠のいて――――!


 あれ?アタシなんでこんなとこいるの?確かここって体育館裏だよね?訳わかんない。

 ――――ってもうこんな時間じゃーん!もうすぐ塾はじまるって!早く帰らなきゃ。

 後ろに誰かいる気がしたけど、アタシは大急ぎで校門へと出た。


 11時。塾から家に帰って、なんとなしにMEMORY CONTROLプログラムを見てみると、今日の12:10~13:00までの記憶が保護されていた。これって昼休みの時間帯じゃん。いつの間に保護したんだろうか。

 アタシの些細な疑問は、丁度思い出したキリト君との会話の高揚で、押し流されていった。

      ******


 「無理」

 その言葉を聞いた瞬間、目の前が真っ暗になった。やっぱり僕なんかじゃ藤香さんとはつき合えないんだ。

 いままでの緊張が嫌な感じにゆるんでほどけていって。

 僕はすでに半泣きになっていた。全身の血がさあっと引いていくのが痛いくらい判った。

 心底嫌そうな顔をしながら藤香さんはさらに、

 「言いたいことそれだけ?じゃあ、もう二度と話かけんなよ」

 とまで言った。

 ………嘘だろ?

 そこまで嫌われてたのか?

 急に視界がぼんやり魚眼レンズみたいに歪みはじめて、

手のひらに水滴が落ちたところで、僕は自分が泣いてるのだと悟った。

 もう、生きる意味を感じなかった。

 さっきまで楽観的に考えていた自分を殺してやりたい。

 藤香さんが帰った後も、僕は膝がかくかく震えてずっと動けなかった。

 だめだ。耐えられない。こんな最悪なフラレ方、僕は絶対に立ち直れない。このままだと今夜、自殺する。

 僕は震える指でMEMORY CONTROLプログラムを呼び出した。

 直近10分の記憶。そのデリートをタップしようとしたところで、僕は一瞬、唐突に既視感に襲われた。

 なんだ?この光景、シチュエーションをどこかで見た気がするーーデジャブという奴か?それとも、もしかして――――!

 でも、その結論に達する前に僕の指はDELETEボタンを押していた。

 飛行機が離陸するときみたいな減圧感。

 周りの風景がぐるぐると廻って――――!


 「あれ?なんで僕、泣いてるんだ?」

 理由も判らないのに、涙はしばらく止まらなかった。ぽたぽたと制服が濡れていく。

 でも、僕は強引に袖で目を拭って立ち上がった。

 男たるもの、泣くなんて情けない。

 空を見上げると、うっすらと三日月が上がっていた。

 

 歩きながら、英語のグループ作業中に藤香さんと喋ったのを思い出した。ただの事務会話だったけど、僕にとってすごく貴重な記憶だ。

 藤香さんとつき合えるなら、僕は何でもしよう。

 いや、違うな。男たるもの積極的にいくべきだ。

 「とりあえず、明日告白するか」

 場所は――そうだな、体育館裏がいいか。

 呟きながら、僕は夜道を一歩踏み出した。

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