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ついに、政府は内戦の終結を発表した。

僕らは懐かしの前線へ戻されていたが、このところ大きな戦いはなく、

ミーチャは酒場で飲んだくれていたし、

隊の仲間はけポーカーで、ただでさえ薄い給料袋をさらに薄くさせていた。


要するに、ヒマを持て余していた。


戦争のような大きな出来事さえ、

こうやって尻すぼみに終わっていくものなのかもしれない。


だがすぐに故郷へ帰れるわけではなかったらしい。

新しい任務を言い渡されたのだ。


戦争は終わったはずじゃないのか?


いや、確かに戦闘は終わりを迎えた。

けど平和が来た以上、捕虜ほりょを解放しなくてはならない。


そうなると、戦時法を破るような

拷問や薬物の使用をしてきた事実が明るみに出てしまう。


きっとお偉いさんの中に、困る者がいたんだろう。


作戦自体は、シンプルなものだった。

なにも知らない捕虜達を広場へ集め、

四方八方から撃ちまくって皆殺しにするのだ。


拷問を受けた捕虜のうち、

生き残ったのは38名いた。


僕は全員の顔を知っていた。

僕らが選ばれたのは、たぶんそれが理由だった。


ミーチャは、少尉しょういに昇進していた。

つまり、我が高潔こうけつなるヴィラン部隊のれっきとした小隊長となっていたのである。


我が小隊長殿は、作戦決行の前夜、

いきなり捕虜収容所を襲撃するという暴挙ぼうきょに出た。


呆気あっけにとられたのは看守達ばかりで、

僕を含めた隊員に、今さら驚く者はいなかった。

ミーチャとつき合っていれば、

こんなことは驚くに値しない。


とはいえ、いったいどういうつもりなのか?


ミーチャは捕虜を1人残らず広場へ連行してくるよう命じた。

気まぐれで作戦を半日早めたというだけか?


もちろんそうではなかった。


「お前らは明日、全員消される!」


捕虜達の反応は、意外なほど薄かった。

なんとなくは、察していたのかもしれない。


むしろ、ミーチャが次に起こした行動こそ、

彼らを驚かせた。


ミーチャは旧式のリボルバー拳銃けんじゅうに一発一発、弾丸を込めると、

それを捕虜達の前へすべらせたのだ。


「実のところ、俺は前々からもったいないんじゃないかと思ってたんだよ。

 つまり、この中にも1人くらいは本物の男がいるかもしれないってな」


ミーチャは自分用にもう一挺いっちょう

同じリボルバーを出して腰へ差した。


「その昔、俺達の国は男に決闘をする権利を認めていた。

 男と男が納得ずくで決めたルールに従って戦うとき、

 殺人ではないと考えていたわけだ。


 もっとも、今は禁止されている。

 だから、そんなのは古い考えだと言うヤツもいるだろう。


 だがお前らは、明日、全員死ぬ!


 男が男らしくいる権利は、とっくに失われてる。

 同時に、男が背負うべき責任も消え失せたわけだが、

 もともと本物の男というのは少ない。


 俺はこんなときまで、ぬるま湯のほうがお好みだなんて言うホモ野郎に用はねえ!


 犬死いぬじにがお望みなら、料理長のところへ行って最後に何が食べたいかを言え。

 ただし、できればママのおっぱい以外にしてくれると助かる。

 料理長は男にしてはいいおっぱいをしたデブだが、ミルクを出すのは無理だろう。


 ついでに自分の宗教も申告してくれると面倒が少ない。

 どうせ、まとめて火葬にされるが、

 間違って別の神様のところへ行っちまうと、あの世のほうで迷惑する。


 だが、最期さいごくらい戦って死にたいというヤツは、

 今、前へ出な。


 俺が相手になってやる」


こんなことになんの意味があるのか?

そう言いたい者もいたかもしれない。


明日死ぬか、今死ぬかの違いくらいしかない。


仮に勝てたとしても、

結局は殺されてしまうのだから。


選べるのは、死に方だけだ。


そのとき、捕虜達の中で一番若い男が前へ出た。

銃を拾うと、ミーチャと同じように腰へ差した。


「タイミングは、どうしましょう?」

「お前が撃ちたいと思ったときでいい」


ミーチャは、あの人懐っこい笑みになっていた。


2人がにらみ合う。

静かな時間が流れた。誰もが息を止めていたのである。


不意に、若い男が動いた。

ミーチャは、ほとんど動かなかったように見える。


銃声は一発だけ。

男はリボルバーを落とすと、前のめりに倒れた。


だが、直後に別の男が飛びつくように

拳銃を拾ったのだ。


あっ、と声を上げるヒマもなかった。


銃口が、ミーチャを捉える。

引き金が引かれるのをスローモーションのように眺め……


次の瞬間、男の脳天が吹っ飛ばされた。

ミーチャのほうが、早かったのだ。


「ペルホーチン、銃口を下げろ!」


ミーチャに言われて、初めて自分が人を撃とうとしてたことに気がついた。

従軍しているとはいえ、僕の仕事はあくまで治療なのだ。


衛生兵でも銃を向ければ、反撃を受ける。

必要が生じない限り、発砲しないほうがかえって生き残りやすいと

自分をいましめてきたはずなのだ。


「1対1だ、ペルホーチン。

 1人ずつ相手をする。

 タイミングはそっち任せと言った以上、今のもルール違反じゃあない。

 銃口を下げるんだ。

 それとも、そいつのフルオート射撃でなにもかも台無しにしようていうのか?

 そのほうが、あっけなく終わるだろうがな」


「いいや、少し驚いただけだよ、ミーチャ」


銃を下げて一歩下がると、その後は僕も見守るにてっした。

もう捕虜のほうも、こういった反則すれすれの手に出ることはなかった。


それは事情を知らぬ者の目には、

異様な光景と映ったかもしれない。


しかし、そこには奇妙な納得があるように見えた。


僕が尋問を通し、長い時間を掛けて築いた信頼と同じくらいとうといものを、

ミーチャは1人1人と一瞬一瞬のうちにわしあったのではないか?


まるで厳粛げんしゅくな儀式でも行うように、

彼らは順番に出てきて、ただ撃ち殺されていった。


そうして、いよいよ最後の1人になる。


彼は、捕虜の中でも一番階級かいきゅうが高く、

この収容所における最重要人物と目されていた。


「礼を言います、ドミートリー少尉。

 私は薬を使われ、何もかも話してしまいました。

 正直言って、故郷で家族に合わせる顔がないと思っていましたから」


「くたばるつもりで出てきたなら、相手はしねえ。

 俺は別に、自殺の手伝いがしたいわけじゃあないからだ」


「わかっています。短い間とはいえ、皆とは苦楽を共にしました。

 彼らを倒されてしまったのは悔しい。

 ただ、それはどこか爽やかな悔しさなのです、ドミートリー少尉」


ミーチャは、この人のことが気に入ったらしい。


「ミーチャでいい。友人はみんな、俺をそう呼ぶ」

「いいえ、ドミートリー少尉。

 私は貴方の敵です」


結局、ミーチャは38回決闘を行い、

38回発砲することになった。


一発も外すことはなかった。




ただ、報告書にはまたも事実と少し違うことが書かれることになった。


『捕虜収容所において、捕虜達がどこからか拳銃一挺いっちょうを入手。

 暴動へ発展しつつあるのを認め、

 鎮圧ちんあつのため、やむなく発砲したものである。


 残念ながら銃の入手経路は判明しなかったが、

 捕虜の間で内戦終結と同時に暗殺されるという噂がまことしやかにささやかれており、

 他の収容所でも同様の事件が頻発ひんぱつしている。


 我が方に死傷者がないことは、幸いであった。


 だが今後はこういった事故を防ぐため、

 捕虜解放の際は、いっそうの注意をうながしたい』


もちろん、僕らにとっても歓迎すべき内容だったが、

おそらくお偉いさんにとっても、都合がよかったに違いない。


それとも、やはりミーチャの肩には

女神の尻が乗っているのだろうか?


反対に虐殺者ぎゃくさつしゃとして、すべての責任を押しつけられたとしても、

少しも不思議はなかったはずだ。


なのに、きっちりと恩赦おんしゃが下り、

彼は晴れて自由の身となったのである。


その夜、ミーチャはいつもの酒場でいつもの安酒をあおり、

けどいつも以上に酔っぱらっていた。


「仕方ない、仕方ないだろう、ペルホーチン?

 平和が来た? 誰も人を撃たなくてもいいってわけだ!


 だったら、もう酒を飲むくらいしかやることがないだろうが!

 明日から、ここの連中は1人残らず失業者しつぎょうしゃというわけだ。


 乾杯かんぱい、乾杯だ、ペルホーチン。

 平和と平和なる失業者達に乾杯!」


強引にグラスを打ち合わされる。


「せっかく兵隊を当て込んでやってきた、酒場もプッシーも開店休業だな。

 穴があっても入れる棒がなきゃ、宝の持ち腐れだぜ、

 おい! 俺がファックしてやろうか?


 街中の女をみんな呼んでこい、そう順番だ!

 あんたとあんたも、いいだろう……なに? 旦那が帰りを待ってるだと?


 ふざけるんじゃない! だったら、さっさと帰って旦那にファックしてもらえっ。

 みんなと言ったが、やっぱりやめだ。

 寂しい女だ、今夜寝る相手のいない寂しい女だけにしよう、

 でなきゃ、俺の身がもたない」


「やめなよ、ミーチャ? そんなことして

 君の女神様は怒らないのかい?」


「愛する女と寝るための女は違う」


少し、意外な気がした。

彼からそういった特定の女性がいる雰囲気を感じたことは、

それまで一度もなかったからだ。


「ペルホーチン、お前ももう帰れ!」

「そう言われてもね、今の君は酔い過ぎてるよ」


「放っといてくれ、俺のことなんか放っておくんだ、ペルホーチン。

 お前にはカーチャが待ってる、ペルホーチン。


 行って、幸せになって来い。

 花好きな女が、花好きな女を好きな男を待っているんだぞ?」


「もちろん、明日にはそうする。

 手紙にもそう書いてしまったしね」


そう、明日には僕も宿舎を引き払う。

待ちに待った日を迎えるはずだった。


どんな酷い場所だろうと、僕にとっては生まれ故郷なのだ。

村へ帰りたくないはずはなかった。


「けど、今夜はもう少し君の側にいるよ」


ミーチャは、カウンターに突っ伏したまま、

可笑しそうに肩を揺すった。


「ペルホーチン、お前は物好きなヤツだ」

「そうかもしれないね」


ましてグラスに口を付けると、

ミーチャはやぶにらみに瞳を上げた。


「おい、なにか言いたいことでもあるのか?」

「実は、カーチャに約束してしまったんだ。

 帰るとき、友達を連れて行くって」


そう告白したとき、ミーチャが見せた顔はなかなか傑作けっさくだった。

きっと今後、彼が怒って、どんな恐ろしい表情をしたとしても、

気にならないだろうというくらい。


「返事はもらってないけど、たぶん大丈夫だろう。

 なにより、僕がそうしたいんだ」


「イカレてるのか、ペルホーチン?」


「確かに、君は最高にイカレてるし、無礼で、飲んだくれで傍若無人ぼうじゃくぶじんだ。

 そのくせ、シャイで寂しがり屋だったりする。


 だから自分でもどうかしてるって思うんだけど、

 僕達の結婚式にドミートリー・カラコーゾフがいないのは、

 とても耐えきれない気がするんだよ」


さすがに、すぐには返事がなかった。

あるいは照れているだけだったのかもしれない。


「もちろん、先約があるなら諦めるけど」


間が持たず、そう言ってしまったものの、

これは少しズルい聞き方だったろう。


僕も風の噂で、ミーチャが父親殺しで収監しゅうかんされたことは知っていた。

そんな彼が故郷へ帰ったところで

居場所がないであろうこともわかっていた。

わかっていたからこそ、彼を誘ったのだ。


「OK、OKだ、ペルホーチン」

「よかった、じゃあ明日は……」


「いいや、今だ。今から出よう」

「なんだって?」


「俺はこんなに酔っ払ってるんだぞ?

 明日になったら、全部忘れちまってるに違いない。

 今行くしかないんだよ!」


「そうかもしれないけど、本気かい?

 今からじゃ、飛行機の便だって出てないよ」


「なんとかなるさ!

 それに、どうせ大して荷物なんかない。

 いつでもすぐに出られる、お前は違うのか?」


「荷造りなら、もう済ませてるけど」

「だったら決まりだ!」


結局、ミーチャは主人からウイスキーのボトルとビールの6本パックを買って、

さっさと立ち上がってしまう。

彼は、言い出したら聞かない人間だった。


けど、あるいは僕も酔っていたのかもしれない。


この場に座っていられないくらい、

僕までわくわくしてきたのだ。

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