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ミーチャと親しくなれたのは、
あらゆる面で幸運だったと思う。
僕は後方から支援することが多かったけど、
それでもポイントマンである彼の働きが
いかに大きいものかは感じ取れた。
ミーチャはズバ抜けて
彼の働きで危険を脱したことも数え切れないほど多かった。
確かに、勝利の女神でも肩に乗せていなければ、
こうはいかないという強運さえ持ち合わせていた。
彼がいなければ、
あるいは僕も生きて帰れなかったかもしれない。
なにより、前線で感じるストレスは
はるかにずっと大きなものだった。
実際には助けられなかった仲間も多くいた。
なのに同室の彼とギクシャクしたままでは、
敵にやられるより先に、きっと頭がおかしくなっていたろう。
この頃、僕はよく二段ベッドの下に寝転がり、
カーチャから送られてくる手紙を繰り返し読んだものだ。
「彼女は花が好きなんだ」
「ああ、俺の行きつけのバーにも、
花が好きだって
ミーチャは、その話には飽き飽きという風だった。
でも、気兼ねなく彼女の話が出来るだけでも、
僕にとっては大きな
「花が好きな女性に、悪い人はいないよ。
そんな仕事をしてるのは、きっと事情があったんだろう」
「だろうな。あのスケも、なかなかいい尻をしていた。
すれ違い様に撫でてやったら、1ルーブル取られたよ」
さすがに少しむっとして、
だけどミーチャは
例の人懐っこい笑みを浮かべたのだ。
「俺も、1つ
「なんだろう?」
「花が好きな女に悪いヤツはいない。
ついでに、花好きな女を好きな男にも、悪いヤツはいない」
僕は、なんだか照れ臭くなったものだ。
それでも、汚れ仕事を回されるのはやはりつらかった。
けど、ときどき中から呼び出された。
僕らの隊には、
少なからず混じっていたのである。
ミーチャは
拷問は部下に任せきりで、自分はまるで興味がないように振る舞った。
でも実際にはイラつきを隠しきれておらず、
明らかにこの仕事が気に入っていない様子だった。
だけど僕も、そんな彼に気を使う余裕はなかった。
この仕事をもっともよく手伝わされたのは、
なにせ、僕だったのだから。
連中は、僕に自白剤を処方するよう命じた。
明らかに戦時法を無視した命令だった。
僕はこの薬が精神を破壊し、
説明しようとした。
連中は、言った。
拷問を続ければ、どうせ五体満足ではいられない。
同じ事ではないかと。
拷問の方がマシなのか、薬の方がマシなのか?
それは僕にもわからない。
ただ、良心の問題だった。
首を縦に振れないでいると、連中は僕に自分で捕虜を説得するように命じた。
薬を使わないなら、自分で吐かせてみろというわけだ。
僕は
どうやら尋問というのは、繰り返すうち、
相手に対して不思議な愛着を抱かせるものらしい。
こちらはどうにかして自白させようと知恵を絞り、
相手もまた自分の誇りを守ろうと、あるいは損得を
そこには、明らかに駆け引きがあり、勝負と呼べるものが存在した。
言わばお互いの人間性を浮き彫りにする行為だったのだ。
ときには奇妙な信頼関係さえ
感じることもあったくらいだ。
だから、ときどきこちらの必死さが伝わることもあった。
僕が地獄の中の仏に感じるのだろう。
彼らがここでは人間扱いされていないことの証だった。
けど多くの場合、僕の会う者達は誇り高く、
それゆえに重要な情報を持ってると見なされていた。
「私はなにも知りません、
あなた方に教えられることはなにもありません」
その男は少しも瞳を動かさず、言い切った。
後はもう、貝のように口を
僕は、彼を廃人に追い込まなくてはいけなかった。
結果として、ゲリラの秘密基地を
この行為が味方の命を救い、
平和への一歩に繋がったと言えたかもしれない。
でも、果たして薬を使うことが勝負と言えただろうか?
少なくとも、男と男の勝負とは言えない。
そのことが、僕を苦しめた。
銃声と砲声の
けど噂によると、いよいよ内戦は終結を向かえつつあるらしい。
現実的にも、前線は遠のきつつあったのだ。
カーチャ……カテリーナ。
君の元へ帰れる日は近い。
でもどうしたわけか、最近、ときどき今いる場所のほうが、
自分の故郷のように感じることがあるんだよ。
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