第3話 キャロル、騎士を目指す(2)
翌日。
まず、母上と共に仕立て屋へと向かいました。
合格する自信は昨日できましたが、それでもやはり緊張して、あまり眠れませんでした。本当に大丈夫だろうかという不安も、やはりあります。
このような調子で、ちゃんと受けることができるでしょうか。
母上の言われるままに、服を
母上は私と大して背丈が変わらないので、私もこれから、あまり伸びることはないでしょう。ですので、今日買った服は一生使うことができると思います。
仕立て屋で豪快に買い物を済ませてから、今度は女性騎士団の駐屯所に向かいます。ついに騎士団の入団試験を受けることになるのですね。緊張です。どきどきします。
男性の騎士団は王都の端にありましたが、こちらは住宅街の外れといったところでしょうか。建物の作り自体は、大して変わりません。
母上が最初に入り、そこに私とナタリアが続きます。
こちらも同じく、入ってすぐに受付があり、そちらに女性が座っていました。
「六花騎士団へようこそ」
そういえば、そんな名前でしたね。
一般的に騎士団、女性騎士団、と認識されていますが、名前が異なるのです。男性の騎士団は、黒鉄騎士団という名前です。
ちなみに六花騎士団は黒鉄騎士団の下位組織に当たります。ですので、六花騎士団長の上に騎士団長のヴィルヘルム様が位置します。
「本日はどういったご用件でしょうか?」
「エリザベート・アンブラウス公爵夫人です。アナスタシア団長をお呼びください」
「――っ⁉ あ、アポイントメントは……?」
「昨晩、使いをやりましたので、知っているはずです」
「承知いたしました! 少々お待ちください!」
受付の女性が、慌てたように奥へと入っていきます。
やはり、公爵家の夫人が来た、となれば焦るのも当然でしょう。何より母上は若々しすぎるので、とても公爵夫人には思えませんし。
女性が出てきて、そして笑顔で母上、私に
「ただいま呼びに行かせておりますので、そちらで休んでお待ちいただけますか?」
「ええ」
「はい」
女性の言葉に
今からいらっしゃるのが、六花騎士団の団長。
それだけで、緊張します。そして、私はどうやら団長より直々に試験を与えられることになるようです。
「キャロル」
「はい」
「昨夜、母が言ったことを、ちゃんと考えてきましたか」
「はい」
ちゃんと考えたうえで、ここにいます。
母上が若すぎるのです。何か
「ならば良いです。無駄足にならないように」
「分かっています、母上」
程なくして、騎士団の奥から女性が一人現れました。
年齢は三十代後半といったところでしょうか。まだ若々しく思えますが、
現れた瞬間に、分かりました。
この方が、六花騎士団長だと――。
「お待たせして申し訳ありません、アンブラウス公爵夫人」
「構いませんよ。昨夜に送った使いに、詳しい話をさせておいたはずですが」
「伺っております。その上で何点か申し上げたいこともありますので、こちらへどうぞ」
「ええ」
団長の女性に促されて、奥へと向かいます。
駐屯所の構造自体は、向こうとさして変わらないようです。ヴィルヘルム様のお部屋へ赴いたときと、ほとんど変わらない道を歩きました。
そして、その道の先にある、
六花騎士団長室。
「どうぞ」
扉を開いて、促してくれます。
母上が最初に入り、私とナタリアもそれに続きました。
対面している大きめのソファがあり、母上はそれに何の
私もその隣に座り、そしてナタリアが私の背後へ立ちました。
団長が扉を閉め、そのまま私たちの前に座ります。
「申し遅れました、六花騎士団長アナスタシア・アイブリンガーと申します」
「エリザベート・アンブラウス公爵夫人です。こちらは娘のキャロルと、侍女のナタリアです」
「キャロル・アンブラウスと申します。よろしくお願いします」
六花騎士団長アナスタシア・アイブリンガー様。
……アイブリンガー様?
とりあえず、頭を下げます。ナタリアも後ろで頭を下げるのが分かりました。
「話は先触れより聞いておりますが……アンブラウス公爵夫人の娘様が、騎士団への入団を希望しているとか」
「ええ、その通りです」
「このように申し上げるのも失礼かもしれませんが……本気ですか?」
アナスタシア様が、私の姿を
恐らく、このように小さく細い娘が、とでも思っているのかもしれません。
「キャロル」
「はっ……申し訳ありません。お言葉の通りです。私は、騎士団への入団を希望しています」
「ふむ……」
考えるように、アナスタシア様が
その仕草も、どこかヴィルヘルム様によく似ています。
「六花騎士団は、女性しか所属することはできません。ですので、年中人は不足しています。大抵、騎士としてそれなりに育ってから結婚するなり妊娠するなりで、騎士団を離れますので。ですから、このように騎士団への入団を希望してくれるのは、大いに歓迎することなのですが……」
「何か問題が、あるのでしょうか?」
「アンブラウス……ええと、キャロル嬢、でよろしいですか? 騎士団は荒事を専門とする場所です。そのため、過酷な訓練も行わなければなりませんし、有事の際には戦にも出なければなりません。そして、そこで命を落とすかもしれません。あなたが騎士団に入団した以上、命の保証はありませんよ」
似たようなことを、兄上にも言われました。
ですが、承知の上です。私の覚悟は、そのくらいでは揺るぎません。
「覚悟の上です」
「こっちにその責任が取れないんですよ」
「……え」
アナスタシア様が、頭を
どういうことなのでしょうか。
「エリザベート夫人、お伺いしたいのですが」
「はい」
「仮にご息女が騎士団に入団したとして、訓練中に不慮の事故死をされた場合、どうされますか?」
「その事故原因を探ったうえで、仕方のないことだと判断した場合は、
母上が、
しかし、アナスタシア様は大きく
「エリザベート夫人は、そうかもしれません。ですが、他の方々はどう思われますか? その死に、六花騎士団の責任がないと
「では、アナスタシア団長は、キャロルに騎士団へ入るべきではない、とそう言われるのですね」
「端的に申し上げましたら、そうです。入団試験については、規則ですのでやらせていただきます。ですが、基本的にどのような成果を残せば合格、という基準が定められているわけではなく、試験官の裁量に任されている部分も多々あります。これは、どれほど優れた力を持とうと、人間性に問題があれば合格させられませんし、現在は力が足りずとも、将来性を感じて合格させるなど、変動するものだからです。そして、キャロル嬢の試験につきましては、私が担当させていただきます」
つまり、とアナスタシア様は、
「どれほど優秀な成績を残そうと、私の裁量で合否は決まります。以上の点から、お分かりですね?」
「キャロルがどのような成績であっても、合格はさせない、とそう仰るのですか」
「この国の将来を憂う者として、当然の配慮かと」
なんということでしょう。
私には最初から、騎士団へ入団する道が閉ざされていました。
「なるほど、分かりました」
そして母上は、そう頷きます。
「ご理解いただけましたか? その上で試験を受けたいと言うのであれば、私も止めません。結果は分かりきっていますけれど」
「試験は受けさせてあげてください。その上でキャロルの資質を見て、家の格などを考えずに判断してください。そして、キャロルにもしものことがあったとき、このエリザベート・アンブラウス公爵夫人の名にかけて、騎士団を咎めません。アナスタシア団長のお考えと、キャロルの資質、そして私の言葉をよく考えたうえで、判断を願いたいですね」
「……分かりました。ではキャロル嬢、試験を行います」
母上が、どうにか
私は、それをどうにかして手繰り、繋がなければなりません。
これが私のわがままに過ぎないということは、分かっています。
対外的にも、アナスタシア団長のお考えは正しいと思います。それを憂うのも、当然です。
ですから、私は。
それを超える、私の価値を示さなければならない――。
「では、訓練場へ行きましょう。試験は、運動能力全般の測定です」
「その前に、よろしいでしょうか」
立ち上がりかけたアナスタシア様を、そう止めます。
運動能力全般の試験では、私の価値を示すことはできません。
ですから、私は私の持ち得る知識で、私の価値を示さなければならないのです。
「六花騎士団が募集されているのは、剣騎士、弓騎士、および衛生騎士だと伺いました」
「……ええ、そうですが」
「そして剣騎士につきましては、求められる資質は運動能力。弓騎士の場合は弓の経験。そして」
私の持ち得る知識。
それを活かすには、これしかないのです。
「衛生騎士に必要な資質は、医学と薬学の卓越した知識だと――そう、看板に書かれていたのは、間違いではありませんよね」
王妃になる者として受けた教育。
私はその一環として。
下手な医者よりも、その知識については卓越している自信があるのです――。
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