第2話 キャロル、騎士を目指す(1)

 全ては明日、騎士団の入団試験を受け、合格しなければなりません。


 夕食を終え、部屋に戻りました。これから練るのは対策です。

 入団試験は、どのような内容なのでしょうか。兄上に聞こうと一瞬考えましたが、そのようなきようをしてはいけないでしょう。

 どのような試練であっても、乗り越えなければならないのですから。

 とはいえ。


「ナタリアは、騎士団の入団試験とはどのようなものだと思いますか?」


「どうなのでしょうか。私には分かりかねますが……」


 こうやって推理をするくらいはいいでしょう。

 少なくとも、どのような試験であっても対応できるように、あらゆる対策を考えなければいけません。


「騎士団ですし、戦闘能力を測る試験ではないでしょうか」


「やはり、そう思いますか?」


「もしくは、全体的な運動能力を測定するものかもしれません。恐らく座学ではないでしょう」


「ふむ……」


 世間一般の女子がどのくらいの運動能力を持つかは分かりませんが、私は学園での運動能力は非常に低かったです。

 運動系の点数は軒並み底辺で、そちらをばんかいするために座学を頑張りました。

 そんな私が、運動能力のみの試験を受けて、受かるとは思えません。


「一晩で体力がつくような方法はないでしょうか」


「……それはさすがに、ありません」


「私も、そんなことはさすがにとぎばなしにしか存在しないと思います」


 そのような夢物語を語っても仕方ありませんね。現実を見なければいけません。

 走るのも遅く、体も硬く、力も弱い私が、どうにか試験に合格する方法。

 考えますが、答えは出てきません。


「やはり、無理なのでしょうか……」


 母上に語った、騎士団の皆様を格好良いと思ったのは、本当です。

 ヴィルヘルム様もしいお方ですが、それも騎士団長というお立場も感じてのことかもしれません。

 しかし、しよせん女の憧れだけで、入ることなどできないのでしょうか。


「お嬢様」


「何ですか?」


「仮に、騎士団の試験が運動能力全般の場合は、お嬢様では厳しいと思われます」


「私もそう思います」


 ナタリアの目から見ても、やはり私の身体能力では、厳しいのでしょう。

 ならば、それをどうにかする方法を考えなければならないのですが。


せんえつながら……従者である私は、出来る限り、お嬢様の望みはかなえたいと思っています。そして、そのためならばこの身をいかように使って頂いても構いません」


「……ナタリア」


 ナタリアの言葉は、とてもえんですが。

 私に、こう言っているのです。

 自分が騎士団に入る――と。

 そんなことをして、どのような意味があるのだ、と疑問に思う方もいるでしょうが、決して間違った手段ではありません。


 私も未来の王妃として教育を受けた際に、この国の法を学びました。そこには、騎士団の規則も含まれています。ヴィルヘルム様をずっとお慕いしておりましたので、特に騎士団関係についてはよく覚えています。

 騎士にも、二種類いるのです。

 正騎士と従騎士です。

 そして正騎士は騎士団の入団試験に合格した者のことを指します。従騎士とは、そんな正騎士に従う役割を持つ者のことです。そして従騎士に入団試験は必要なく、正騎士が指名をすれば良いだけの話です。

 そして正騎士と従騎士には、ほうろくを除く大きな違いはありません。

 その手を使えば、私も騎士団に入ることができるでしょう。

 ですが――。


「ナタリア」


「は」


「母上はこうおつしやいました。自力で試験に合格してみせなさい、と。ナタリアの力を借りて行うそれは、母上に認められないでしょう」


「う……」


 自力で、と言われたのです。ナタリアの力を借りるわけにはいきません。

 ナタリアが「申し訳ありません」と頭を下げました。

 私のことを想って言ってくれたのに、こちらこそ申し訳ないですね。


「ナタリアの気持ちはうれしいです。ですが、私は自力で合格する必要があります」


「でしたら、どうされるおつもりですか?」


「それは……」


 考えます。どうすれば、私が騎士団に入ることができるのか。

 必死に頭を巡らせます。知識を総動員して、ひたすらに考えます。

 王妃になる者として受けた教育なんて、騎士団の入団試験にあたっては、全く必要ありません。法律は暗唱できるくらいにたたき込まれ、礼儀作法は何度も何度も実践させられました。各国の風習も、下手な外交官より知っています。

 薬学や医学、文学や化学についても学ばされました。学問は全てに通じる、と毎日のように勉強をさせられました。今では、下手な医者よりも医学には精通している自信があります。実践経験さえ重ねれば、診療所を開くことだってできるでしょう。

 きっと私に体力がないのも、そうやって座学ばかりに教育が偏ってしまったせいかもしれません。

 ですが――。


「はっ!」


 そこで、思い付きました。

 私が騎士団へ入るための、道筋を。


「……なるほど」


 きっと、母上は全てをお見通しだと思います。

 私の運動能力で、騎士団の試験に合格できるはずがありません。

 ですから、そうやって無茶な条件を突きつけることで、父上の反対を抑えたのです。

 もしも公爵家の権力を用いて、騎士団に無理やり加入させるような真似を母上がしようとすれば、それこそ父上の猛反対に遭ったでしょう。

 だからこそ、母上は最後に、助言を下さったのです。


「母上は仰いました。道は一つではありません、よく考えなさい、と」


「はぁ……それが何か?」


 恐らく誰の耳にも、『騎士団に入ることだけが道ではないから、よく考え直せ』と聞こえたでしょう。

 しかし、よく考えてみれば、こう受け取ることもできます。

 ただ試験を流されるままに受けるのではなく、合格するための道筋を探せ、と。

 これは母上なりに、私に対して与えてくれた助言だったのです。


「見えました。私が合格するための方法が」


「本当ですか⁉」


「ですが……少しばかり考えなければなりません。ナタリア、女性騎士団の団員募集は……何か配布している紙などありますか?」


「いえ……紙などは出回っていませんが、女性騎士団の駐屯所に看板があったと思います」


「至急、その内容を調べてきてください」


 もう、夕刻を過ぎてしまいました。

 できれば自分で見に行きたいのですが、私の外出は許されないでしょう。ナタリアを伴っても、夕食以降の外出は制限されているのです。

 ですので、ナタリアを使いにやります。


「承知しました。少々お待ちください、お嬢様」


「ええ」


 ナタリアが一礼して、出てゆきます。

 私の考えが正しければ、きっと募集をしているはずなのです。

 そして、私ならばそれに合格することができるでしょう。

 程なくして、ナタリアが戻ってきました。


「お嬢様、確認して参りました」


「では、それを私に教えてください」


「はい、では……」


 ナタリアが、女性騎士団の団員募集に関する要項を、そらんじます。

 何度も何度も読み返して、ちゃんと覚えてきたのでしょう。

 そして、その内容は。

 私の、考え通り――。


「では、問題ないですね」


「あの、お嬢様……どういうことなのでしょうか?」


明日あしたになれば分かります。ナタリアも騎士団に入りますか? 突然、知り合いが誰もいないというのも不安ですし、明日にでも母上に申し上げて、私が合格したそのときに、ナタリアを従騎士にできるか、と相談してみましょう」


「は、はい。承知いたしました」


 全ては明日。

 母上と共に、試験を受けに参ります。

 必ずや。

 キャロルは、騎士になってみせます、ヴィルヘルム様――。

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