【書籍版】公爵令嬢は騎士団長(62)の幼妻2 一章

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第1話 プロローグ

「父上、キャロルは騎士団に入ろうと思います」


「ならんっ!」


 夕食。

 食堂でいつものように、父上、母上と並んだ前に、兄上、私と座っていつも通りの夕食が始まりました。

 そこで私が、騎士団に入ろうと思っている、という旨を父上にそう伝えると、途端に父上はそう声を荒らげて否定しました。

 母上は黙って聞いてくれていますが、兄上もまた驚いています。


「キャロル、何を考えているのだ!」


「私は一人でも生きてゆける、強い女になりたいのです。そのためにも騎士団に入り、心身ともに鍛えようと思うのです」


「公爵家の娘が騎士団に加入するなど、ありえぬ! そのようなことを認めるわけにはいかん!」


「貴族の娘が騎士団に入ってはいけない、という規則はありません」


「規則がなくとも、そのような前例などない! 一体何を考えているのだ!」


 むぅ、父上が強硬に反対してきます。

 私としては、心身ともに鍛えられる良案だと思ったのですが。

 実際に、兄上も現在騎士団に所属しています。私が騎士団に入ってはいけない理由などありません。


「ギリアム、少し落ち着いてください」


「……し、しかし、そのようなことを認めるわけには」


「その前に、娘の意見を聞くべきでしょう。その上で、間違っていることを言っていれば、その道を正すのが親の務めです」


「む……」


 母上の言葉に、半ば立ち上がっていた父上が、座ります。

 しかし、その顔は明らかに納得していません。なんとか説得しなければなりませんね。


「キャロル」


「はい、兄上」


「もしかして……騎士団に入りたいというのは、ヴィルヘルム団長に近付きたいから、というわけではないよね?」


「違います」


 確かにヴィルヘルム様のおそばにはいたいです。

 しかし、その件と騎士団に入りたい、という点は関係ありません。私はあくまでも、私を鍛え直すために騎士団に入りたいのです。

 何せ。


「女性騎士団の駐屯所が、違う場所にあることは知っています」


「……そうか、知っていたのか」


 女性騎士団は、通常の騎士団とは異なります。

 主な役割は、王族の女性や貴族令嬢の警護、それに後宮の警備などです。有事の際には戦場にも赴くそうですが、騎士団の駐屯所とは違う場所に、駐屯所が建てられているのです。

 男性と女性とでは、仕事の内容も違いますからね。

 なので、私はヴィルヘルム様のお近くにいるためだけに、騎士団に入ろうと思ったわけではないのです。

 できればお近付きになりたいですけど、それは私のこれからの行動で示すべきでしょう。


「じゃあ……どうして騎士団に入りたい、とそう思ったんだい?」


「私を今、束縛するものは何もありません。ですので、私は屋敷の外を知りたいと思ったのです」


「ならば、騎士団でなくとも良いだろう」


 父上が渋面で、そう否定してきます。

 しかし、私の望みをかなえてくれる場所は、騎士団だけなのです。


「私は弱い女です。涙もろいですし、感情のままに走ってしまいます。体力もなければ運動も苦手で、自衛のために戦う手段も持ち合わせていません。ですので、あのように簡単に誘拐をされてしまいました」


「……そ、それは」


 誘拐、という言葉を出したところで、父上が僅かに顔を伏せるのが分かります。

 そもそも、ロバートをあのように野放しにしていたがゆえに、私はさらわれることになってしまいました。そこに父上と母上の責任は少なからずあります。


「九歳の頃から将来的に王妃となるために教育を受けてきましたが、それは礼儀作法や法、それに各国の要人への接し方、それに民をするための心得、医学、薬学などの学問です。私は一般常識が欠如しているのだと、ようやく分かったのです」


「……だが、だからといって」


「私はもう王妃になる未来が閉ざされました。兄上が健在である限り、アンブラウス公爵家を継ぐ必要もありません。学園も自主退学いたしましたので、学生でもありません。私を示すものが、今、何もないのです」


「……」


 私の言葉に、父上が黙ります。

 意地の悪い言い方をすれば、私の未来を奪ったのは父上です。私とレイフォード殿下の婚約を決めたのは、父上なのですから。だからこそ、責任を感じているのでしょう。

 もっとも、父上が私の幸せをおもって決めてくれたということは分かっています。本来、貴族の子女はより家格の高い家に嫁入りをすることこそ一番なのですから。一番悪いのはそれを分かっていながら、私との婚約を一方的に破棄したレイフォード殿下です。


「……悪いけど、僕は賛成できないよ、キャロル」


「兄上」


「僕が今、騎士団に所属しているからこそ言える。生半可な覚悟では、騎士団で生きてゆくことはできない。厳しい訓練もある。同僚との人間関係もある。有事の際には戦場にも出なければならない。そこで命を落とす可能性すらあるんだ。そして、騎士団は縦社会なのだから、キャロルは公爵家の娘という立場すら捨てなければならないよ」


「はい」


「そして、同僚のほとんどは平民だ。平民からして、貴族の娘は憎悪の対象にすらなりえる。僕には、騎士団でキャロルがいじめられる未来しか思い浮かばないね」


 確かに、兄上のおつしやる通りかもしれません。

 私は貴族です。生まれついての貴族です。そして、平民と貴族という明確な身分差が、そういった虐めにつながる可能性もあるでしょう。

 もしかすると、兄上も経験してきたのかもしれません。


「体を鍛えたいなら、ナタリアに頼めばよいだろう」


 そこで、父上が口を挟みます。


「元々、ナタリアはキャロルの護衛だ。戦闘能力は高い。ナタリアに鍛えてもらえば、相応に自衛の力は身につくだろう。そのために雇った部分もあるのだ」


「僕もそう思うよ、キャロル」


「……ですが」


 それは、ぬるま湯です。

 今まで、私は私に甘すぎました。だからこそ、厳しい環境に身を置きたいのです。

 母上の仰る、「いい女」になるために。

 私は、自分を追い込むべきなのです。


「キャロル」


「はい」


 そこで。

 今まで黙っていた母上が、口を開きました。

 父上も兄上も、口を閉じます。母上が一番偉いので、母上の言葉を阻んではならないのです。


「あなたは騎士団に入り、何をしたいのですか」


「心と体の両方を、鍛えたいです」


「ならば体はナタリアに鍛えてもらいなさい。心は母が鍛えて差し上げましょう。わざわざ騎士団に入る必要はありません」


 母上も、そう反対してきました。

 どうしましょう、はつぽうふさがりです。

 父上にも母上にも認めてもらえなければ、私がどれほど望んだところで叶いません。


「もう一度聞きます、キャロル。あなたがそれほど騎士団に入りたい理由は、何ですか」


「私は……」


「熟考なさい。あなたの言葉が母の心を動かすものでなければ、認めません」


 私が、騎士団に入りたい理由。

 それは、心と体を鍛えたいからです。

 そして、母上の仰る「いい女」になりたいからです。

 何より、ヴィルヘルム様をお側で支えることのできる淑女になりたいのです。

 いえ。

 そんなこと、言い訳ですね。

 心と体を鍛えたいなんて、そんな言葉は言い訳に過ぎません。本当は分かっていたのです。

 ヴィルヘルム様とご一緒させていただいた、騎士団の見学。

 歌劇を見ているかのように、私は興奮していました。きっと、魅せられてしまったのでしょう。

 そして、ロバートから私を助けてくださった騎士団の皆様の姿。

 まさに正義を体現したかのような生き様には、れる以外のことができなかったのです。

 こんなことを母上に言っては、たしなめられるかもしれませんが。

 母上のまなしは真剣です。

 ならば私も、この真剣な想いを告げるべきなのです。


「格好良かったのです」


「……」


「騎士団の見学をさせていただきました。精強な騎士の方々がこの国を守っているからこそ、私たちの安寧があるのだと思います」


 そう、私は。

 騎士の皆様に、あこがれたのです。


「私は、強い女になりたいと思いました。私にとって強い人とは、騎士団の皆様です。だからこそ、私も強い人間になりたいと思ったのです。そしてそのための近道は、私も騎士団に入ることだと思ったのです」


 ただの憧れに過ぎません。

 ですけど、私も強い人間になりたいのです。

 そのためならば、どのような努力だってしてみせます。


「……良いでしょう」


「エリザベート⁉」


明日あしたの午前に、母と共に女性騎士団の駐屯所へ向かいましょう。騎士団には入団試験があります。誰でも入ることができるわけではありません。そして、母は一切の助力をいたしません。自力で、入団試験に合格してみせなさい。そうすれば、私も認めましょう」


「エリザベート! 何を⁉」


「ギリアム、お黙りなさい。これは私の決定事項です。キャロルの未来を、一度は閉ざしたあなたが口を挟んでいいことではありません」


 入団試験。

 きっと、厳しいものなのでしょう。ですが、必ず合格してみせます。

 運動は苦手ですけど、努力します。

 戦いは不得手ですけど、努力します。


「キャロル」


「はい」


「道は一つではありません。よく考えなさい」


 どのような試験があるのかは分かりません。

 しかし、どのような試練であっても、乗り越えてみせます。

 その先には、きっと。

 ヴィルヘルム様をお支えできる、私が待っているのです。

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