第5話 キャロル、騎士を目指す(4)

「あの、ヴィルヘルム様……?」


「む? あ、ああ……ひとまず、座ってくれ。今日も、昼食を持ってきてくれたのだろう?」


「はい。遅くなりまして申し訳ありません」


「もう、今日は来ぬとばかり思っていたぞ」


 まぁ、そう思うのも当然かもしれません。

 私は一昨日、同じ道を通って駐屯所へ来る途中で攫われました。そこを通るのは、さすがに怖かったです。

 でも、それ以上にヴィルヘルム様とお食事をご一緒したかった、というのが本音ですから。


「今日は大丈夫です。ちゃんと、ナタリアがいますから」


「そうか……おっと」


 ヴィルヘルム様が、急いで机の上の書類を片付けられました。

 とはいえ、一枚だけですけど。恐らく、アナスタシア団長から提出されたものなのでしょう。

 会話を聞いた限りでは、間違いなく私のことが書かれているのだと思いますけど、それを言うと盗み聞きしていたことを問い詰められるかもしれません。

 ですので、ひとまず私も触れないことにして、バスケットを机の上に広げます。


「では、どうぞ。お召し上がりになってくださいませ、ヴィルヘルム様」


「うむ……そうになろう」


「どうぞ、お茶です」


 水筒のお茶をカップに入れて、ヴィルヘルム様の前に出します。

 ちゃんとまだ温かいです。安心ですね。


「うむ、いな」


「ありがとうございます」


「今日は、キャロルは何を作ったのだ?」


「あ……いえ、今日は作れなくて」


 午前は騎士団の試験がありましたので、作れませんでした。

 ですので、お弁当は全部クリスが作ったものです。残念です。


「そうだったのか」


「申し訳ありません」


「構わんよ。いつも手間をかけさせてるのは、わしの方だ」


「いえ、とんでもありません。ヴィルヘルム様」


 私がやりたくてやっているだけですから、そのように謝罪をされる理由はありません。


 とりあえず、私も一緒に食べます。


 やっぱりクリスの作るご飯は美味おいしいですね。


「だが、元気そうで良かった。あれから、心配していたのだ」


「ありがとうございます。おかげさまで、このように無事です」


 本当に、ヴィルヘルム様にはどれほどお礼を申し上げても足りません。

 母上の言った通り、私が本当に危険に陥ったとき、何の見返りもなくヴィルヘルム様は助けてくださるのです。ですので、少しでも強くなりたいと感じたから騎士団に入ることを決めた、というのも動機の一つです。


「ヴィルヘルム様には、いくら感謝しても足りません」


「なに、王国の治安を維持することこそが儂らの仕事だ」


 そのようにおつしやるヴィルヘルム様は、やはりしいです。格好いいです。

 ヴィルヘルム様のような、崇高なお心をお持ちの方が騎士団長であるがゆえに、この国の安全は守られているのですね。

 その後は、食事をしながら色々とお話をします。

 私は基本的に、聞き役に徹するのです。ヴィルヘルム様のお話は、どのような内容であっても聞きたいですから。


「あやつは……デュークリッドは、昔から変わらなかったな。昔から物腰は柔らかく、しかし意志の強い男であった。一度こうだ、と決めたら決して曲げなかった」


「そうだったのですか」


「そのあたりは、キャロルもよく似ておる。色濃く継いだのだろうよ」


 ヴィルヘルム様が、私のお様――デュークリッド・アンブラウスについてお話されています。

 思い出に残る、お祖父様の姿を浮かべます。

 かつぷくの良い、優しいお祖父様でした。よく遊んでくださった気がします。

 それも当然で、私が生まれた頃には既に隠居され、公爵家の当主を父上に譲っていたのです。ですから、いつもお祖父様のお部屋に遊びに行っていました。

 そんなお祖父様が、パーティを開いた際に、いつもヴィルヘルム様がいらっしゃっていたのです。


「死ぬには早すぎたのだがな……」


「ですが……」


「ああ、分かっておる。あのようにだらしない体をしていては、早死にもするだろうよ」


 ふっ、と寂しげに苦笑されました。

 やはりヴィルヘルム様にとって、お祖父様は親友だったのでしょう。お話をするときにはうれしそうなのですが、時折寂しげに見えます。


「うむ……馳走になった」


「お粗末様でした」


 ヴィルヘルム様がお食事を終えて、食後のお茶を飲まれます。

 今日もご満足いただけたみたいです。私が作ったものが一つも無いというのは残念ですが、明日あしたからはちゃんと作りましょう。


「今日はどのようなご予定なのですか?」


「ああ、今日は午後から団長訓練がある。そちらで指導せねばならん。もうそろそろ、練兵場に向かって準備をせねばならん頃か」


「まぁ。お忙しいのですね」


「すまんな」


「いえ、大丈夫です。お仕事ですし」


 お忙しい時間の合間を縫って、私と一緒に昼食を召し上がってくださったというだけで嬉しいです。

 それ以上を求めてはいけませんね。淑女たる者、殿方のお仕事を邪魔してはいけませんし。

 手早くお昼ごはんのセットを片付けます。


「では、ヴィルヘルム様。また明日のお昼に来ます」


「ああ。ええと……明日は、ちゃんとナタリア嬢がおるのか?」


「はい、明日はいます」


「これから、休みの日があったら言ってくれ。騎士団から迎えの者を出そう」


 まぁ。

 私のためにそのように、騎士様を動かしてくださるのですね。

 そのように気遣ってくださることを、素直に嬉しいと思ってしまいます。


「ありがとうございます」


「なに、その程度のことはさせてくれ。おっと……すまぬが、入り口まで送れぬ。一人で行けるか?」


「はい、大丈夫です」


 もう私は子供ではありませんので、道くらいは覚えています。

 なんとなく、そのようにヴィルヘルム様から子供のように扱われているな、とは感じますけど。

 でも、ヴィルヘルム様のお言葉ですし、嫌ではありません。


「では、失礼します」


「ああ。道中、気をつけるように」


「はい。それでは、また明日に」


 頭を下げて、応接室から出ます。

 これで大丈夫です。明日からもちゃんと騎士団に向かうことができます。

 もしかすると、「あんなことがあったし、もう来るな」と言われるのではないか、と内心怖かったのです。

 ですが、ちゃんと明日からも来ていい、というげんを取れましたので、一安心ですね。

 ナタリアと共に、ちゃんと覚えている受付までの道を歩いて向かいます。


「キャロル!」


「おや」


 何か呪いにでもかかっているのでしょうか。

 またザックと会いました。


「体、大丈夫か?」


「ええ。その節は一応ありがとうございました」


「何だよ一応って」


「まぁ、ご心配をおかけしました。ヴィルヘルム様のおかげでこのように無事です」


「おい……」


 はぁ、と大きくザックがためいきを吐きます。

 一応、ロバートの一件では心配してくれていたみたいですし、感謝は述べなければいけませんよね。助けてくださったのはヴィルヘルム様ですけど。


「まぁいいや。探してたんだよ。クレアから来てるって聞いてな」


「何かご用ですか?」


「ああ」


「なるほど、サボりですね」


ちげぇよ!」


 はぁ、と溜息を吐きます。

 かナタリアが、奇妙なものを見るような目で私を見ていました。何か変なことでもあったでしょうか。

 まぁいいです。

 とりあえずはザックです。


「明日さ、キャロル空いてないか?」


「明日、ですか?」


「ああ。いきなりなんだけどさ……」


「恐らく、午後からなら空いていると思いますけど」


 午前はお料理をさせてもらうのと、早いうちにヴィルヘルム様を訪ねに向かいます。

 お昼休みが終わったら私は帰りますし、午後はまるまる空いていますね。

 それがどうしたのでしょう。


「じゃ、良かった! あれ行こうぜ! 歌劇!」


「ああ、そういえば」


 そういえば、そんな約束をしていた気がします。

 色々ありすぎて忘れていましたけど。

 でも、どうしていきなり明日なのでしょう。


「明日じゃなければ駄目なんですか?」


「あれ今月いっぱいしか使えねぇんだよ」


「なるほど」


「折角買……いや、もらったからさ、捨てるのももつたい無いだろ?」


「確かにそうですね」


 納得です。

 明後日あさつてになると月が変わってしまいますし、ただの紙切れになってしまいますね。

 私も歌劇に興味がないわけではないので、一緒に見に行くのにやぶさかではありません。


「……まぁ、特に予定はありませんし、いいですよ」


「よっしゃ! 午後一番でやってると思うぜ! ああ、俺明日非番だから、お前ん家迎えにいくわ!」


「あ、それは……」


 うーん、と首をひねります。

 屋敷まで来られると、私とザックの関係を疑われてもいけませんし。それならば、外で待ち合わせをした方がいいと思います。


「現地集合で良いのでは?」


「お前、団長と飯食ったらその後帰るだろ? どうせ家に帰るんならいいじゃねぇか」


「現地集合、現地解散で良いでしょう。歌劇を見るだけですし」


「いや、お前……まぁ、いいか。んじゃ、待ち合わせるか。中央公園でいいか?」


「はい」


 よっしゃー、と叫んでいます。

 そんなに歌劇を見たいんですかね。楽しそうで何よりです。

 では、仕方ありません。

 明日の午後は、ザックに付き合うとしましょうか。


「じゃ、またな!」


「はい。それでは」


 恐らく、もうお昼休みが終わるのでしょう。ザックが急いで帰っていきます。

 もしも私に会えなかったら、屋敷まで来ていたのでしょうか。

 まぁいいです。帰りましょう。


「ナタリア」


「……」


「ナタリア?」


「あ、も、申し訳ありません、お嬢様」


 ナタリアが随分ぼうっとしていました。

 珍しいですね、そのように声をかけても反応しないナタリアは。


「さ、帰りましょう」


「はい」


「どうかしましたか?」


「え……い、いえ」


「私とザックが話しているとき、随分驚いていたみたいですけど。何かありましたか?」


 おかしなことでもあったのなら、何か報告があると思います。だというのに、ナタリアからは特に何も言われませんでした。

 私が特に気にする必要もないことなら、別段構わないのですけど。


「その……大したことではないのですが」


「何かあったのですか?」


「いえ……あのようなお嬢様は、珍しいと思いまして」


「え?」


 私が何かをしたのでしょうか。

 特に変わったことをした覚えはないのですけど。


「どういうことですか?」


「その……使用人でありながら、おこがましい口をきくことを、お許しください」


「構いませんよ。ナタリアは私にとって家族のようなものです」


「ありがとうございます。では……失礼ながら、あのように……言い方は悪いですが、他の人に対して雑に接するお嬢様を、初めて見たものですから」


「……?」


 雑に、ですか。別にザックだから良いと思うのですけど。

 どういうことなのでしょう。


「お嬢様は、いつも何を言われても、意見を言わない方でしたから」


「……そう、ですか?」


「はい。レイフォード殿下との婚約が決まったときにも、そのために王妃になる方としての教育を受けていたときも、婚約を一方的に破棄されたときも、お嬢様は何も言われませんでした。ただ、全てを了承されていましたから」


「……そうですね」


 確かに、今まで何かを拒んだことは、あまりない気がします。

 私が口を出して解決する問題でもありませんし、流れに身を任せたといったところでしょうか。


「それが、あのザックという男に対しては、随分と仲良く接されるのだなぁ、と」


「……まぁ、ザックですし」

「そのように心許せる方がいたということが、このナタリアにはうれしかったのです」


 ザックに心を許したつもりはないのですけど、確かにザックに対しては、変に気を遣っていませんね。

 幼い頃から知っているというのも、一つの要因なのでしょうか。

 もしくは『騎士の誓い』とやらを受けた相手だからというのも、あるのかもしれません。私に、忠誠を誓うと言ってくれましたし。


「心許せる、というのは少々飛躍した言い方かもしれませんが……私から見ると、ザックさんに対しては、リリア様を相手にするときくらい、お嬢様は気安く接していらっしゃるように思えました」


「……そうでしょうか」


 ナタリアにそう感じられたのなら、恐らくそうなのでしょう。

 学園で一番の仲良しだったリリアは、かたひじ張らずに接することができる友人です。私にとって、無二の親友だと言ってもいいでしょう。そんなリリアとザックは、人間としては全く違いますけど、私の接する距離感は似ているのかもしれません。


 ザックに対しては、妙な安心感があります。私がどのような態度をとっても問題ないと思えます。それが、心許せる関係とやらなのでしょうか。

 これは私が、ザックに嫌われたところで何とも思わないから強く出ているのでしょうか。

 でも多分、嫌われたらそれなりに思うところはあると思います。

 嫌われたいと思っているわけでは、ないのですけど。

 なんだか、訳が分からなくなってきました。


「しかしまさか、お嬢様が初めてデートする相手がザックさんだとは思いませんでしたね」


「え?」


「え?」


 デート?

 何故私が、ザックとデートしなければいけないのでしょう。


「いえ、お出かけの約束をされていましたし」


「ただ友人と出かけるだけですよ」


「男女で出かけるのは、デートだと思うのですが……」


「断じて違います」


 ザックですし。

 デートというより、本当にただのお出かけです。

 だって。

 私が初デートをする相手は、ヴィルヘルム様なのですから。

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【書籍版】公爵令嬢は騎士団長(62)の幼妻2 一章 カドカワBOOKS公式 @kadokawabooks

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