第4話 キャロル、騎士を目指す(3)

 さすがに私が衛生騎士を志望しているとは思わなかったようで、少し待ってから老齢の男性がやって来ました。どうやら六花騎士団の衛生騎士様だったらしいのですが、女性騎士団なのに、男性が所属しているというのは不思議ですね。


 入団試験は口頭での問答でした。

 こういった症状を訴えている場合には、どのような対応をすべきか。

 戦場で治療を施すべき優先順位は、またその判別方法は。

 感染症に効果的な薬草は、またその調合方法は。

 どれも、王妃様から紹介された宮医の先生に教わったので、私はよどみなく答えることができました。中にはユリウス様と仰った衛生騎士様が、現在の方法を知らなかった部分までありましたので、そこも指摘しました。

 私としては、かんぺきな回答を見せたつもりです。

 アナスタシア様は、そのように私が答えるのを最後まで見ていました。


「ユリウス」


「完璧です。私もまだまだ勉強不足だと実感させられました。恐らく、下手な医者よりも立派な知識を持っています。あとは実践経験さえ積めば、いつ医者として開業してもおかしくありません」


「……そうか」


 そんなユリウス様のお言葉に、しかしアナスタシア様は渋面を返します。

 確かに、先程は絶対に合格させないと言われました。ですので、私は精一杯自分の価値を示したつもりです。

 私程度の医学、薬学の知識を持つ者などありふれていると言われればそれまでですが、医学と薬学は専門的な機関で勉強する必要があります。私も、学問の一環ということで教えられたわけですし。

 ですから、あまり医学に精通している方はおられないのではないかと考えて、私の知識を披露したつもりなのですけども。


「では……ユリウスは、この入団試験の結果をどう考える」


「間違いなく合格でしょうな。これで不合格と申されるのでしたら、私も退職せねばなりませんな」


「……そう、か」


 ううん、とアナスタシア様が腕を組み、悩んでいます。

 先程言われた、私の家の格について気にしているのでしょうか。ですが、ばっさりと不合格だ、と切り捨てられるのではなく、このように悩む程度には私の価値を示すことができたのでしょう。

 ふぅ、とアナスタシア様が、大きく嘆息して。


「……申し訳ないが、キャロル嬢」


「はい」


「この一件に関しては、私の一存では判断できない。ゆえに……ひとまず保留、という形にしても構わないだろうか」


「分かりました。良い結果となることを期待しています」


 無理に押していってもいけませんし、こうやって考えてくださるのですから、ひとまずこれで満足しなければいけませんね。

 アナスタシア様の一存で判断できないということは、恐らくヴィルヘルム様へと相談されるのだと思います。ヴィルヘルム様は、私の本気を分かってくれるでしょうか。

 私が、ヴィルヘルム様をお支えするための、覚悟を持っていると。


「ではキャロル、本日はおいとましましょう」


「分かりました、母上」


「それではアナスタシア団長、失礼を」


「はい。失礼な言葉の多々、おび申し上げます」


「お気になさらず。そちらも立場があるということは分かっていますから」


 アナスタシア様の謝罪に、そう優しく母上は許されました。

 そして、母上と連れ立って、屋敷へと戻ります。

 お昼前には騎士団にお邪魔して、ヴィルヘルム様と昼食をご一緒しましょう。

 私が騎士団の入団試験を受けたと知ったら、ヴィルヘルム様は驚かれるでしょうか。


       ◇◇◇


 程なくして、屋敷に着きました。

 まだ昼前です。さぁ、クリスも用意してくれていると思いますし、ヴィルヘルム様と昼食をご一緒させていただきましょう。

 さて、では向かうとしましょう。


「ナタリア」


「はい」


「クリスからお弁当を受け取ってきてください」


「承知いたしました」


 今日は騎士団の入団試験がありましたし、午前に一品作らせてもらうのは無理だと思っていたので、全部作ってくれるようにお願いしていました。

 私が作ったものを食べていただけないことは残念ですが、時間がないので仕方ありません。

 今から向かって、丁度お昼過ぎくらいですし。


「お待たせいたしました、お嬢様」


「ええ。では行きましょう」


 手早くナタリアがちゆうぼうからお弁当を受け取ってきてくれました。

 中身は今日は確認できていませんけど、クリスのことだから大丈夫ですよね。

 ロバートがあんなことになってしまって、厨房を回すのが大変だと思います。新人は入ったそうなのですが、すぐに一人前に働くことはできませんし。

 少し給金を上げるように、父上に申し上げるべきかもしれませんね。


 ひとまずナタリアと共に、騎士団の駐屯所へと向かいます。

 今日はいつもより少し遅いので、心配されてはいないでしょうか。

 しかし、どうにも困りました。

 何でもない駐屯所へと続く道であるはずなのに、少し怖いですね。リチャードが殴られ、ロバートに依頼された悪漢にさらわれそうになったから、当然ではありますけど。通行人の皆様が私を狙っているようにすら思えます。

 もし、ヴィルヘルム様と昼食をご一緒するという約束がなければ、私は屋敷から出なくなっていたかもしれませんね。


「失礼します」


「はい、いらっしゃ――あ、キャロル!」


「こんにちは、クレア」


 今日もいつも通り、受付はクレアでした。

 ですが、いつものように笑顔ということではなく、急いで立ち上がって私の手を取ります。

 思わぬ行動に、少し驚いて体を反らしてしまいました。


「良かった! お兄ちゃんから聞いて! ずっと心配してたんだよ!」


「ありがとうございます」


 悪漢に攫われ、ヴィルヘルム様たち騎士団の皆様に助けていただいたのは、つい一昨日のことです。

 ザックはあの場にいましたけど、クレアはいませんでした。ですので、心配してくださっていたのでしょう。

 特にクレアも、昔悪漢に攫われたという過去がありますし。

 本人には、何をされたか聞けませんけど……。


「このように無事に戻ってくることができました」


「ほんと良かった! 一昨日おととい、お昼になっても来ないからどうしたんだろうって心配してたんだよ! それに、その前に泣きながら帰ってたし! 昨日も来なかったし!」


「ええと……」


 どこから説明すればいいものでしょうか。

 なんだか最近色々ありすぎて、私自身も受け止めきれていないのです。

 ヴィルヘルム様からの拒絶。

 その後の、いい女になるための決意。

 そしてロバートの魔の手。

 これが二日間のことなのですから、なんだか濃すぎる毎日です。

 ですので、さすがに昨日は外出することを控えました。


「まぁ、また、今度ゆっくり話します。今日はヴィルヘルム様はおられますか?」


「あ、うん。今日は外出の予定はなかったはずだよ。でも、午後から団長訓練が控えてるから、団長は早めに準備すると思う」


「分かりました。ありがとうございます」


「いつも通り、応接室まで案内するね」


 クレアが立ち上がって、そのまま私を案内してくれます。

 既に何度も来ておりますし、応接室の位置は覚えているのですけど。やはり、今のところは部外者ですから一人で駐屯所を歩けませんよね。

 いつか、私もここで自由に歩ける身分になれるといいのですけど。

 そこまで向かう道中で、色々とつまんでクレアに説明します。


「へー……じゃ、そのロバートって人、キャロルのおじさんになるんだ?」


「そうですね。今までずっと知らなかったのですけど」


「ふーん……じゃ、ほんとぎりぎりで助けてもらえたんだね」


「そうですね。本当に助かりました」


「ちゃんとお兄ちゃんも活躍してくれた?」


「……」


 はて。

 ザックは確かにいましたけど、馬鹿、と言われて殴られた記憶しかありませんね。

 活躍というか、そもそも相手はロバートだけですし、そのロバートを捕まえてくださったのは誰でもないヴィルヘルム様です。

 ザックの印象は、まぁ、いたなー、くらいですね。


「そっか。まぁ、そうだよね。お兄ちゃんだし」


「まぁ、そうですね。ザックですし」


 はぁ、と二人そろってためいきです。

 ザックは確か一等騎士ですしそこそこ偉いのかもしれませんけど、やっぱりザックはザックだな、という印象ですね。

 と、そこでクレアが足を止めました。


「あ……」


「どうかしましたか?」


「ごめ、応接室、今使われてるみたいで……」


 応接室の扉の前に、『使用中』の札が掛けられています。

 どうやら他に来客があったみたいですね。

 クレアが少し困りながら、「団長室に行くとばっかり思ってたのに……」とつぶやいていました。


「……だが、素晴らしいではないか。なかなか志望者はおらぬぞ」


「ですが……」


 中から話し声が聞こえます。

 男性の声と女性の声で、男性の方はヴィルヘルム様ですね。そして女性の方は、つい先程聞いた覚えのある声です。

 応接室の壁は薄いみたいで、中の声が聞こえますね。もしかすると、このように私とヴィルヘルム様が話をしていたのが、外には丸聞こえだったのでしょうか。そう考えると少し恥ずかしいです。


「家の格が高すぎまして……」


「医学、薬学を学んでいるのならば、そうなのだろうな。だが、得がたい存在だ。医学、薬学という知識に精通していながらにして、俸給は一般騎士よりも少々高い程度の衛生騎士は、不人気だ。そんな中で、ユリウスの認める知識を持つ者が入団を志望してくれたというならば、もろ手を挙げて喜ぶ以外にない」


 衛生騎士の話をされています。

 どう考えても私のことです。というか、知らなかったのですが衛生騎士はそれほど不人気な職業だったのですね。

 アナスタシア団長が随分悩んでいたのも、そういうことだったのですか。


「家の格が高すぎるので、私は最初、断るつもりだったのですが……」


「ふむ」


「出来れば幕下に欲しい逸材ですが、家の格を考えると、そう簡単に合格とも言えず、ひとまず保留とはしています。もしも戦死や訓練中の事故死など発生すれば政治問題になりますし、叔父上に相談を、と思いまして……」


「ふむ……衛生騎士は、基本的に後方支援だ。必要に応じて護衛をつける形にしておけば、命の危機はなるべく回避できるだろう。また、その衛生騎士が参加する訓練においては、アナスタシアが指揮を執れば、事故も極力減らすことはできる」


「分かりました……こちらが、その資料になります。どうか、合否は叔父上が決めてください」


「では、資料の方は確認しておく。合否は追って伝えよう」


「分かりました。では、失礼します」


 そう中で動く音がしました。

 どうやらお話は終わったみたいで、扉に近付いてきます。このまま出るのでしょう。

 丁度いいので、入れ違いに入らせてもらいましょう。


「おっと」


「こんにちは、アナスタシア団長」


「……キャロル嬢?」


 扉を開いて出てこられたのは、六花騎士団のアナスタシア団長でした。

 多分、そうだろうなとは思っていましたけど。

 そして話の内容から察するに、どう考えても私のことを相談していたみたいですし。


、ここに……?」


「はい。ヴィルヘルム様にお弁当を届けに参りました」


「叔父上に……? それは、一体……」


「キャロル⁉」


 すると、中から盛大に驚く声がしました。ヴィルヘルム様です。

 何をそれほど驚かれているのでしょうか。

 慌てて応接室から出られて、そしてアナスタシア団長の背中を押しています。


「お、叔父上……?」


「アナスタシア、今日のところは帰ってくれ。詳しくはまた話を……」


「いえ、何故キャロル嬢が叔父上にお弁当を……」


「そのあたりもいずれ話す! 今は帰ってくれ!」


「は、はぁ……」


 ヴィルヘルム様に強くそう言われて、アナスタシア団長は首をかしげながら去っていかれました。

 クレアが慌ててその背中を追いながら、「またね、キャロル!」と同じく去っていきます。

 残された私は、とりあえずヴィルヘルム様に招かれて応接室へと入りました。

 何故でしょう。

 とても焦られています。

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