第2話 老人と海とSSRガチャ

ヘミングウェイという作家を知ったのは、高校生の頃だ。

教師はそれを「男の文学」と呼び、短く、読みやすい小説だとも言っていた。


実際本屋に並ぶ『老人と海』は、他の小説と比べても明らかに厚みが無く、薄かった。

にもかかわらず、読み終えるのに少しばかり時間がかかり、とても長い小説のようにも思えた。

買って読んだのは随分と前の話になり、いまとなっては内容もほとんど思い出せない。


ただ、船の上で老人がたった一人、強がりをいいながら、なんとかかんとか巨大魚を勝ち取り、そうして傷つき、集落にもどっていくといった流れだけは覚えている。


勝ち取る。本作のキーワードはここだ。

漁師である老人は、冒頭から長い間、不漁の状態が続いているいわば「落ち目の」存在だ。

彼の友人であり、老人を信頼する少年は落ち目の状態を一時的なものと信じているし、老人が偉大な男である事も信じている。

そういう時もある。だがいずれ、老人は勝つだろう。

男子たるものは、いくつになっても勝った負けたを気にするし、勝つことの喜びを常にどこかで求めている。


だからこそ、負けの痛みを知っているし、痛みを笑う事で、屈さぬ姿勢を見せるとも言える。

そして、勝ち取った時ほど、その時にうけた大きな傷跡を自慢したくなる。

勝ち負けを求める時、どちらの場合であっても、痛みは伴ってくるものだからだ。


「10万つぎ込んでもSSRが出なかった。」

「1000円だけ課金してみたら見事SSRを引き当てた。」

「5万入れて、最後の1回でSSRが来た。」


幸運自慢も、不幸自慢も、突き詰めていくとその背後には『勝ち取ること』に対する憧れが見え隠れしている。

そういう時もある。だがいずれ、引き当てる時だって来る。

実際引き当てた。

だからこそ、ガチャを引きたくなる。


痛みと、勝利。


いまとなっては文章のほとんどを忘れてしまったけれど、この二つだけは『老人と海』においていつまでも覚えている象徴的な部分だと私は考える。

そして、そうした忘れ得ない部分を手にいれる事こそが、本を読む意義であり、その作品の持つ、もっとも貴重なSSR(ダブル・スーパー・レア)であると、私はそう思う。

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