第5話 タボダム共和国

教授から連絡をもらって再び遺跡の調査を手伝うことに私は、目的地に向かう飛行機の中にいる。やけに静かだと思って隣をみると教授は窓の方を向いたまま寝息をたてている。日々の仕事で疲れていたのだろう、窓の外を見ながらそのまま眠ってしまったらしい。

私はそれを見ながら教授と出会った時のことを思い出していた。考古学の世界ではそれなりに有名な人らしい。交友関係も結構広いようだが、ミステリアスな部分が多い。私的にはどこか胡散臭いところもあるし、油断できない人間だが、何かひきつけられる魅力を持った不思議な人物といったところだろうか。出会った時に渡された名刺には名京大学の考古学の教授だと書いてあったが、気になって帰国後インターネットで検索してみたらちゃんと名京大学のホームページに顔写真とともに載っていて事実のようだった。ただこのところ教授にうまく利用されている感があり、今回の調査も油断できないと思っている。


しばらくして飛行機が着陸態勢にはいり、高度を下げ始めた―。

かろうじて最低限の施設を備えた小さな空港に飛行機は着陸した。飛行機を降りたとたんサウナにいるような暑さが私たちを出迎える。

ここは赤道直下の国タボダム共和国の北部、河口の都市ナウミア。

年平均気温が20℃以上もあり、熱帯で最も高温であり、気温の年較差も小さく6℃以下である。連日のように午後になるとスコールが降るので、年中多雨で年降水量は2000mmを超える。湿度が高く日射も豊富なので、種々さまざまの常緑広葉樹がよく茂り、国を縦断する大河モンベル川流域に大密林を形成している。

私たちは手配していた車でホテルへ向かった。ホテルでは現地のガイドと合流して、打ち合わせをする予定になっている。

ホテルまでの約1時間の道のりだが、その間に教授から今回の調査のおおまかな説明を受けた。車は少し古い外観のホテルの前で止まった。運転手がクラクションを鳴らすと一人の男がホテルから出てきた。今回同行するガイドらしかった。

(あれ?)

懐かしい顔がそこにあった。前回教授の調査を手伝った際のガイドをつとめた男だ。

「どうも、久しぶりですね、マイル・・・」

私が言いかけるの遮るように教授が口をはさむ。

「紹介しよう、あのマイルズの弟でワイルズ君だ」

(えっ?弟?? 言われなければわからない。てか、見分けがつかないんですけど)

あきらかに動揺してる私に男が笑顔で近づき、ささやいた。

「いつものドクトル(教授)のアレですよ。お久しぶりです、ミスター・ユーサク」

(やっぱりマイルズだったのか。しかし教授は相変わらず子供じみた悪戯を・・・)

教授の方をみると嬉しそうに笑っている。

先が思いやられそうだ。


夕食の後、教授の部屋で打ち合わせが始まった。

教授が地図をひろげて話はじめる。

「南条君にも道中話したが、今回はある神殿の調査になる。この国の古い言い伝えに魔王伝説というのがある」

私はこのホテルに来る前の車中でこの話を聞いていた。


“ はるか昔、タボダム共和国のある地方に『魔王』と呼ばれる大男がいた。魔王は背丈が3メートルほどもあり、大きな鉄の斧を変幻自在に操って数匹の牛を一瞬のうちに真っ二つにして、ペロリと食べてしまう。そして不思議な魔力も持っており、村人たちが生贄の若い美女と大量の食物を差し出さない時には、村全体を不気味な黒い闇で閉ざしたという。

魔王の住む神殿には莫大な金、銀、財宝が山と積まれているという。神殿にはいたるところに恐ろしい仕掛けがあり、いかなる盗賊も財宝に近づくこともできなかった。何度か勇敢な若者が魔王を倒すため神殿に向かったが、誰ひとり帰ってきた者はいないという―。

今もその神殿はどこかに眠っている・・・ ”


「その神殿は本当にあるのですか?ただの伝説というか御伽噺のようにも思えますが」

今更とは思いながらも私は感じたことを教授に言った。

教授はその質問を予想していたかのように平然と説明を続ける。

「そのことなら心配ない。何度か酔狂な考古学者がこの神殿の調査を試みたがそれらしき建物は発見できず、伝説の域を出ない話となっていたのだが、最近神殿のありかを突き止めたという考古学者の日記が見つかった。書かれた日付は20年以上も前で彼もすでに亡くなっているのだが、神殿の存在を裏付けるいくつかの記載があった。

記載の内容で重要な点を抜き出すと3つある。1つ目は神殿の仕掛けは今も生きていて、その考古学者も神殿の奥にはたどり着けず命からがら戻ったということ。

2つ目は神殿の壁に壁画があり、古代文字で魔王の一生が描かれていたらしい。最後の壁画は魔王が死の直前、家来に命じて財宝を神殿のどこかに隠させたと描かれていたそうだ。最後3つ目は、神殿の入り口には美しい橋が架かっているとのことだ」

最後の言葉は神殿探しのキーワードになりそうだった。

この後、一通りの説明と簡単な打ち合わせがあり、解散となった。


翌朝、マイルズが集めた荷物運びの現地スタッフも合流してジャングルの調査が開始された。このあたりの地形にも詳しいマイルズが先に歩き、その後に教授、私、それから最後に荷物を担いだ現地スタッフが続いた。調査隊一行は教授の考えで、橋が架かっているということから川沿いの集落跡、山の谷にさえぎられた集落跡などに見当をつけて探し回った。

でもなかなかそれらしき建物は発見できなかった。

調査して5日目が過ぎようとした時、マイルズから提案があった。

「これから先は猛獣や毒蛇も多く、危険デス。これ以上奥に進なら、ボートで川を遡ることをお勧めシマス。ご存知のとおり、このジャグルの中には大きな川が流れてイマス。この川を進めばジャングルの奥地までイケマス。その方はまだ安全だと思うのデスガ。ドクトル、いかがデショウカ?」

これには教授も賛成し、船で川の上流を目指すことになった。

船はゆっくりと川を上っていく。目の前にワニの群れが見える。

私は驚いて叫んだ。

「ワニがあんなにたくさんいますよ!襲われたらひとたまりもないですよ」

マイルズは笑顔で答える。

「大丈夫デス。この辺のワニは大人しいノデス。船が近づくと逃げ出しますヨ」

彼が言うとおり、ワニたちは船が近づくと道をあけた。

船が中流あたりに差しかかった時、マイルズが口を開いた。

「このあたりは肉食で獰猛な魚、ピラニアが生息してイマス。船から落ちたらおしまいデス。くれぐれも気をつけてクダサイ」

そういうと濁った川面に時々、魚のうろこのようなものがチラチラ見え、たくさんうごめいている。私は黙って船の柱につかまる手に力をこめていた。

船は静かに進み続け、上流にさしかかった。水もいくらか澄みだした。このあたりまでくるとピラニアはもういない。

私は柱をつかむ手をっやっと緩めることができた。ゆっくり船は進んでいく。

しかし肝心の建物らしきものは見当たらない。船はなおも進んで、川の最上流、つまり水が勢いよく流れ落ちる滝の下までやってきた。

「ドクトル、終点です。建物らしきものはありませんネ。残念ですが引き返シマス」

マイルズが言ったが私が口をはさむ。

「ちょっと待って、あんな素晴らしい滝はめったに見れない。もう少しここで眺めていたいんですけど、いいですよね?教授」

教授は静かに頷いた。ボートは近くの川岸に接岸し、エンジンを止めた。

豪快な音をたてて落ちる水が岩肌に当たって散り、水しぶきが雪のようだ。

しばらく眺めていた私と教授が同時に叫んだ。

「そうか、あれはこれのことだ!」

滝からあがる水しぶきが太陽の光に照らされて美しい七色の虹を作っていた。

(美しい橋は虹のことだ。ということは神殿の入り口は滝・・・の裏側か?)

滝つぼはわりと浅く、潜って滝の裏まで行けそうだ。

船に留守番のスタッフを数人残し、私たちは川に飛び込んだ。

なんとか滝の裏側まで泳ぎついてみると思ったとおり、大きな洞窟があった。

この存在は滝の水によって完全に隠されていた。

(魔王の神殿は滝に隠された洞窟の中にあったとは…なかなか見つからないわけだ)

ライトで照らしながら奥へ進むと綺麗な彫刻が施された神殿が姿をあらわした。

最初は落とし穴に落ちかけたり、大きな針で串刺しになりかけたりと内部の仕掛けに苦労したが、後半はすんなり進むことができた。マイルズが床に描かれた模様に気づき、その上を歩いている限り安全だとわかったからだ。剣や弓を構える石像から放たれる矢も、床からいきなり噴出す炎も私たちに届くことはなかった。

私たちは慎重に観察しながらも神殿の奥へ進んでいった。

ある時、ふいに誰かに見られている気がして振り返ったが、誰もいない。

「教授、誰かにつけられている・・・というか監視されてる気がするんですけど」

私が言うと、教授はかすかに笑って言った。

「君に気づかれるようなら、誰か知らんがたいしたことない連中だろうな」

教授もすでに気づいていた様子だったが気にしていない感じだった。

何か考えがあるのだろう。私はそれ以上何も言わなかった。


ついに最後の部屋にたどり着いた。大きく重い石の扉がある。

扉には二箇所くぼみがあった。そして周りを見ると石像が2体。それぞれの手に

宝石が1個づつ置かれている。

冒険映画でよくみる、いかにも―という感じのシュチエーションである。

何かが怪しい。注意深く石像の周りを観察していた私は、足元に蛇がいるのに気づき、驚いて飛びのいた。その際、よろけて勢いよく石像にぶつかってしまった。石像はゴトンと後ろに倒れた。

「痛てて…。あちゃ~、やってしまった。あれ?!」

石像があった場所に地下へと下りる階段があらわれた。

実は正面の扉は最後の罠だったのだ。偶然にも罠を回避した私たちは階段を降りる。

ひんやりとした湿った空気の部屋があった。でも何もなかった。まわりは石の壁で囲まれてどこにも通路はなく行き止まりになっていた。

ただ今までの部屋と違っていたのは床が石ではなく草が生えている、つまり土になってるということだった。

しばらく考えていた教授が床(地面)を掘るように指示を出す。

掘り進めていると何か硬いものに突き当たった。

掘り出してみると大きな石棺のようだった。

(この中に財宝があるのか・・・はたまた魔王のミイラが収められているか)

スタッフ総がかりで重い石のふたを動かす。


(!・・・??)


石棺の中には一枚の石版が入っていただけだった。

石版には何か文字らしきものが書かれていたが、素人の私には読めない。

教授が古代文字解読書を片手に内容を手帳に書き写していく。

解読を終えた教授はわざとらしく思えるほど大きなため息をついた。

「ああ、何てことだ・・・」

落胆する教授に駆け寄り私が聞く。

「なんて書いてあったんですか?」

教授は黙って、手帳を私に見せた。

書き写した古代文字の下に、走り書きで現代語訳が書いてある。

要約するとこうだ。

“ 魔王様の人使いの荒さには困ったものだ。

これだけの財宝をこんなところに隠しておけるかってんだ、馬鹿馬鹿しい。

これだけあれば一生遊んで暮らせるんだ。悪いがこの財宝は俺たちがもらっておくことにするぜ。魔王様悪く思うなよ! ”

それはまさしく、財宝を隠すように命じられた家来が書いたものだった。

「こんな結末になるとは・・・」

私が呆然としながら石版を眺めていると、教授が静かな口調で言った。

「人は時として自分の立場や生活、又は大切なものを守るため、フリをするものだ。」

私は顔を上げて聞き返す。

「フリ?・・・ですか」

教授は悟りきったような表情で答える。

「そうだ、フリだ。忠実な家来のフリ。命令に従ったフリ。」

私は残念そうに教授を見ていった。

「それじゃあ、財宝は・・・」

教授は無表情で言った。

「隠したフリをして、きれいさっぱり持ち去ったんだろうよ」

私たちは無言で撤収準備を始めた。



私たちが去った部屋で動く影がふたつ。

でもそれは人ではなかった。正確には人であった者。つまり幽霊。

「ふぅ、最後の罠を突破された時にはどうなるかと思ったが・・・」

もう一人の幽霊も答える。

「そうだな、危なかった。でも最後の仕掛けが功を奏したようだな」

二人の幽霊は安堵の表情を浮かべている。

「後から入ってきた奴らもうまく騙されてくれたようだし」

「今回も財宝が守れてよかったな・・・」

今回の調査隊が掘り出した石棺のもっと下の層で、忠義の家来たちが守った魔王の財宝は今も静かに眠っている。


帰りの機内で私は教授に尋ねた。

「あそこで私が感じた気配・・・あれは一体なんだったんでしょうか?」

教授が真剣な表情で答える。

「あのような遺跡や建造物を調査する者は、まっとうな学者ばかりではないということだ。それに関しては今度また説明してやろう。ここにはまた来ることになるだろうから」

そう言って教授は眼下に広がるジャングルに視線を移した。





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