第2話 メディア共和国
この前の旅行から帰って3ヶ月後、私は再び飛行機の中にいた。旅のもつ魅力に次第に惹かれ始めていたのかも知れない。
約10時間のフライトの後、飛行機は賑やかなアルメンフィス空港に到着した。
私は地下鉄と市内を走る路面電車を乗り継いでエル=ロハスに向かった。
エル=ロハスは、首都アルメンフィスから西へ8キロほど行ったところにあるメディア共和国最大のリゾート地である。
日本の都会の喧騒を離れて、あの慌ただしい高層ビル街が恋しくなるまで思い切り楽しんで帰ろうと思っていた。幸い私はこの国に出張で来たことがあり、言葉も少し勉強していたので日常会話ぐらいはできたのでそんなに不自由はなかった。
エル=ロハスの街にやってきた。ここはカジノのをはじめ、プール、ゴルフ場、テニスコート、ナイトクラブ、高級ホテル、湯治場(スパ施設)などの設備を完備し、温暖な気候にも恵まれた世界有数のリゾート地で、夜になると世界一とも言われる夜景が見れる。
半年前、主要都市で反政府組織によるクーデター未遂事件があって、しばらく旅行者が激減していたが、政府の安全アピールの甲斐もあって客足は以前のものを取り戻しつつある。
またこのエル=ロハスは、美しい海に浮かぶ宝石のような島々―アドロス島、デルタ島、オリノス島などへのクルーズの起点にもなっていて、ここのエリウス港からは毎日、何隻ものクルーザーが出航している。
私はこの日はテニスやカジノで時間が経つのを忘れて楽しんだ。そしてホテルの部屋に戻り、窓から見下ろすと、外には静かな海全体に街の灯やハーバーライトを映し出した世界一の夜景が広がっていた。それを眺めながら久しぶりに満ち足りた眠りについた。
翌日、私はクルーズに出掛けた。大型のクルーザーなのでデッキに寝そべって、サンシャワーを思う存分浴びることにした。
海を渡る風にウトウトし始めた頃、船が島に着いた。
穏やかな昼下がり。ぶらりと島内を散歩する。オレンジやレモン、オリーブなどがたわわに実る畑を横目になだらかな坂を登っていく。バラが咲き乱れていて、そよ風に揺れている。
途中、オレンジを山積みにした籠をロバの両側にくくりつけた農夫とすれちがった。私は軽く会釈して、農夫は満面の笑みで返した。のんびりとした平和な島だ。
さらに進んでいくと急に視界が開け、眼前に紺碧の海が広がった。雲ひとつない青空はこの島全体が吸い込まれるかのように青い、とてつもなく青い。爽やかな風が海面を吹き、島の中を走り抜けて上空に舞う。船着き場を見下ろすように、白壁のマッチ箱のような家が山肌に並び、まぶしい太陽に照らし出された白が海と空の鮮やかなブルーと見事なコントラストをみせていた。再び船に戻り、次の島に向かう。
丘の上に白い粉挽き風車があり、島内にたくさんの教会がある島ではさまざまな鐘の音が響いていたし、古代の遺跡が残る島には、今でも伝説の香りが漂っていた。
たくさんの島を巡って、船は帰途についた。船がエリウス港に着く頃、周りの何もかもをバラ色に染め上げる夕暮れが訪れる。海は夕凪、ワイン色の海に白い波を残すように船は港に戻った。やがて全てがゆっくりと闇の中に吸い込まれ一日が終わった。
次の日の朝、私はエル=ロハスを離れ、ニューアルメンフィスに向かった。
ニューアルメンフィスはメディア共和国第2の都市で、歓楽街やショッピングセンターが集中している。ニューアルメンフィスに到着した私は派手でにぎやかな町中をしばらく歩いた。
物売りの声を無視しながら大通りを歩いていく。ここは夜になると色とりどりのネオンがきらめき、夜遅くまで人通りが絶えない。私はある建物の中に入った。
突然、私の目の前で銃声が鳴り響いた。ある犯罪組織同士の銃撃戦が始まったらしい。
激しい銃撃戦が展開され、流れ弾によってたくさんの人が倒れていく。
戦いに巻き込まれ、幼い子供や老人までも命を失っていく。私はそれをハラハラしながら見守るしかなかった。
激しい銃声がやんだ。どうやら決着がついたようだ。血が辺り一面に散乱し、多くの人々が倒れている。そのレストランらしき建物は見るも無残な状態だった。ガラスの破片は飛び散り、穴だらけになったテーブルに、バラバラに壊れた椅子・・・。
拳銃を持った男がヨロヨロと立ち上がり、出口の方へ歩き始めた時、壊れた窓の外にヘリコプターらしものが見えた。
ヘリコプターはミサイルらしきものを建物めがけて発射した。轟音とともに建物は破壊された・・・。
私は入った建物から背伸びをしながら出た。映画が終わったのだ。私は眩しそうに通りの向こう側を見て、ゆっくり歩き始めた。
「今度はコメディー映画にしよう。」
そう言って私は大きな看板の建物に入った。今日は映画のハシゴを楽しむつもりだ。
その後もラブロマンスものの映画を観て、少しショッピングしてから宿泊先のホテルへ向かった。ここからはそれほど離れていないのでタクシーを使わず歩くことにした。
「南条さん!」
歩いていると不意に後ろから声を掛けられた。振り返ると初老の男性が立っていた。
「こんなところでまた会うなんて・・・。」
男性は親しげに話始める。
「ええっと・・・ああ~あの時の!・・・って誰でしたっけ?」
男性は腰から砕けるようにズッコケてみせた。
(吉本新喜劇かいっ!)私は心の中でツッコんでいた。
「いや~関西出身なものでつい・・・。お忘れですか?ラクルス共和国に行く機内でお会いした・・・。」
私は意地悪く笑ってみせ、首を振りながら言った。
「あはは・・・忘れてませんよ。あの時、あなたの性質の悪い冗談に驚かされましたからね、仕返しですよ。な~んてね、お久しぶりです。」
男性は複雑な表情で私を見ていた。
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