第3話 Restaurant Zilara /HOTEL ALBA COAST VILLA
その初老の男性は私に話したいことがあるという。
「話って・・・何でしょうか?」
「どうかな、食事でもしながら話しませんか」
男性は自分の泊まってるホテルに眺めのいいレストランがあると言って
タクシーをつかまえて手招きしている。
前の旅行ではこの男性にに紹介してもらったガイドさんのおかげで充実したものになった。
この男性の話はどこか唐突ではあるが、私の興味をそそる旅の話ばかりだった。
私は特に急ぎの用事もなかったから一緒に行くことにした。
またいい情報を仕入れることが出来るかもしれない。
タクシーはとても豪華な外観のホテルの前で止まった。男性はドライバーにチップを渡しながら何か会話をしたあと颯爽と玄関を入っていく。
あまりにも高級そうなホテルに気後れした私は立ち止ったままだった。
このホテルのレストランとなると相当な額になるはずだ。急に不安になった。
「あ、あの引出さん・・・ちょっと私・・・その・・・」
男性は顔だけをこちらに向けてニヤリと笑う。
「インディと呼んでくれていいですよ。どうかしましたかな?」
(なんかこの日本人をインディと呼ぶのは抵抗がある・・・絶対呼ばんぞ)
「いえ、高級そうな・・・とこだなぁと・・・。」
こちらの意図を察した男性は言った。
「お金のことは心配なく、こちらがお誘いしたんですからご馳走させてもらいますよ。」
「いや、でもそれは・・・いくらなんでも・・・」
男性は私の肩をポンと叩きながら微笑みながら続ける。
「これは、お礼も兼ねているのですから、どうぞ遠慮なく。」
(お礼?どういうことだろう・・・そういえばあの人、確か考古学教授と言ってたな)
「あのお礼とは、どういう・・・しかし、教授はいいところに泊まってらっしゃるんですね」
(よし、教授と呼ぶことにするぞ)
「今回はたまたまですよ。さぁ、こちらへ・・・」
案内されたレストランは落ち着いた内装だがいたるところに高級感が漂っている。
しかも大きな窓から見える夜景が最高だ。
私たちは席に着くと、教授はウェイターに何か小声で話した。
しばらくして高そうなワインが運ばれてきた。
「再会を祝して、乾杯!」
教授がグラスをもちあげた。私もグラスをあげてこたえた。
「教授、あの節はお世話になりました。いいガイドさんを紹介して頂いて・・・」
私が言い終わらないうちに教授が遮るように言った。
「そのことなんだが・・・お礼を言いたいのは私のほうなんですよ。」
不思議そうな顔の私にお構いなく教授は話続ける。
(一体どういうことだろう・・・)
私は目の前の初老の男性の世間話に適当に相槌を打ちながら、考えていた。
ここは高級リゾートホテルの中にある、これまた高級そうなレストラン。タクシーでこのホテルに着いてびっくりしたのはホテルの広さと設備だ。
広大な敷地に巨大なプールとゴルフ場まである。小高い丘の上にあるがビーチまでは歩いていける距離。部屋は全てオーシャンビューで、ホテル内にジャグジープール付のスパとクラブまである。日本人コンシェルジュやスパに日本人スタッフもいるので、語学が堪能でない旅行者も安心して滞在できる。
で、その豪華ホテルでなぜ私が食事することになったかは、きわめて不思議な流れであり、目の前の考古学者を名乗る男性が何者かは未だにわかっていない。
男性とは前回の旅行でラクルス共和国に行った時に、機内で知り合った。
いろいろ話をしているうちに私のしていた時計が気に入ったから是非譲って欲しいと言われた。時計は祖父から貰ったものだったが、それほど高価なものでもなく、形見の品でもなかったのと提示された額が魅力だったので売った。男性は現地の通貨しか持ち合わせがないということで現地のお金で支払いをし、それで別れた。そのお金のおかげで現地での観光や滞在費用がまかなえたので、私としては感謝していたくらいだった。その男性と偶然にも今回の旅行先の街角で再会し、ここに連れて来られた。それほど感謝されるようなことはしてないのでわずかな疑念を持ちつつこの場にいる。
しばらく他愛もない話をしていたが、思い切ってどいうことか聞いてみることにした。
その時、男性が急に神妙な表情になった。
「実はあなたに謝らなければならないことがあるんです」
そう男性は話を切り出した。
私が驚いて男性の顔をみると、男性は続けた。
「短刀直入にいうと私はあなたを騙して私の復讐を手伝わせたのです」
「復讐!?・・・どういうことです?」
私は思わず大きな声をあげてしまった。そして乗り出すように聞いた。
男性は淡々と事の詳細を語りだした。
聞き終わった私は、こみ上げる感情を抑えながら、努めて冷静に聞いた。
「-ということは、私に紹介したガイドの男は詐欺まがいの商法で、旅行者をカモに稼いでいた。あなたも以前に被害にあい、男を懲らしめるために偽札を使って彼を騙したと・・・」
男はうつむき加減に頷いた。
私は声のトーンを必死におさえながら質問をあびせた。
「私に支払ったあのお金は偽札だったと。そして私はそうとは知らずに偽札を使ってしまい犯罪をおかしてしまったと」
男性は申し訳なさそうな表情で言う。
「そのことは本当に申し訳なかったと思っています。でもあの男はあの素晴らしい国の魅力を汚す行いをしていた。私は何度もそういう行為をやめるように言ったが彼はやめなかった」
私はデーブル越しに男性の胸倉をつかんで低い声で言う。
「だからと言ってあんたの勝手な事情で、私を犯罪者にしていいわけがないだろ!」
男性は小声で私の手をつかみながら言った。
「その通りです。でもあなたも見たでしょう?あの国の素朴な人々の人柄を。私はあの国に遺跡の発掘の仕事で何回も訪れました。そして沢山の人と親交を深めました。素朴でまじめであり、外国人にも親切な本当にいい人たちです。私はあの国に訪れる人が、たった一人の男のために悪いイメージを持ってしまうことが許されなかった。そこで印刷工場の知り合いに頼んであのお札を作った。自分のしたことを正当化するつもりはない。でも単なる悪ふざけでやったことではないことだけはわかって欲しい」
私は襟をつかんだ手に力を込めながら言った。
「そんな理屈、私には関係ない!あんたのせいで私は犯罪者になってしまった・・・」
男は私をなだめるように言った。
「落ち着いて下さい。他のお客さんが見てますよ」
私は男性から手を離して怒りを抑えながらも強い口調で言う。
「あんたを警察に突き出して、私も自首する」
男性は更に低い声で耳打ちするように言った。
「それはやめたほうがいい。あの国の法律は厳しくてそんなことしたらあなたも何年拘束されるかわからないですよ。下手したら一生、異国の留置所で過ごすことになる」
私は少し動揺しながら言った。
「でも、あの男だけじゃなく、空港や他の店でもあのお金を使ってしまったんですよ。いつかバレて結局捕まることになるんじゃ・・・。」
ふうと息を吐いてから、男性はゆっくり説明を始めた。
「実はあの後、私の知り合いがあのガイドの男を訪ねてあなたが使ったであろう正規の金額に少し上乗せしたお金を届けたんです。そして二度と詐欺のような真似をしないことを約束させた。いつでも私の目が光っているし、次は容赦しないと脅しておきました」
私はどう反応していいかわからず、しばらくうつむきながら頭の中をを整理しようとしていた。
「それから、あなたが空港等で使ったお金は本物ですよ。私は行動心理学というのも得意でね、機内でのあなたとのやり取りから几帳面な性格だとわかったので、必ずお札の上から使うだろうと見抜いた。それから用心深い性格から試しにどこかで使ってみるだろうというのも予測できたので最初の何枚かは本物のお金を混ぜておいたんです」
(この男は何者なんだ?・・・確かに試しに使ってみたし、上から使ったけど・・・)
私は次の言葉に困っていた。
それを見て男性は言った。
「不本意な形であれ、あなたはあの国とそこに住む人々の素敵なイメージを守ったのです。こういう形のお礼だと不服かも知れないが人助けをしたと思ってお許し頂けないものですかな」
私は返事できずにいると男性は急に笑顔になって言った。
「このお返しはいずれまた別のカタチでということで・・・今日は好きなものを思う存分食べて下さい」
目の前にいるこの男性・・・本当に不可解な人だ。信用していいのかわからない。今まで出会ったことのないタイプの人間だ。でもなんか不思議と憎めないとこころがある。
気づけば男性が注文していたのか、どんどん料理が運ばれてくる。
(もうこうなりゃ、思い切り食べてやる・・・)
私は次々に出てくる料理に手を伸ばした。本当にどれも美味しい料理だった。
しばらくして、男性が言った。
「ちょっと失礼、お手洗いにちょっと・・・。歳をとるといかんねぇ・・・」
男性が席を外してから少しの間、今までのことを思い出しながらワインのグラスを傾けていた。(しかし、いろんなことが急展開しすぎてついていけなかったが、そこそこ楽しめたな)
それからかなり時間が経ったが、なかなか男性が戻ってこない。
(電話でもしているのか・・・まさか・・・??)
私は少し心配になりながら、何気なく窓の外に目をやった。
「あっ!あの野郎・・・」
窓の外の道路に、タクシーに乗り込もうとしているあの男性を見つけたのだ。
(やられた。どこまでも怪しい男だったが、食い逃げとは・・・。
二度も騙される私が馬鹿なのか、しかし困った、そんなに持ち合わせが・・・)
カードはホテルの金庫の中だし、訳を話して取りに行かせてもらうしかない。
駄目だと言われたら無銭飲食で捕まってしまうのか。
ドキドキしながら精算を告げる。
するとレストランのスタッフから意外な言葉が返ってきた。
「お代はもう頂いています。それからこれをお渡しするようにと。」
レストランのスタッフから封筒を受け取った私は中を開いてみた。
中には手紙と飛行機のチケットらしきものが入っていた。
“ 私は急用が入ったので失礼する。もし興味があるならこのチケットを使って私の元に来なさい。今まで見たことのない世界を体験することができるはずだ。つまらん日常を忘れるくらいエキサイティングな時間を私が保証しよう。”
今思うとこの時すでに旅の開放感も手伝って、彼の作り出す非日常な世界の魅力に完全に取り込まれていたのかも知れない。
数日後、私はチケットを持って空港に向かっていた。
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