Part.3 ハートのミントキャンディー

 ――どのくらい意識を失っていたのか?


 丘の上で目を覚ましたアレンは、どうしてこんな所で寝ていたのだろうかと不思議そうに首を捻った。たしか、ハロウィン・パーティーの途中だった。早く帰らないとパーティーが終わってしまうと丘を駆け降りて町まで帰った。

 家に着いて、仮装用の〔狼男のマスク〕を被ろうとしたら、中からコトリと何かが落ちた。

 見ると、透明の包み紙のハート形のキャンディーだった。

 ほんのりピンク色で嗅いでみるとミントの香りがする。あまり可愛いキャンディーなので食べるのが勿体なくて、透明のガラスの小瓶に入れて、お店の棚にアレンは置いた。


 あれから、ルイジアナの小さな町にもハロウィンが8回めぐってきた。


 都会の大学の通っているアレンは万聖節を家族と祝うために帰省した。そして、久しぶりに家業の雑貨屋の店番をしていた。

 最近、アレンは恋人と別れた。

 今までに何人もの女の子と付き合ってきたが、どんな女性と付き合ってもアレンの心にしっくりとこなかった。――どういう訳か、どの彼女も自分が待っている『』のような気がしない。だから、すぐに心が冷めて別れてしまうのだ。

 いつの頃からか、どこかで自分が待っている女性がいるような気がしてならなかった。その女性は自分の夢の中に時々出てくるが目を覚ますと、どんな顔だったか、とんと思い出せない。

 けれど、口の中にミントの香りが残っていたりする。何故か、とても恋しい女性なのだ。

 いつも心の何処かに空白感があって、その空洞を塞ぐことができない。きっと僕をたしてくれる女性がいる筈なんだ。

《僕はいったい誰を待っているのだろう?》

 そんな自分が不思議でタマラナイ――。


 棚の上に置かれた、ハートのミントキャンディーの小瓶に、なぜか目がいく。

 あれ? なんだか、いつもよりピンク色が濃くなっているように見えるアレンだった。


 その時、カランとドアのカウベルが鳴って何者か入ってきた。

 見れば、大きな黒い猫である。

「おやおや、猫のお客さんは困ります」

 苦笑しながらも、猫に与えようと売り物のチーズをひとつ持って、カウンターから出てきたアレンの目の前に、いつの間にか女性が立っていた。

 彼女は黒いドレスにとんがり帽子、黒いマントをはおって、手には古い家ホウキを持っていた。

 その姿を見た瞬間、アレンの脳裏に雷にうたれたような衝撃が走った。


「き、君は!?」

「アレン、わたしよ」

 親し気な笑顔だった。

「――ジェシカ? 君はジェシカだ!」

 一瞬にしてアレンの記憶がよみがえった。

 そう、あのハロウィンの夜のこと、ふたりは再会を誓ってキスした、あの唇の感触さえも……。

 ジェシカは時々、アレンの夢に逢いにきていた。ふたりは夢の中で語り合ったり、キスもいっぱいした。ずっと待っていた、アレンの『』とは魔女のジェシカだった。


 魔女はとても長寿なのだ。しかし、どんな立派な魔女でも生涯に子どもはひとりだけしか生めない。

 それも決まって女の子、長じて彼女たちは魔女になるのだ。

 ――魔女は20歳はたちになると『命を継ぐ者』を生むためにパートナーを探す。それは人間の男性なのである。

 そして人間のパートナーの命が尽きるまで、魔女は添い遂げるのだ。


 8年の歳月を経て、約束通りふたりは今再会した。

 20歳になったジェシカは一人前の魔女として母親から離れて、今度は『命を継ぐ者』を生むためにパートナーと暮らことになる。――それが目の前にいるアレンなのだ。


「ほらほら、いつまで見つめ合っているんだい。ふたりともこの日をずっと待っていたんだろう? ジェシカ、その男をホウキに乗せてさらっていきなよ」

 黒猫が生意気な声で言った。

「この黒猫は前に会った、あの猫かい?」

「ええ、わたしの使い魔のノエルよ。ひとり立ちする時にママに託されて付いてきたの。だけど生意気でケンカばかり」

 ジェシカは困った顔で笑った。

「おいアレン、おまえが俺のご主人様の旦那になっても、おまえは俺より目下めしただからなっ!」

 偉そうな声で黒猫が言い放った。

「おだまり! アレンに生意気な口を利いたら、おまえなんかガマ蛙に変えてやるわよ」

「はいはい、分かりましたとも……」

 肩をすぼめるような仕草を黒猫がした。

 それが可笑しくてふたりして笑った、ようやく緊張がほぐれてきたようだ。


「またホウキに乗せてくれるかい?」

「もちろんよ。アレン」

 ふたりがホウキに跨ると黒猫が慌てて飛び乗った。

「おいっ、俺を置いていくんじゃないぞ!」

「行くわよー!」

「おう!」

 恋人たちと一匹の黒猫を乗せて、ホウキは大空を舞い上がる。

「ジェシカ、もう絶対に離さない」

「ふたりはずーっと一緒よ!」

「はいはい、ご馳走さま……」

 不貞腐ふてくされたれた声で黒猫が言った。

 そんなことはお構いなしに、ジェシカの腰に回したアレンの手には熱がこもっている。――ふたりの愛は長い長い月日を経て、やっと開花したのだ。


 ハロウィンの夜空に大きなピンクのハート描いてホウキが飛んでいった。

 それは永遠の愛を誓った恋人たちのハネムーン・フライトだった。



                 ― Ene ―

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Halloween night 泡沫恋歌 @utakatarennka

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