Part.2 ホウキに乗って
「アレンに聞いて欲しいことがあるの」
「……いきなりビックリしたよ」
アレンは窓からゆっくりと部屋に戻ってきた。
「どうして急に引っ越しするんだ? そんなこと何も言ってなかったじゃないか?」
悲しそうな声でアレンが言うと、
「――わたし、魔女なの!」
「えっ? 確かに魔女の格好だけどね」
「違うの! 本物の魔女なのわたし……」
「はぁ? まさか……」
「本当のことよ。信じられない? だったら証拠を見せてあげるわ」
そう言うと、ジェシカは呪文を唱えた。すると、さっき窓の下に落とした〔狼男のマスク〕が、アレンの手の中にあった。
「あれぇ~いつの間に……さっき下に落としたのに……?」
不思議そうな顔でアレンが〔狼男のマスク〕を見ている。
「驚いた? それは魔法よ」
「……ジェシカ……君って?」
「だ・か・ら・わたしは魔女なのよ」
そう言うとジェシカがイタズラっぽく笑った。まん丸な目で驚いた顔のアレンを尻目に、
「ねぇ、ホウキに乗ってみたくなぁい?」
「魔女のホウキにかい? 乗れるの!?」
「もちろんよ」
ジェシカが呪文を唱えると、どこからかホウキが飛んできた。それは少し古びた家ホウキだが、ジェシカの曾祖母の魔女から受け継いだ大事な形見だった。
「これが本物の空飛ぶホウキかい?」
「そうよ」
「一度乗ってみたかったんだ」
「アレン、ホウキに跨って!」
「おう!」
ジェシカの肩に掴まって、アレンもホウキに跨った。
「さあ、行くわよ」
そう言うと、ホウキは窓から鷲のように勢いよく飛び立った。ふたりを乗せたホウキは町の遥か上空を飛んでいく。ハロウィンの夜空に本物の魔女が乗ったホウキが飛んでいるなんて誰が想像したでしょう。
「うわー! 町があんなに小さく見える」
「アレン、ホウキの乗り心地はどう?」
「ジェシカ、最高だよ!」
「振り落とされないようにしっかり掴まっていてね」
「オーケー」
魔女のホウキは町の上空を旋回すると、ゆっくり下降して町外れの小高い丘に降り立った。この頂(いただき)から、小さな町が一望できるのだ。
少し冷たい風がふたりの頬を撫でていく――。
「アレン、今までありがとう。今夜、この町を去っていくわ」
そう言って、ジェシカは俯いて睫毛を
「――どうしても去ってしまうのかい?」
アレンも切なそうな目で、ジェシカを見ている。
「ええ、どうしても引っ越ししなければいけない。それが魔女のシキタリだから……」
「ジェシカのこと忘れないよ」
「魔女は去って行く時には、みんなの記憶も消していくから、それは無理なのよ」
「僕は絶対に忘れたくない!」
「アレン……」
「君のことがずっと好きだったんだ」
「わたしもアレンのことが大好き」
「……僕ら、大人になったらまた逢えるかな?」
「
「20歳かぁ~僕らは12歳だから、8年も先だね。どんな風な大人になっているんだろう」
「見てみたい?」
「見たい」
「じゃあ、アレン目を瞑ってちょうだい」
「うん」
「これはとても難しい魔法なのよ」
ジェシカは大きく深呼吸すると、静かに目を瞑り小さな声で呪文を唱えた。すると、アレンの身体を暖かい風がふわり包んだように感じた。
「目を開けてもいいわよ」
ゆっくりとアレンは目を開いた。
目の前には黒いドレスとマント、とんがり帽子を被った金髪に青い瞳、桜色の頬をした美しい娘が立っていた。
「……君が、ジェシカかい?」
「
「そして、僕は……」
20歳のアレンは背が高く、筋肉質の立派な青年になっていた。ソバカスも目立たなくなり、赤毛は少し褐色に変っていた。
「これが大人になった僕かぁ~」
「アレン素敵よ」
ジェシカがそう言うと、アレンは人懐っこい笑顔になった。この表情だけは大人になっても変わらない。
「ジェシカがすっごくきれいだから、胸がドキドキしてる」
「20歳になったら、この町に帰ってくるから待っててくれる?」
「もちろんだよ。たとえ記憶が消されても……この町で待ってる。絶対に!」
「アレン大好き」
「僕の大好きな魔女のジェシカ」
ふたりは見つめ合って、自然にキスをした。そんなふたりをハロウィンのお月さまだけが見ていると……思ったら、
「ジェシカ、もう行くよ!」
いつの間にか、ふたりの足元に黒猫がいる。
「うわっ! 猫がしゃべった」
アレンがビックリして飛びのいた。
「この子は使い魔のノエルよ。代々魔女の家で飼われている猫なの」
「さっさっとしなよ、ママ魔女が待っているぜ!」
夜空を見上げれば、ホウキに乗った魔女がゆっくりと真上を
「もう行かなくっちゃー!」
「ジェシカ……」
「アレン、さようなら」
ジェシカは、急いでホウキに乗って空高く舞い上がった。ホウキの先には黒猫がちょこんと乗っている。アレンの頭上で手を振るようにクルリと旋回して、ホウキは遠くへ飛んでいった――。
「さよなら、ジェシカ……君のこと……絶対に忘れないよ……」
そう呟くとアレンは意識を失って、その場に倒れてしまった。
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