Halloween night

泡沫恋歌

Part.1 憂鬱な魔女

「Trick or treat! Trick or treat!」

「お菓子くれないとイタズラするぞぉー!!」


 小さなお化けたちが家々の玄関を叩いてお菓子を貰いながら、町をのし歩く。

 今夜はハロウィン。万聖節ばんせいせつ(Hallowmas,All Saints Day)の前夜祭なのだ。

 この夜は死者の霊が家族を訪ねたり、精霊や魔女が出てくると信じられていて、これらから身を守るためにお化けの仮装をしたりして、カボチャをくりぬいた中に蝋燭ろうそくを立てた、ジャック・オー・ランタンが魔除けとして、窓辺や家の戸口の上り段などに置かれている。


 ルイジアナの小さな町でも、今夜は楽しいハロウィン・パーティーだった。


 少女は大きな出窓から通りを眺めていた。

 子どもたちは、お化けやゴブリン、魔女などに仮装して「Trick or treat! Trick or treat!」と唱えながら楽しいそうに歩いて行く。


「わたしもハロウィンのパーティーに行きたいなぁー」

 そう言って詰まらなそうに爪先で床を蹴った。

 ニャーと足元の黒猫が鳴いた。


「仕方がないさ、本物の魔女はハロウィンに参加してはいけないって、シキタリがあるんだから……」

 黒猫がしゃべった。

「毎年、見ているだけなんてツマラナイ」

 黒いドレスにとんがり帽子、黒いマントをはおった少女がプクッとほっぺを膨らませた。

「――それに今夜は引っ越しだよ。ハロウィンの夜になると魔女は、他所よその街へ去って行くんだ。まあ、引っ越しと言っても呪文ひとつで家も家具もひっ包めて、ホウキに乗ってバイバイだけどね。アハハッ」

 青い眼の黒猫が笑った。

「この街、好きだったから引っ越しするのはイヤだわ!」

 少女の胸には小さな想いがあった。

「ダメ、ダメだよ! 魔女はひとつ所に長く住んで居られないんだ。魔女だってバレたらどんな目に合わされるか! ご先祖様たちが火あぶりの刑にされたことは君も知っているだろう? 魔女だってことで人間たちに憎まれ怖れられているんだ。大人になったら魔女は年を取らなくなる。――永遠に若いまんま、だから、度々姿をくらまさないと正体がバレちまうからさ」

「だけど、もう一年だけ……ここに居たかったわ」

「俺はこんな田舎町に飽き飽きしてたから、引っ越しができて嬉しいぜ」

「ホント! おまえって意地悪な性格ね。どのくらい生きているの?」

「君の曾祖母そうそぼの魔女から使い魔してるから、ざっと三百年くらいだなぁ。フン!」

 自慢げに黒猫は鼻を鳴らした。

 使い魔はご主人様となる魔女がいる限り永遠の命なのだ。


 少女の名前はジェシカ。

 代々続く魔女の家系の娘で、魔女の母親とふたりでこの町に住んでいる。

 タロット占い師の母親はよく当たると評判で近隣からもお客がたくさん訪れる。もちろん、本物の魔女なのだから、占いなんてお手の物だが、実は占いカードの結果の半分しかお客には教えていない、未来をすべて教えてしまっては、人間がやる気を失くしてしまうからだ。

 そして、黒猫のノエルは使い魔として魔女の家で飼われている。


「いつまでも駄々だだねてないで、君もさっさと引っ越しの準備をしろよ。ママ魔女に叱られても知らないからなっ!」

 黒猫が偉そうに指図したものだから、少女は怒って、

「フン! 使い魔の分際で生意気よ。猫のくせに誰のお陰でしゃべれると思っているの? あんたなんかガマ蛙に変えてやる!」

 少女が怒って呪文を唱えそうになったので、使い魔の黒猫は慌てて逃げ出した。


 魔女はひとつ所に長くは住めない運命だ。

 引っ越しするのは仕方ないとジェシカも分かっている。――この小さな町を母親とふたり気に入って3年も住んだのだから、そろそろ限界だ。

 今年のハロウィンの夜には引っ越することを、去年のハロウィンに決心したことだから……。

 住んでいた町の人々から『自分たち』の記憶をすべて消し去ってから、魔女は旅立って行くのだ。

《わたしは、この街に居なかったも同じなのねぇ……》

 そう思うとジェシカは悲しかった。あの人の記憶からもわたしは消えてしまうんだ。

 フーと、ため息をひとつ吐いて、引っ越しの準備に取りかかろうと窓辺を離れかけた時、トントンと窓ガラスを叩く音が聴こえた。

 振り返って、ジェシカが見たものは――!?


「キャッ!」


 窓ガラスに張り付いた狼男だった。


「開けておくれよ」

 窓ガラスを叩いて、狼男が言う。

「だぁれ?」

「僕だよ。僕……」

「ああ、分かった。ちょっと待って!」

 ジェシカの顔がパッと輝く。


 ――窓を開けると、小さな狼男が入ってきた。

 ここは、二階なので楓の木をよじ登って上がってきたようだ。怖ろしい狼男のマスクを外したら、赤毛でソバカス顔の人懐っこい少年の笑顔があった。

 彼の名前はアレン。ジェシカのクラスメイトである。


「どうしたのよ? アレン」

 いきなりの現れ方にジェシカはあきれ顔で訊く。

「ジェシカ、僕の家で今夜ハロウィン・パーティがあるんだけど、君も来ないか?」

「……あのね、風邪を引いているから今夜は外出したらダメだってママに言われているの」

 もちろん嘘である。

「ええーっ! せっかく魔女の仮装までしているのに外に出られないのかい」

「うん……」

 魔女の衣装はジェシカの普段着なのだが――。

「残念だなぁー、去年もその前の年もジェシカはパーティに来なかっただろう? だから誘いにきたんだよ。じゃあ、来年のハロウィンには絶対にパーティに来てくれよ」


 来年のハロウィンには、この町に住んでいない……ジェシカだって、アレンの家のパーティには参加したかったのだ。

 ――魔女の家に生まれたことが恨めしかった。


「じゃあ、これやるよ」

 アレンが袋に入ったものを手渡した。

「お菓子?」

「ミントキャンディーさ。僕の家のお店で売っているんだ」

 アレンの家は雑貨屋で食料品から日用品まで売っている。

 ハロウィンの季節にはお菓子やキャンディーを買い求めるお客で繁盛していた。

「ミントキャンディーは辛いから子どもには人気がなくて、いっぱい売れ残ったんだ。だから、うちのママがパーティの持ち帰りのお菓子にしたんだよ。アハハッ」

「わたし、ミントキャンディー大好きよ」

「そうか、僕も好きなんだ!」

 そう言って、ふたりで笑った。


「もう帰るよ」

 アレンが来た時と同じように窓から出て行こうとしたので、思わずジェシカの声が出た。


「アレン待って!」


 窓から、半身を乗り出した状態でアレンがゆっくりと振り向いた。

 今夜、引っ越ししたら……もうアレンともこの街の人たちとも逢えなくなってしまう。もう少しだけアレンと一緒に居たい。


「ねぇ、もう少しお話しましょう」

「……いいけど、なんか、いつものジェシカと様子が違う」

 ソバカス顔のアレンが真剣な目で見た。

「わたし……わたし……今夜、遠い町へ引っ越ししちゃうの」

「ええーっ!?」

 その言葉に驚いたアレンは狼男のマスクを窓の下に落としてしまった――。

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