第4話留める世界、吠える想い

「ロアの竜が、カオステラー……!?」

エクスが驚きに硬直する中、シェインは冷静に状況をまとめる。

「ありえない話じゃありませんね。この想区では、竜は人間と相当密接に関わっているようですし。最初から、疑うべきは二人……いえ、一人と一体だったということでしょう」

『何故だ……何故邪魔をする……ロア……ロア……』

本来人語を喋らない筈の竜から発される言葉は、成程どれもいくつもの想区で聞いてきたカオステラーに取りつかれた者と通ずるものがあった。

ロアの大切な相棒は、カオステラーに取りつかれ、話の通じない化け物へと成り果てていた。

『何故……何故だ……邪魔、邪魔だ……ロア……もっと飛んでいよう……』

ワーフがカオステラーとなってしまったのは、遍く想区のカオステラーがそうであるように、本当に些細なことが切欠だった。

運命の書と、自身の思いの相違。

ワーフは、ロアともっと飛んでいたかった。

その思いがカオステラーを引き寄せ、取りつかれてしまった。

飛べぬ人生になど価値はない。

ロアがそう言ったように、ワーフもまた同じ思いでいたのだ。

ずっとロアと生きていたい。ずっとロアと飛んでいたい。

そのためにはエレルは邪魔だった。

彼女のことが嫌いなわけではなかったが、それでも自分とロアの夢と日常を壊す切欠たる彼女の存在を、ワーフは許すことが出来なかった。

エレルを襲うはずだった盗賊をヴィランに変え、運命の書に書かれた湖のほとりへの経路の街の人間をヴィランに変え。

そうしてロアがヴィランを倒すことで運命は自壊し惨劇は回避され、ロアは英雄として名を馳せる――そのはずだった。

『邪魔だ、何故貴様らはヴィランにならない!邪魔だ、ロア、ロアと、飛んで、私は、ずっと、ロアと、ずっと……!!!』

「やめてくれワーフ!私はそんなこと望んでなんか……!」

「やめろ嬢ちゃん。そうなっちまったらもう俺らの声は届かねえよ」

タオは悲痛な面持ちでロアを制する。

「……!みなさん、私はすぐにワーフから降りることは出来ません!みなさん…どうかワーフを、私の相棒を、止めてください……!」

「うん、絶対止めて見せる。ロアの思いを踏みにじらせたりなんかしない!」

ロアが、出会ったばかりのエクスたちに告白した自身の運命に対する想い。

自分の命と引き換えにしてでも守りたいと思った世界。

そんなもの、エクスだって守りたいと思うに決まっていた。

エクスたちは次々とヒーローたちとコネクトし、その姿を変える。

万が一にもロアを殺してしまわないように、細心の注意が必要だった。

『グオオオォォォオオッ!!!』

周囲にはいつの間にか現れた大量のヴィラン。

そして竜騎士の竜であるワーフは、体格は比較的小柄ながらも戦闘用に前足に金属製の鋭い爪をつけている。

容赦なくエクスたちを狙って薙ぎ払われる前足を避けながら、各々ロアに直撃しないよう気を遣いながら攻撃を試みるも中々上手くいかない。

相手は空を自在に駆ける竜であり、またワーフの小柄な体は地上に居ても十分すぎる敏捷さを発揮したからだ。

騎手であるロアからの射撃が無い分弱まってはいるが、剣は爪で弾かれ、矢は飛んで避けられる。

エクスたちは攻めあぐねていた。

四人がかりで攻めればあるいは、と思われたが、タオとシェインは折を見て攻撃を仕掛ける程度で、基本は周囲のヴィランを掃討するので精いっぱいだ。

ロアは涙を呑み、今ばかりは自分をワーフへと縛り付ける拘束具と化してしまったベルトを見やる。

いつもならば、自分と相棒を強く繋ぎとめてくれる心強いベルトが、今は恨めしい。

せめて出来ることをしようとワーフの手綱を握り、ワーフの動きを制限しようと試みる。

ロアの持つ手綱に引っ張られ、レイナの剣を弾こうとしたワーフの前足が一瞬不自然に動きを止める。

その隙に金属の爪を避けてワーフ本体へと切りかかるレイナ。

仰け反るワーフの顔面を、チャンスを見逃すまいと自身に向かってくるヴィランをタオに任せたシェインが正確に撃ち抜いた。

『グゥアッ!!』

追撃を恐れたワーフは空へ飛び上がる。

すんでのところでエクスの振るった剣は宙を切った。

と同時に、相当数を減らしていた周囲のヴィランはタオの一撃によって最後の一匹まで煙と消える。

『ずっと……飛んでいるんだ……!ずっと……ロアと……!!』

ワーフは譫言の様にぶつぶつと呟きながら、上空で少し前までロアがヴィランに向けて放っていた矢と同じものを生み出した。

ワーフの周囲に生み出された無数の矢はそのままエクスたちへと降り注ぎ、攻勢から反転、全員が回避や防御で手一杯になる。

避けきれなかった矢に頬や脚を裂かれながら上空を見ると、ワーフは既に急降下の姿勢をとっていた。

「あぶねぇ!!」

シェインに狙いを定めたワーフの正面に飛び出したタオは盾でワーフの爪を受け止める。

「タオ兄!!」

「大したことねえ!」

渾身の一撃を受け止められたことでしばし硬直したワーフをエクスが後ろから斬りつける。

上段から斬りつけ、返す刀で下段から斬り上げる。

しかしロアを斬ってしまわぬように振るわれた剣はワーフに致命傷を負わせるには至らない。

振り返り様に振るわれたワーフの尾を受け止めるタオと爪を受け止めるエクス。

必然的に動きを封じられたワーフへ切りかかるレイナ。

体勢を立て直したシェインも、ワーフの翼目掛けて矢を放つ。

戦いは長期に及んだが、ワーフの激しい抵抗に遭いながらも何とか無力化することに成功した。

「ロア!怪我はない!?」

「ああ、多少の掠り傷で済んでいる…」

ベルトを外し、動きを止めたワーフから離れるロア。

『何故……何故だ……ロア……私は、お前と飛んでいたい……ずっと……そう、ずっと飛んでいたいだけなのに……。ロアは違うのか……?ロアは、ロアは……私のことなど……』

「違う!そうじゃない!私も、私もワーフとずっと飛んでいたい!」

『ならば、何故……邪魔をする……!町も、国も、世界だって、どうだっていい……ロアとずっと飛んでいたかった……それだけなのに……何故、邪魔をする……何故そんなにも、ロアから……私から……飛ぶことを奪おうとする……!』

「ワーフ……」

「……」

調律にためらいを見せるレイナだったが、エクスは疑問を投げかける。

「元の運命に戻ったら、確かに君たちは飛ぶことを……生きる意味を失うかもしれない。けどロアは、誰かを傷つけてまで飛ぶことを望んではいないんじゃないかな」

『ロア……ロアのことを……知らない……お前は、しらない……どれだけロアが……私が……お前は知らないくせに……』

エクスは思わず口をつぐむ。

ロアとは知り合ったばかりだ。

物心ついた時からずっと一緒だったワーフに言われては、返す言葉がなかった。

けれど、それでも。

ロアが話してくれた決意は、本物だったと思った。

「確かに僕らはロア達の事を何も知らないのかもしれない。でも、ロアが僕たちに話してくれたことは全部本当のことだって思うから……!だから僕は、今のキミよりロアのことをわかってるって断言できる」

『戯言を……!』

満身創痍でなお怒りをあらわにするワーフに、ロアは静かに語りかけた。

「ワーフ」

『ロア……ロア……』

「私はずっとお前と一緒に居たけど、私は今、お前の声を初めて聞いたよ。知らないのは私も一緒だ。私はお前のことを、知っているようで何も知らなかったみたいだ。だけど、それはお前も同じだ」

『ロアは私と一緒に飛ぶのが好きだ……私と同じ……それだけで十分ではないのか……』

「いいや足りない。私はひとりで悩んで、ひとりで決めた。お前の気持ちも知らないで。わかってくれているはずだって、驕っていた。それでもワーフ。確かに私はお前に相談したことは無かった。お前にもこの運命を強いることを、詫びたことだってない。それでもずっと、少しずつ言葉にしてきたつもりだ。そのたった一つすらも、お前には届いていなかったのか?」

空を飛ぶのが好きだった。

いや、空を飛ぶのが好きだ。

ずっと一緒に育ってきたワーフと一緒に風を切るあの感覚がなによりも好きだ。

自分が生きている理由とさえ言えるほどに。

自分にとって、飛べぬ人生になど価値はないのだと言えるほどに。

けれど、自分のこれまでの研鑽が誰かの未来を守れるならば、それはいわば自分たちが飛んできた意味足りうるのだと思えた。

確かに飛べなくなるのは嫌だ。

死ぬほどいやだ。

それでも、今まで自分たちが飛んできたことに誰かの命を救うだけの意味を付することが出来るなら。

それはワーフとこの空を駆けることと同じだけ価値のあることだと、そう思った。

「翼の意志は受け継がれる。竜騎士の銘文だ。翼折れし者の意志は新たな翼に継がれてゆく。ワーフ、私もお前も、運命を呪いながらも、それでもこの言葉に憧れて竜騎士になることを選んだよな。いずれ飛べなくなるのが運命ならば、私は、私とワーフの飛んだ意味が欲しかった。誰かに継がれてゆく翼の意志が欲しかった」

『ロア……ロア……私は……』

「私も、いつまでだってワーフと飛んでいたい。でも、そのために誰かが傷つくのは嫌だ。私とワーフが空を飛ぶことが、誰かの命を、幸せを踏みにじるなら。私はそんな空は飛びたくないよ」

『ああ……あああ……私は……』

「ワーフ、帰ろう。私たちの運命に。此処であったことを忘れても、何度だって、ワーフが仕方ないって納得するまで、今度こそちゃんと話すから」

『ああ……ああ……約束だ……』

「……レイナさん、お願いします」

レイナは静かに頷き、肩に下げた大きな本を開いた。

「ええ、わかったわ」


『――混沌の渦に呑まれし語り部よ。我が言の葉によりてここに調律を開始せし――』


レイナの言葉に合わせ、周囲を光が覆う。

青い光の蝶が宙を舞い、想区が調律されていく。

互いの姿が次第にぼやけていく中で、エクスはロアの口が何かを告げる様に動いたのを見た。

「ありがとう」




「今回もなんとか調律できてよかったね」

エクスがなんとも平易な感想を漏らす。

激しい戦闘の後で、まだ少し思考がぼやけているようだ。

「運命、憧れ、使命…いろんなもんで雁字搦めになっても、その中であいつらは自分の幸せってもんを見つけてるんだよな」

「うん、今まで出会ってきたみんなもそうだ。たとえ運命の書で決められていたことだとしても、そこには彼ら自身の意思がある」

それは、どんな想区に行っても変わらない事実だった。

カオステラーによってもたらされる歪な幸せは、彼らに本当の幸福を与えることは無いのだ。




「ワーフ、私はお前と飛ぶのが大好きだよ。だから、一緒に地に落ちてほしい。そうして、私たちの飛んだ空に憧れて翼の意志を受け継ぐものを、一緒に見守ってほしい。私たちの飛んだ意味を、私たちの生きる意味を、一緒に」

(ああ……約束だ、ロア)

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竜乗りの想区 霧雨 @krsm_iiae

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