第3話疑念の行方

「しかし竜騎士ってのはすげえな。空から水撒いてあっという間に火を消しちまった」

ヴィランを粗方倒し終わり、周囲を見渡したタオはすっかり消火の済んだ町に感心しきりだった。

「お兄ちゃん、お姉ちゃん、ありがとー!」

「どういたしまして」

エクスたちは生き残った町の人々を竜騎士の駐留する基地へ送り届け、つかの間の休息を取っていた。

「みなさんはしばらくここで休んでいってください。私は他の竜騎士に協力を仰げないか、かけあってきます」

そう言って場を離れたロアを横目に、シェインが口を開く。

「ぶっちゃけロアさんが一番怪しいと思うんですよね」

あまり疑いたくはないですが、と付け足すシェインは浮かない顔だ。

「私も同感だわ。ロアといる間…今も、カオステラーの気配を近くに感じているもの」

「でも、主役のエレルはどこにいるかわからないんでしょ?もしかしたら近くに潜んでいるのかも…」

カオステラーの候補としてエクスが主役の名を口に出すも、タオが瞬間で否定する。

「エレルって嬢ちゃんなら、さっき避難してきた町の人間として竜騎士に保護されてたぜ。同性同名ってんなら話は変わってくるが、まさかそんな偶然もねぇだろ」

「つまり、エレルはずっと町に居た。私たちが森でロアと居る間も、離れた町にずっといたのよ」

タオもレイナもロアをカオステラーだとは思えないようだが、状況証拠だけでいえばほぼ確定だ。

「すみません…」

その謝罪と共に、ロアは落ち込んだ顔で帰ってきた。

話を聞かれたかと一瞬身構えた四人だったが、すぐにその心配は杞憂だと知れる。

「騎士階級ではない一兵卒にまで声を掛けましたが……ただの一人も協力は出来ないと」

ロア以外の竜騎士はエクスたちに懐疑的かつ各地のヴィラン討伐に忙しく、回せる人材はいないらしい。

「謝らないで。それよりロア、手掛かりがあるかもしれないから、あなたがエレルって子を助ける筈だった場所へ案内してくれないかしら」

レイナはロア以外にカオステラー成り得る人物がいないと判断し、ロアを町から遠ざけることにした。

「このままロアを人気のないところまで連れ出すわよ」

小声でエクスたちに伝える。

ロアはレイナたちの様子に気づいた様子もなく、至って普通に返答した。

「ええ、問題ありませんよ。まあ、案内も何もその場はあなた方と最初に会った湖の畔なのですが」

ワーフに乗ったロアに先導される形で四人は湖の畔へ辿り着いた。

「それで……レイナさん、ここに一体何の手がかりが……」

「あなたに会う少し前から、カオステラーの気配は感じていたの。エレルという子がこの想区の主役なら、カオステラー足り得るのはロア、あなたしかいないわ。でも、あなたの言葉に嘘は感じられなかった」

「ちょっと待ってください。私がカオステラー?何故、私が?」

断定するレイナに、エクスは「ちょっと待って」、と声を上げた。

「カオステラーは主役に近しい者に取りつく……でも、エレルの運命に深く関わる人間がロアだけとは限らないんじゃないかな」

実際、エクスの出身想区であるシンデレラの想区では、主役であるシンデレラとは一度きりしか会わないフェアリー・ゴット・マザーがカオステラーに取りつかれた。

エクスたちやロアが知らないだけで、エレルの運命の書にはロアの他にも複数の重要人物が記されているのではないか。

問題なく言葉が交わせて、親身になって協力してくれている。

ロアの話した人を助けたいという思いに嘘はないと信じたいのは、四人とも同じだった。

「そんな、ではあの化け物はすべて私が……!?」

動揺したロアの声にヴィランの唸り声が被さる。

「クルルッ!クルルルルゥッ!!!」

「ヴィラン……!?」

――まさか正体がバレそうになったからヴィランを?

四人の頭の中に同じ思考が駆け廻った。

しかしロアはヴィランの出現に冷静さを取り戻したのか、毅然とした態度でエクスたちに語りかける。

「私は今まで数多くのヴィランを倒してきました。レイナさんに調律をしてもらいたいと思う気持ちにも嘘はありません。もしこの化け物を生み出したのが私なら、尚更私が倒さなければ」

「敵かもしれねえ奴に背中を預けろってか?」

ロアはタオの冷たい拒絶に一瞬怯んだが、すぐに反論する。

「私の事は敵と思ってくださっても構いません!私は、私のするべきことをします!」

「皆、とにかく今はこのヴィランたちを倒そう……!」

そう言ってエクスは誰より先に導きの栞を取り出した。

周囲を見渡すといつの間にかメガ・ヴィランなどの大物まで現れていた。

他にも盾を持った鎧型や飛行型も次々現れている状況を確認すると、仕方がないとばかりにレイナ達も導きの栞を取り出し、ロアには背を向けないままヴィランへと駆けた。

次から次へと現れるヴィランに斬りかかっていくレイナ。

弾丸の様に飛び出していく背中を追いかける様にエクスも駆ける。

一番厄介なメガ・ヴィランを真っ先に倒すためだ。

二人の進路を邪魔するヴィランの攻撃をタオが弾き、シェインが弓矢で吹き飛ばしていく。

ブギーヴィランたちの奥で攻撃態勢に入っているメガ・ヴィランの下へ辿り着き、無数の斬撃を浴びせるレイナとエクス。

その更に奥から弓矢で二人を狙っていたヴィランがロアの矢を受けて消し飛ぶ。

安心したのも束の間、メガ・ヴィランが大きな溜めの動作に入り、エクスとレイナは慌てて横にステップを踏む。

一瞬前まで彼等が居た場所に突進していくメガ・ヴィランの背後を追いかけて、エクスたちは更なる追撃を仕掛ける。

もう少しで倒せる、確かな手ごたえを感じたところで、しかしエクスたちは背後から鎧を着た硬質型ヴィランに襲われる。

咄嗟に避けるも二人はメガ・ヴィランから離れてしまい、まずは硬質型ヴィランを突破せねばならなくなった。

タオとシェインが上手く作ってくれた隙を縫って再びメガ・ヴィランに肉薄するレイナとエクスだが、振り下ろされる巨大な腕に攻撃を通すことが出来ない。

攻めあぐねるレイナとエクスの後方では、二人を支援しようとするタオとシェインが硬質型ヴィランに行く手を阻まれていた。

と、メガ・ヴィランを守るようにタオとシェインの前に立ちふさがっていた硬質型ヴィランが背後からの斬撃に倒れる。

一瞬で煙と化したヴィランを切り裂いたのは、ワーフの前足に装着された金属製の刃。

「今です!」

ロアが叫ぶが、シェインは言われるまでもなく既に弓を引いていた。

顔面に直撃した矢がメガ・ヴィランをわずかに怯ませ、その隙に飛び出していたタオが正面から渾身の一撃を叩きこむ。

一瞬宙を浮いたメガ・ヴィランの背後からレイナが再び無数の斬撃を浴びせる。

そうして前方へ押し出されたメガ・ヴィランに、飛び上がったエクスが全体重をかけた斬撃を叩きこむ。

背を弓なりにそらせてカクカクと巨体を震わせると、次の瞬間、メガ・ヴィランは煙と消えた。

なんとか一掃したと気を緩めるレイナの背後に、一体のブギーヴィランが忍び寄る。

「レイナ、危ない!」

「え?」

声を上げるエクスだが間に合わず、コネクトを解いたレイナにヴィランの爪が襲いかかる。

瞬間、ロアの矢がレイナを襲おうとしていたヴィランを貫いた。

濃紫の煙を残して消え去るヴィランを一瞥し、ロアは口を開いた。

「お怪我はありませんか!?」

そう問うロアに警戒を解けないタオだったが、レイナは「ええ、ありがとう」、と素直に返す。

「みんな、あそこを見て」

そう言ってレイナが指差したのはロア。

「漸くわかったわ。ずっと気配はしていたの……」

レイナ自身は何かを確信しているようだが、彼女の行動の指すところが判然としない。

「レイナ?」

「やはり、私が……?そんな、では、私はどうしたら、」

困惑しながら途切れ途切れに言葉を紡ぐロアだったが、レイナの次の言葉に再び口をつぐむことになる。

「いいえ、ロアはカオステラーじゃない。今確信したわ」

「じゃあ誰が……」

『何故……何故だ……』

エクスの言葉を遮って、しゃがれた、およそ人のものとは思えない声が周囲に木霊した。

「ワーフ!?」

「竜が……喋った……!?」

声の発生源はロア―――を乗せた竜、ワーフだった。

「カオステラーは、その竜よ」

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