第2話失うはずのもの
「へえ、じゃあこの想区では竜に乗るのは当たり前なんだ」
「はい。竜に乗ったことのない人もそれなりにいますが、竜と共に育ち、生涯を共に過ごす人もいて……振り落とされないようにベルトで固定するので、乗り降りが少し手間ですが、竜に乗ることは、この想区では最も一般的な移動手段なんです」
町へ向かう道すがら、エクスたちはロアからシェインが興味津々な竜についての話も聞いていた。
「なるほど、ロアさんも幼いころからこの竜と?」
「ええ、この子も私も、物心ついたころからずっと一緒でした。最初はただ空を飛ぶことが好きなだけだったのですけれど、その内竜騎士に憧れるようになって。私とこの竜……ワーフの二人で誰かを助けるんだ!って息巻いて……これでも今ではそこそこ名の知れた竜騎士なのですよ」
当時を思い返しているのだろう、ロアは瞳に昔を懐かしむような色を浮かべながら話した。
「けれど数日前、運命の書に書かれていない出来事が起こりました。行く先々であの奇妙な化け物……ヴィランと遭遇し、奴らは民間人を容赦なく襲いました。私が間に合わず助けられなかった人もいる……それでも一人でも守ろうと思っていた人間が、その化け物に変わってしまった瞬間を見て……私はどうするのが正しいのか、何もわからなくなってしまいました」
竜上で俯くロアは、しかし気丈に雑念を振り払うように頭を振って顔を上げた。
「レイナさん、ヴィランに変えられた人間は、本当にちゃんと元に戻るのですよね?」
「ええ。ヴィランになった人たちは調律で全て元に戻るわ」
カオステラーとヴィランについてレイナ達から一通り説明を受けても未だ不安そうなロアにレイナははっきりと言った。
「そうですか……。では、私はまだ、守ると誓った民をこの手で殺したわけではないのですね……。レイナさんが調律を成功させてさえくれれば、私は……」
私は許されるのか。そう、ロアは声を微かに震わせながら噛みしめる様に言う。
「そっか、ロアは目の前で人がヴィランに変わるのを見たんだもんね…」
エクスも、レイナ達との旅の中で目の前で人がヴィランに変わる瞬間を幾度も見ている。
その時の怒りや無力感は何度経験しても慣れるものではなく、それはエクスよりも長く調律の旅を続けているレイナも、タオもシェインも変わらぬことであった。
それでもエクスたちはヴィランとなった人間が調律により元に戻ることを知っている。
だから辛くとも迷わず戦うことを選択できた。
しかし、ロアは先のことなど一切わからず、人を襲うヴィランとヴィランに成ってしまった人との間で板挟みになっていたのだ。
「私は、レイナさん達に協力させていただきたい。そうすれば、私は私を許すことが出来る……。調律の巫女御一行は、私が命に代えても守ります!」
「ロアさん、協力してもらえるのはこちらとしても願ったり叶ったりなのですが、少し意気込み過ぎじゃないですか?」
突然命を懸けるところまで飛躍し、調律の巫女一行は絶対に私が守ると息巻くロアに、シェインは少しの疑念を込めて問うた。
ロアは特別気にした様子もなく、さらりと答える。
「いえ、このくらい当然なのです。だって私は本来、もう竜騎士ではないはずなのですから」
「もう竜騎士ではない?」
聞き返すエクスに、ロアは自身の運命の詳細を語り始めた。
「ええ。私の運命の書の記述によれば、私は数日前、盗賊に襲われた竜乗りの一般人を守るため重傷を負い二度と竜に乗ることの出来ない体になっているはずで……。私が助けた竜乗りは、その後私に憧れて竜騎士を目指し、伝説の竜騎士であるエレル・サーラント……その人となるはずだったのです」
「それって……」
「ええ。恐らく、レイナさんの言うこの想区の主役とは彼女のことでしょう。まあ、かくいう私も顔を見たことはまだないのですが。私は運命の書の記述のとおり、しかし竜騎士としての誇りを持って、話したことさえない竜乗りのためにこの身を投げ打つ覚悟でありました。ですから、世界中で人々がヴィランなどという化け物に苛まれる混沌を正せるのならば、私の命ひとつなど、安い物です」
エクスは彼女の表情を探ろうと竜上のロアを見やる。
それはレイナたちも同じなようで、ロアに不可解なものを見る視線を送っていた。
ロアの話では元の運命の通りなら、竜乗りも、ロアも誰も命を落とすことは無かったはずなのに何故命まで懸けるのか。
「本当に、これはあなたにとって命をかけるに値することなの?」
「運命の書の通りにことが進むなら、何も死ぬわけじゃねぇんだろ?」
怪訝な顔で問うレイナとタオを見て、ロアは軽快に笑った。
「確かに命は落とさず済むでしょう。けれど私にとってはどちらも同じこと。ワーフと共に飛べぬ人生に、価値などないのですから」
飛ぶことを生きることと同義だと言い切るロア。
彼女にとって、いずれ飛べなくなることが定められている運命はどれほど厳しいものであったのか、エクスには想像することしかできなかった。
しかし、そこまで飛ぶことにこだわる彼女には、カオステラーとなるだけの理由が存在してしまうことにも同時に思い至る。
「それより、そろそろ村に―――」
進行方向へと視線を戻したロアの言葉が驚愕とともに途切れる。
視界に映ったのは紅。
炎に包まれた町が、そこにはあった。
「きゃああああ!!」
逃げ遅れたのであろう少女が悲鳴を上げる。
少女の視線の先には、数匹のヴィランの姿。
「早く助けないと!」
エクスは自らの書に導きの栞を挟むと弾かれたようにヴィランの群れへと飛び出していく。
それを追うように全員が炎の町へと飛び込んでいった。
エクスとレイナが剣で目の前のヴィランを薙ぎ払い、道を切り開く。
そうして開けた道をタオが真っ直ぐ進み、少女を切り裂かんと振り下ろされたヴィランの爪を盾で防ぐ。
「こちらへ!」
上空から声を上げながら飛び込んできたロアが少女を抱え込み飛び上がった。
ロアが少女と共に上空へ避難していくのを確認すると、ヴィランたちを一掃しようとレイナの斬撃がより速く、大胆になっていく。
タオ、レイナ、エクスの三人が残りのヴィランを一か所に誘導していき、集まったヴィランを目掛けてシェインが矢を放つ。
上空から降り注ぐ無数の矢に、一所に集まっていたヴィランは為す術もなく消し飛んだ。
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