竜乗りの想区
霧雨
第1話遠い光
沈黙の霧を抜け、無事新たな想区に辿り着いたエクスたち。
「今回も、カオステラーの居る想区なんだよね?」
確認するエクスに、レイナは「ええ」と簡潔に返す。
「今度はどんな想区なのかな―――」
視界を覆っていた霧が徐々に晴れると、エクスたちは青々と茂った木々に囲まれた一本道に立っていた。
地面や木々そのものはエクスたちが今まで訪れた赤ずきんの想区やジャンヌの想区などで見たものとそう変わりはない。
しかしその空は今まで彼等が訪れたことのあるどの想区とも明らかに異なる様相を呈していた。
目の前に広がった光景にエクスは思わず息をのむ。
晴れ渡った空を竜と思しき影が飛び交い、遠くから不規則に笛の音が聞こえている。
「空を飛んでるのは……あれはヴィラン……いや、竜、なのかな?」
自信なさ気という風に仲間たちへ問いかけるエクス。
「ヴィランではなさそうね……竜……かしら」
「竜って……この想区では普通にそこら辺を飛んでるような野生の生き物なのか?」
一行が上空を見つめ竜と思しき影に見入っている中、「それより」、といち早く気を取り直したレイナが行動方針を打ち出した。
「とにかく、町を目指しましょう。この想区のことを調べなくちゃいけないわ」
ヴィランの襲撃を受けない限り、まず町へ赴き情報収集をするのが彼らの定石だった。
エクスも当然そのつもりであったため、レイナの予定調和な提案に「そうだね」と同意を返す。
「あと、お腹も減ったし」
その一言に、レイナを除く三人が一斉にため息をつく。
「お嬢……」
「姉御……」
「何よ」
呆れた様子を隠そうともしないタオとシェインに不満そうな声を漏らすレイナ。
過去にも空腹が原因で散々からかわれたにも関わらず自身の欲求に忠実なレイナに苦笑しつつも、フォローを入れようとエクスはゆるく同意する。
「あはは……でも、僕もお腹減ってるし。急ごうか」
歩き出した一行の上を時折それとわかる程度の高さで通り過ぎてゆく竜に全員が興味を寄せる中、シェインが何かに気が付いたように「ちょっと」と声を上げた。
「みなさん、よく見てください」
そう言ってシェインが指差したのは、丁度四人の比較的近くを飛んでいく竜の姿。
「あの竜さんたちの上、人が乗っています」
「はあ!?」
真っ先に驚きの声を上げたのはタオだ。
レイナとエクスも、大きな声こそ上げなかったものの、しばし目を見開いてシェインの指が指す先を凝視した。
頭上の竜たちは遠目に見てもわかるほど猛烈な速度で飛んでおり、まさかその竜の上に人が乗っているなどとは思いもしなかったが、よく見れば確かに竜の背に人が跨っているように見える。
また、エクスはそれらを易々と地上から視認するシェインの動体視力にも驚愕していた。
「小型とはいえ、竜を乗りこなすとは……一体どういう技術なんでしょう?普通に跨っただけでは振り落とされそうなものですけど……」
明らかにそわそわと落ち着かない様子を見せるシェインに、落ち着きを取り戻したタオは溜息をつく。
「おいおい……竜が気になるのは分かるが、あんまりよそ見してると危ねぇぞ」
「む。姉御じゃないんですから、転んだりしないです」
上空を見上げたまましれっと返すシェインに、レイナが反応する。
「シェイン、それどういうことかしら?」
「どうもこうも、私は姉御ほどドジじゃ……」
言い終わる前に、前を進んでいたレイナは反転。
「はっ」という掛け声とともにシェインの頭部にチョップを繰り出した。
「ぐふっ」
レイナに強打された頭部を抱えて上体を丸め、少しばかり大袈裟なポーズをとるシェインを横目にエクスはふと思ったことを口にした。
「もしかして、さっきから空を飛んでいる竜って、全部人を乗せているのかな」
「シェインが見る限りではそうですね。さっきから聞こえている笛の音も……竜上に居る人間同士の連絡手段なんじゃないでしょうか」
大袈裟なポーズをやめたシェインからすぐに答えが返ってくる。
「考えるより聞いた方が早いんじゃない?そろそろ森を抜ける頃だか……ら……?」
レイナのあしらうような言葉が不意に困惑したような様子で途切れた。
ついつい頭上の竜を追ってしまう視線を進行方向に戻すと、エクスたちの視界には開けた湖のほとりが飛び込んできた。
周囲に人の気配はなく、まして町が近くにある様子など微塵もない。
どうやらエクスたちは一本道を通って街とは真逆の森の奥へと入り込んでしまったようだった。
そこでようやく竜に夢中なシェインとそれを気に掛けるタオ、頭上を響き渡る笛の音に注意力散漫なエクスの三人は知らず知らずのうちに旅路の先頭を方向音痴であるレイナに任せてしまっていたことに気付く。
「森を抜けて町……ではなく、湖に着きましたね」
「あー、なんだ、これはお嬢に先頭を歩かせちまった俺らも悪かった……」
沈痛な面持ちでフォローを入れるタオだったが、その内容は謝罪とも侮蔑ともとれる曖昧なものだった。
レイナはキッとまなじりを釣り上げ、タオに向き直る。
「タオ、それ、どういうことかしら?」
「どうもこうも、方向音痴なお嬢――」
「はっ」
「ぐへっ」
怒り心頭なレイナと消沈するシェインらが言い合う中、三人をなだめようと口を開きかけたエクスは視線の先の茂みからひょっこり現れた影に気付く。
長い耳のようなものが生えた大きな頭に、やせ細った体躯、異常に大きな爪を持つ手。
エクスはその影が何者であるか、考えるまでもなく思い至った。
ブギーヴィラン。
カオステラーに侵された想区においてもっとも多く遭遇するヴィランだ。
「なによ、今回はたまたまよ!だってこの森、道がわかりにく――」
「皆!後ろ!」
エクスが声を上げると同時に、ブギーヴィランが唸り声をあげた。
「クルッ!クルルゥッ!!」
言い合っていた三人は瞬時に身を反転させ、空白の書を取り出し臨戦態勢をとる。
「ヴィラン……!」
「やるしかねえな!」
それぞれが空白の書に導きの栞を挟み、コネクトした英雄へとその姿を変えブギーヴィランへと向かっていく。
一人は剣で斬りつけ、一人は薙ぎ払い、一人は盾で仲間の下へ向かう爪を弾き、一人は遠方から隙を見せた個体を狙い撃っていく。
一体一体は大して強くも無いヴィランだが、今回はとにかく数が多かった。
エクスたちはブギーヴィランたちを着実に倒していくが、目の前を覆う影は一向に減らない。
そうしているうちに、四人は次から次へと現れるヴィランに四方を囲まれてしまう。
いくらブギーヴィラン相手でも、これでは分が悪い。
四人がヴィランを倒すペースを凌ぐ速度でぞろぞろと集まってくるヴィラン。
徐々に全員の顔に焦りが浮かんでいく。
「おい、こいつらいつまで出てくるんだ?」
「知らないわよ……!でも、流石に多すぎる……っ!」
タオが誰に問うでもなしに一人ごちると、レイナが半ばキレながら返す。
「このままじゃジリ貧ですよ……」
「倒しても倒してもキリがない……!」
好転しない戦況に各々が弱音を吐き出す中、レイナの顔色が一気に青ざめた。
「カオステラーの気配が近づいてる……!こんな時に!!」
とにかく包囲網を突破しようと、互いに声をかけあい全員で攻撃する方向を合わせて一時的にでも道を切り開こうと試みる。
しかし背後からの攻撃に対応しないわけにもいかず、それらを捌くうちにまた進路を塞がれ再びヴィランに取り囲まれてしまう。
完全に悪循環だった。
そうして先の見えない消耗戦を強いられる中、突如四人の進路を阻むヴィランが消し飛んだ。
「そこの方々!早くこちらへ!」
ヴィランが消え開けた道の向こうから少女の声が響く。
当然のことながら聞き覚えのない声にエクスたちは躊躇ったが、少しの逡巡ののち声の方角へ駆けた。
道が開けたのはほんの一時のことで、エクスたちが走り抜けた直後、空いた隙間は案の定他のヴィランが埋め尽くした。
包囲から逃れた四人は追いすがるヴィランの爪を叩き落しながらとにかく走る。
ヴィランの群れから少し距離を開けた四人は前方に先ほどの声の主――竜に乗り地面すれすれの高さを滑空する少女を視認した。
長い金髪を飛行の邪魔にならないように二つに分けて結んだその少女は、駆けてくる四人を確認すると竜に何かしら指示を出し、遥か上空へと高度を上げる。
一度急降下して背後のヴィランに矢を放つと、地上を走るエクスたちが揚力に巻き込まれない程度の高さと速度で竜を奔らせた。
「キミは……!?」
走りながら問うエクスに、金髪の少女は速度を落とさないまま声を張り上げた。
「話は後です!また囲まれる前にとにかくここを離れてください!背後の化け物は私に任せて!」
少女はそう言うやいなや再び後方へ下がり急上昇と急降下を繰り返しながらヴィランへ矢を放つ。
「でも……!」
ヴィランの群れを少女に任せる形になることを渋るエクスに、シェインがぴしゃりと言った。
「でももなにもありませんよ、新入りさん。見たところあの竜乗りさんの方がシェインたちよりよっぽど速く移動できそうですし、なにより言っても聞きそうにありません。シェインたちが逃げ切るよりほかにないですよ」
「そうね……。ここは彼女に任せて、体勢を整えた方が良いわ」
レイナが同意を示したことでエクスも背後を振り返るのをやめ、出せる限りの全速力で走りだした。
そうして森を走り抜け、町へ続く道へ出る頃には追手も少女も見えなくなっていた。
「なんとか逃げ切れたわね……」
レイナが息を整えながら言う。
「あの子は大丈夫かな……」
エクスの心配をよそに、件の少女はこころなし緩やかな速度で竜を奔らせ悠々と四人に追いついてきた。
少女はコネクトを解いたエクスたちの姿に心底驚いたようで、危なげなく竜を着地させながらも目を見開いて問うた。
「あの、皆さんは……見慣れぬ風体の方ですが、旅の方でしょうか?」
先程の姿の方が数段、面妖なものでしたが。と付け足す。
「ええ。私はレイナ。こっちがタオとシェイン、エクスよ。さっきは助けてくれてありがとう」
「いえ、竜騎士として当然のことをしたまでです。申し遅れましたが、私、王国竜騎士団所属のロア・ソロウと申します。旅人でしたら、ここらの事情に疎いこともあると思います。特に最近はどこも混乱しておりますし……。町までお送りしますので、その間に、なにか気になることがあればお教えしますよ」
ロアと名乗った少女は極めて丁寧な態度で情報提供を申し出た。
これ幸いとシェインは興奮を隠すこともせずに「あの、」とロアに詰め寄る。
「竜騎士団と言っていましたが、もしかして竜に乗って戦う職業なんかがあったりするんでしょうか?そもそも竜に乗ってあれだけの速度で飛ぶとなると、やっぱりこのベルトは竜の上で体を支えるためのもの……?それに、さっきから不規則に聞こえている笛の音は騎士さん同士の連絡手段なんですかね?あ、それから身近で見るとわかりますけど、この爪に着けてある金属の刃はやっぱり戦闘用……」
答えを聞く間もなく捲し立てるシェインを、呆れた様子のレイナが制止する。
「シェインはちょっと黙ってて。ロア、早速で悪いんだけど、聞きたいことがあるわ」
レイナは自身が調律の巫女と呼ばれる存在であることを明かし、想区のこと、カオステラーのこと、ヴィランのことなどを説明した後、逆にロアにこの想区について問いかけた。
「調律の巫女…にわかには信じがたい話ですが、確かに数日前から起きている不可思議な事件には説明が付きます。皆さんが変身し戦う姿もこの目で確かに見ていますし……」
荒唐無稽な話と切り捨てず信じてくれたのか、ロアはこの想区で起こっている謎の出来事について話し出した。
いわく、数日前から謎の化け物が現れ暴れだした。
逆に住人達は行方をくらませ、世界中に居る竜騎士たちも手を焼いているという。
その中でもロアはヴィランとの戦闘の中で、目の前で人間がヴィランになるところを目撃していた。
「待って、貴方は人がヴィランになるところを見たの?」
「ええ。この目でしっかりと」
確認するレイナに、エクスは小声でロアを疑っているのかと問う。
「調律の話にも無関心……いえ、むしろ好意的ですらあるから、違うとは思うのだけれど」
「でもお嬢は近くにカオステラーの気配を感じてるんだろ?」
「ええ。彼女が私たちの下へ来たのと、カオステラーの気配を感じたのは同時。しかも人間がヴィランになることも知っていた……ロアがカオステラーである可能性は、決して低くはないわ」
勿論近くにカオステラーが潜んでいて、ロアはただの人間である可能性も十分にある。
同行者への疑惑を抱えたまま、一行は町を目指して進んだ。
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