最終話 永遠のマリア
スープに口をつけようとしたとき、壁の向こうで大きな物音がした。争って、人が倒れるような……続けて、入り口の扉がバタンと開いた。
その人は栗色の髪をひっつめていた。小柄で華奢な身体に、夏の木の葉に似た色の襟付きシャツを着ている。鞘におさめた剣を腰に佩いており、舞台女優のように美人だ。少女騎士様……いや、“女”騎士様である。
危急を見たかのような表情でテーブルに着席しているわたしの前に駆けつけて来た彼女に右手首をつかまれた。スープをすくったばかりのスプーンが音をたて、床に落ちた。
「口を……つけましたか?」
目の前で女騎士様が言った。整った顔に厳しい感情をのせ、訊いてきた。
「いいえ、これからですわ……」
わたしは、そう答えた。すると彼女は大きく息をつき、こう言った。
「よかった……マリア様、ご無事で……」
女騎士様の表情が少しだけ優しくなった。だが、すぐに真顔に戻り、後ろを気にした。
「あの……あなたは、どなたですの?」
というわたしの言葉を聞いた彼女は、少し寂しそうな目をした……
リリィと名乗った、その女騎士様のことをわたしは知らない。ただ、彼女のシャツの襟についている白百合のブローチには見覚えがあるような気がした。なぜかしら……?
続けて、もうひとり入って来た。黒縁眼鏡をかけた背の高い女性だ。軍の制服を着ており、大きなリュックを背負っている。
「マリア様……!」
その人は、わたしを見ると泣きながら土下座をした。
「私があのとき、マリア様のそばを離れなければ、こんなことには……死して償う所存でございましたが、せめて助け出すまではと恥をしのんで生きながらえてまいりました……」
黒縁眼鏡の奥にある目が大量の涙を流している。なぜ、泣いているのかしら?
「わたし、今、仮面をつけていませんの……こんな醜い傷がついた顔を晒して恥ずかしいですわ……」
わたしは、きょろきょろと仮面を探した。
「そんなものはありません……!」
震える声で言った眼鏡の彼女は立ち上がり、近づいてきて……そして、わたしの頬を熱い手でなでた。
「なんと、むごいことを……そんなものはないのです……すべては、すべては……」
「サーシャさん、首尾は?」
リリィが訊いた。サーシャと呼ばれた女性は眼鏡を外し、制服の袖で涙を拭いた。
「大丈夫です、外堀にかかる橋桁の封鎖は完了。城内は制圧しました」
サーシャは再び眼鏡をかけ、言った。その目から涙は消えていた。
「あなたたちは、いったい……?」
なんともせわしいふたりの様子に、わたしは首をかしげた。
「国を守るため尽くされたマリア様の味方は、軍内部にもたくさんいるのです」
サーシャが言った。
「国を……守る……?」
意味がわからず、わたしは訊ねた。
「マリア様を、“外の世界”へとお連れいたします」
と、サーシャ。
「外の世界?」
またも首をかしげるわたし。ふたりは頷いた。
「急ぎます、支度を!」
サーシャは背負っていたリュックの中から毛皮のジャンパーを取り出すと、わたしの背中にかけた。
「ああ……仮面を、仮面をくださいな……」
醜い顔を晒す自分が恥ずかしくなり、懸命にそれを探した。そんなわたしをリリィが抱きしめた。
「マリア様……いい医師を知っています。絶対に、治ります」
この人に抱かれていると、なぜか落ち着く。どうしてかしら?そんな気がするだけ?
サーシャが窓際の棚に置いてあった仮面を取り、手渡してくれた。わたしは受け取り、急いで顔につけた。
「わたしを連れ出すとは、本当ですか?」
無表情の仮面の人になったわたしは訊いてみた。
「はい、あちらを……」
サーシャが窓の外をさした。見ると、いつの間にやら海岸に数隻の船団が待機していた。
「あれに乗り、南方の島国へと渡ります。マリア様を受け入れる準備は整っています」
「そうなのですか?退屈なこの城から出られるのですか?」
サーシャの言葉を聞き、わたしははしゃいだ。
「ああ……夢のよう……一生を、ここで過ごすことになると覚悟しておりましたの……!」
喜ぶわたしは、もう一度窓から船団を見た。粉雪舞うあの海の向こうに、未だ知らない“新しい世界”がある。それを想像すると、ときめきが止まらない。
「ヌードモデル様……」
そんなわたしの背中にリリィの言葉がかかる。心なしか、震える声にも聴こえた。ふり返った仮面のわたしは、目を赤く濡らしている彼女を確認し、こう言った。
「その呼びかたは、やめてください。わたしには、マリアという名前があるのです」
〜完〜
異世界のヌードモデル 〜わたしの身体で、男の人たちを“元気”にしちゃいます!〜 さよなら本塁打 @sayohon
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