骨の博物館へようこそ!
辻本 浩輝
骨の博物館へようこそ!
ある日、僕は街を歩いていると、男から奇妙なビラを手渡された。
小さな紙に「骨の博物館――期間限定開館中」とだけしか書かれていない。
足を止めて後ろを振り返ってみると、ビラを配っているような男の姿はなかった。不思議に思いながらも、手にしたビラの裏側を見ると地図が描かれていた。
「骨の博物館」という聞き慣れない名称に、好奇心をかき立てられた。
とりあえず、行ってみるか……
そこは、大通りから路地に入った一角のビルだった。周囲に立ち並ぶ雑居ビルに比べると、そのビルは
恐る恐るビルの玄関ドアを手で押し開けると、湿った空気が僕の体を襲った。開けたドアのすき間から半身を出して中をうかがうと、うす暗い。日当たりの悪いせいもあるが、一番の原因は電気が点灯していないことだ。
人のいる気配もしない。果たして、このビルは使用されているのかどうかも、かなり怪しげな雰囲気だ。
僕はなんだか気味が悪くなって、ドアを閉めた。場所を間違えたのかもしれない。そう思い、
びっくりして一瞬、体が凍りつく。
「骨の博物館へ行きたいのかね?」
全身黒ずくめの男は、思いのほか優しげのある声を出した。
「さっき、ビラをもらったのですが……」
「私がそのビラを君に渡したのだよ。それから、君の後をつけてきたんだ」
「なぜ後なんてつけるんですか?」
「ちょっと品定めをしていたのさ。君はこの博物館への入場を許可しよう。実は私がここの館長なのです。さあ、案内して差し上げましょう!」
男はそう言うと、ドアを開けてビルの中に入って行った。僕は、男の後に続いた。
★ ★ ★
うす暗い一階の奧にある階段を昇りきると、僕の前を行く男がこちらを振り返った。
「さあ、どうぞ!」
男に促されて、中へと足を踏み入れた。今までとはうって変わって、照明も明るく清潔感が漂っている。まあ、ごく普通の博物館といった感じだ。
真っ先に目に入ってきたのは、部屋の真ん中にでんと居座っている『クジラの骨』だった。
「これでも、子供のクジラの骨なんですよ」と男は説明してくれた。
『クジラの骨』を取り囲むようにして、いろんな種類の動物の骨が展示されている。博物館で骨といえば、恐竜や古代生物の骨とくるものだが、ここはどうやら趣向が違うらしい。犬や猫の骨も陳列されているし、ムロアジの骨なんていうのもあった。
「ここはなかなか面白い博物館ですね」
僕がそう言うと、男は照れくさそうに頭に手をやった。
「気に入ってもらえると嬉しいです。なかなか理解してくれる人がいなくてねえ。こちらにはもっと面白いものがありますよ」
そう言って男が指し示したのは、なんと『
「ちょっと
「はい。でも、そこがイイ味を出しているんです」
そう言われると、そんな気になってくるから不思議なものだ。隣には『扇子の骨』もあったが、なんだか間抜けである。
次はいったい何があるのだろう。いつしか、僕はこの博物館の虜になっていた。
★ ★ ★
「ここからは抽象的なコーナーになります」
男はニヤニヤと笑みを浮かべながら、そう紹介した。
「抽象的――ですか」
「ええ。これは『
他にも『龍の骨』や『つちのこの骨』があった。
『河童の骨』もあったのだが、よく古い神社や寺に伝えられているようなミイラではなく、きちんと「ホネ」だけになっている
「これ、本物ではないですよね」
「はい。でもイメージを忠実に再現しているんですよ。こちらはその最たるものですね」
「なるほどねえ……」
これにはさすがに参ってしまった。『骨折り損の骨』や『骨休めの骨』『無骨者の骨』、さらには『換骨奪胎の骨』まであって、ここまでくると現代アートなのか、ただの悪ふざけなのか分からない。
「どうでしたか、お客さん。満足していただけたでしょうか?」
「ええ、それはもう。今度は友達をさそって来ようと思います」
「それは良かった。ところで、まだ入館料を頂いていませんでしたね」
男は少し含むような笑みをたたえながら、僕の全身をなめ回すように目を流している。
「いくらですか?」
「いいえ、お金は要りません。ここは『骨の博物館』ですから……」
男が一歩、横に身を動かした。すると、男の後ろから新たな陳列物が現れた。
それは、大小さまざまな『骨』が積み重なって山のようになっているのだった。
「あなたの骨が欲しいんです。なにも全部とはいいません。一つでいいんです。たくさんあるのだから、たった一つぐらい良いではありませんか?」
――了
骨の博物館へようこそ! 辻本 浩輝 @nebomana
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