安い男
おん玉
掌編
バックヤードで二人、POP書きをしている最中の事だった。ところどころがテープで補修されたボロっちいパイプ椅子に座り、蛍光ペンで文字の縁取りをしていたバイトの大学生、木尾さんが低くこもった声を出した。
「幸村さんってー、どうして彼女作らないんですか?」
手を止めた俺は顔を上げて、向かいに座っている彼女の方に目を向ける。しかし、彼女は下を向いたまま黙々と作業を続けていた。単純作業に飽きてしまったようで、無表情が張り付いた顔からは何の感情も伺えない。どこか疲れた雰囲気もあり、気分転換、本当にただ暇をつぶすためだけにした質問らしい。
スルーしても問題ないのだろうなと思いつつ、また下を向いて俺は答えた。
「金ないからねー」
「ああー。でも今どき、お金のこと第一優先にしない人も多いですよね。共働きも多いし」
「そうかもだけど、それでも先立つモノは必要でしょー」
「もう結婚のこととか考えてるんですか?」
「いや、そんなわけでもないけどさ」
手を動かしつつ、話を考える。
「ホニャララ系男子だよ、俺、多分。もう細かくなりすぎて自分がどこに分類されるんだか、よくわかんないけど」
「もう言葉遊びですもんね、あれって」
「そうそう。手を替え品を替え、話題作る感じの。今一番新しいのなんだか知ってる?」
「何でしたっけ?」
「俺も知らない」
彼女は軽く笑った。
「じゃあ、婚活とかも興味ないんですね」
「一回行ってみたい気はするけど。どんな対応かなって」
「悪趣味ですよ」
「いや、こっちが値踏みするんじゃないよ? こう、スーパーに並べられた野菜の気分を味わってみようかと思って」
「値札を付けられてみたいと」
「ちゃんとそういう場でね。自分での評価は、九十八円くらいで」
「お求めやすい価格ですね」
「とりあえず誰かには買ってもらいたいなあなんて」
それで買ってもらったはいいものの冷蔵庫の中で賞味期限切れるんだ、と言うと、あははと今度は声をあげて彼女は笑った。
「お一人様二パックまでの卵みたいですね」
「それそれ。もしくはセールで安くなったりんごかな」
そこで一度話を区切った俺は、ふと思いついたことをそのまま彼女に言ってみる。
「まあ、でもだいたいの人は手持ちのお金で最大限価値のあるものを買いたいから、九十八円の男じゃ駄目だろうね。だから俺彼女できないのかも」
「手持ちのお金、ですか?」
そうそう。変わらず下を向いて手を動かしながら俺は答える。
「自分の価値というか。例えば――人によっては千円とか二千円とか持ってて、スーパーで一つだけ品物を買うなら寿司のパックでもなんでも買えるじゃん」
「はい」
「でも大抵の人は五百円かそこらしか持ってなくて、その中で何がいいかなって探してると。タイミングを見計らって寿司が半額になるのを待ってたり」
「あー。でも、それだとずいぶん待たないと駄目ですね。競争率も凄そうだし、そもそも半額になる前に売れちゃったりするかもしれないし」
「買うのは寿司じゃなくても、お刺身とか肉、あとは……何だろう? とにかく自分が持ってるお金で可能な限り高いものを買いたいって傾向があるとして」
「はい」
「九十八円の四分の一カットされた白菜みたいな男はもう客の視界に入ってない気がするんだよね」
「……そうですね」
「鍋ものしたいとか特別な理由がない限り」
「私豚肉と白菜の鍋好きですよ」
「それメインは豚肉だから」
そうツッコミを入れつつ、長くなった話を結論に向かわせる。いつの間にか自分の話に付き合わせて、彼女の手を止めてしまっていた。
「そんな感じで、白菜男はモテないという結論が出て、つまり、俺はモテないと」
「ものすごくざっくりまとめましたね。でも、百円しか持ってない人もいるんじゃないですか?」
「そういう人は揚げ物のコーナーに行くから。残念ながら俺、味濃くないしね」
「……安くたくさん食べたいって、経済的な人が買ってくれますよ」
「そうだといいんだけど」
そこまで話したところで、会話が聞こえたのか店長がバックヤードに入ってきた。
「楽しそうだね? もう全部終わった?」
「あ、もうちょっとです。もうすぐ終わります」
俺がそう答えると、木尾さんが店長に尋ねる。
「あの、店長って自分がスーパーにある品物だとしたら何だと思いますか?」
突拍子もない質問に少し店長は戸惑ったようだった。
「なにそれ。なんかの心理テスト?」
まあまあ、と木尾さんが迫ると店長はしばらく考えてからそっと呟く。
「……店の端っこにあるATMかな」
バックヤードに寂しげに響いたその声に、木尾さんと俺は思わず固まって何も言えなくなったのだった。
安い男 おん玉 @on-tama
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