S

@s_3104_m

S

体育の授業後のことである。体育館には、まだ数名が残っていた。

みな体操服は半袖、短パンで、各々の腕や脚をさらしていた。隆々とした腕もあれば、貧弱な腕もある。俊敏そうな脚もあれば、締まりのない脚もある。

私はSを見ていた。Sは明るく活発なサッカー部員で、いつも周囲には人が群がっていた。そんな性格に相応しく、ひき締まった腕や脚を、Sは身につけていた。顔は男が嫉妬するくらいの美形であった。

私はそんなSの体を見ているうちに、体の内側が熱くなって来た。Sはこの体で力は強く、腕相撲はクラスで一番か二番であった。私も挑んでみたが完敗で、力の差を認めない訳にはいかなかった。しかし決して筋骨隆々ではないSの体と身につけている雰囲気からは、そのような一面は感じられなかった。あのきれいな腕や脚のどこにそんな力があるか不思議であった。

私はSに勝負を挑んでみたくなった。次の瞬間、私は座っているSの背後から組みついていた。


Sの背後に密着して座った私は、まず両脚をSのきれいに筋肉のついた太ももに絡ませた。柔らかいが脂肪とは明らかに違う筋肉の肉感が伝わって来た。

身動きを取れなくすると、Sの左腕に左腕を絡ませ、右腕でSの顔を捻りあげた。

「S、プロレスやろーぜ」

私は徐々に力を加えていったが、効いている感覚がしない。

「おぅ。いいよ」

次の瞬間、柔らかかったSの体の筋肉が鋼のようになったと思ったら、技は解かれていた。同じ人間の肉感が一瞬でこうも変わるのかというくらい、見事な瞬発力であった。しかし解いた後は、また元の柔らかい筋肉に戻っていた。

Sは後ろ向きで密着した体勢のまま右肩に私の顎を乗せ、腕で私の頭を捉えた。次の瞬間その体勢のまま一気に立ち上がると、顎を肩に固定された私の体は彼とともに持ち上がった。

しかし持ち上がった次の瞬間には、私は倒されていた。Sが力を抜いて一気に倒れこんだのである。顎を肩に固定された私の体は、今度は地面に叩きつけられた。緩急自在なSの筋肉に、私はなす術がなかった。

何が起こったか私にはよく判らなかった。気がついたら私の脚はSによって4の字に固められていた。


Sは左脚を折りたたんだ私の脚の間に入れると、後ろに倒れ込み、右脚を私の折りたたんだ方の足首にかけた。

次の瞬間、太ももに激痛が走った。Sは太ももに力を入れていた。

「あっあぁぁ・・・」

私を悶絶させたSは、力を抜いて

「太ももに力入る?」

と訊いて来た。

見ると私の脚と脚の交差する点は、脛ではなく太ももになっている。Sの太ももに力が入れば、私の太ももが悲鳴をあげることになる。実に憎いことをする。よし、この太もも勝負を受けてやろう。Sの太ももに、私の太ももが立ち向かうのである。

「太ももに力入れないと痛いよ」

「あっあぁぁぁ・・・」

Sは再度太ももに力を入れる。

「てっめぇ、調子乗ってんじゃねぇよ」

私は太ももに全力を入れた。痛さは幾分和らいだ。

「おい、どうした、そんなもんかよ、お前の力は。あ?雑魚」

私は中指を突き立てSを挑発した。

Sの美貌、きれいな脚、太ももの肉感。そこから繰り出される力が私を追い込んでいることに、私はどうしても合点がいかなかった。

「お、そんなこと言っていいの?」

Sの太ももにさらに力が入る。太ももの筋肉が

盛り上がる。一方、私の太ももは限界に近づいていた。

「ああぁぁぁあぁあっ」

「さっき、何て言ったんだよ。もう一回言ってみろよ」

Sは余裕の笑みを浮かべている。堪りかねた私は、体を反転して返そうと試みる。しかし、通じない。Sの太ももが、それを許さない。

「ギブ?」

Sの口から、ギブを迫られる。この顔に、この太ももに、私はギブを迫られている!

「てめぇ、んのやろ、あっぁあぁあぁあぁあ」

私は体を捻り、必死の形相で耐える。Sはこれで最後とばかりに、その太ももに渾身の力を込める。

遂に私の太ももは、Sの太ももに凌駕された。

「ギ・・ギブギブ!ギブギブ!ギブアップ!!」


「結構力入れたよ。思ったよりやるじゃん」

Sは技をかけた状態のまま、脚の力だけ抜いて言った。

目の前のSを私は見た。その顔を、その体を、その太ももを。次の瞬間には私は、Sに向かって中指を突き立てていた。

「全然効かねーな。もっと力出してみろよコラ」

「お、そんなこと言っちゃっていいの?いま思いっきりギブしてたの誰だっけ?」

「るせー、効かねーんだよタコ」

「ほー。じゃ、泣かせてやるよ」

Sの太ももに少しずつまた力が加えられていく。

「あっあぁぁ」

「もう効いてんじゃん。太ももに力入れとかないと、またギブするぞ」

弄ぶように力を加えていく。

「ま、力入れてもギブするんだけどね」

私は歯をくいしばって耐えながら、また中指を突き立ててみせた。

「面白ぇじゃん。本当に泣かせてやるよ」

Sはじわじわ力を入れながら、時折

「オラ、どーなんだよ。何か言ってみろよ」

と、堪える私を責め立てた。俺はこいつにギブアップさせられたのか。俺はこいつに今、悶絶させられているのか。Sの太ももは今、未だかつて見ない美しさを私の眼前に現していた。

Sは色々なパターンで私を責め立てた。急激に力を強めてみたり、バイブレーションのように連続して力を入れ続けてみたりした。その度に私は悶え続けた。

そんな状態が5分は続いたであろうか。私はある種の恍惚とした境地にいた。

「ぁぁぁぁぁぁ・・・」

私は声にならない声をあげていた。Sはそんな状況を楽しんでいたが、やがて決めにかかった。

「これで終わりにしてやるよ、オラァ!!」

Sの太ももが大きく盛り上がる。

「ああぁあぁぁあぁぁあああ」

「オラァ!!」

「あぁぁぁギブ、ギブ、ぁぁぁあぁ」

しかしSは力を緩めなかった。

「ごめんなさいは?」

続けて

「ごめんなさい、ご主人様は?」

「あ?てめ、ぶっとばすぞコラ!あぁぁあぁぁ」

Sは力を入れ続けている。

「オラァァァ!!」

太ももは血管が浮き出ている。長い間続いたSの太ももの運動は、終局へと向かっていた。

「あぁぁごめんなさい、ごめんなさい!・・ごめんなさいご主人様ぁあぁ」

Sは微笑を浮かべながら技を解いた。


Sと私以外は皆、すでに教室へと戻っていた。がらんとした体育館に、二人の声が響いていた。

「お前、脚大丈夫?」

Sは痛めた私の太ももを揉んで来た。

「おー気持ちいい。ずっとそうしてろや」

私が言うと

「ふざけんなよ」

と言って、そこに軽く拳を入れて来た。

「いっ・・てめぇ、ぶっとばすぞコラ」

「ん?!何?」

Sは急に真顔になった。

「ぶっとばすって言ってんだよ雑魚」

終わったかに見えた勝負は、私の悪あがきによって、まだまだ終わりを迎えそうにはなかった。しかし先刻のSの執拗な攻撃で、私の脚は立ち上がれそうになかった。

「お前、眠らせてやるよ」

言うなりSは立ち上がり、座っている私の顔を両手でつかんだ。私の目の前には、先刻私を責め立てた太ももがあった。

次の瞬間、太ももが飛んで来た。膝蹴りならぬ腿蹴りであった。そんな責め方をするところが、Sの憎いところであった。

私はそのまま、腿蹴りラッシュを受けた。硬くはないが、とても弾力のある太ももであった。視界は何度も、太ももでいっぱいになった。

これを受け続けたら確実に意識は遠のくなと思った瞬間、私は太ももを抱きしめ、立ち上がっていた。Sの太ももによって立ち上がれなくなった私は、Sの太ももを浴びることによって立ち上がれるようになったのであった。


静寂に包まれた体育館の中で、二人はしばらく対峙していた。

冗談でのやり合いのはずが、いつしか真剣モードになっていた。私は上を脱いで上半身裸になった。Sも同じように脱いだ。上半身と脚のラインが露になった。

Sのしなやかな体が私を刺激した。体格は同じくらいだが、Sの方が筋肉が締まっていた。いかにも躍動しそうな体であった。

私は、Sにつかみかかった。と同時に、Sも私の首根っこを両手でつかんでいた。次の瞬間、腹部に強烈な痛みが走った。膝蹴りがきれいに入っていた。

私は腹を押さえて前にのめった。のめった私の顔の目の前に、Sの太ももがあった。私に泣き顔でごめんなさいを言わせた、あの太ももである。

太ももに顔面を押しつけられた私は、次の瞬間には、強烈な衝撃が顔面に走った。Sは私の顔面を太ももに押しつけた上で、地面に叩きつけたのである。地面から来る衝撃が、太ももを通して、私の顔面にやって来た。

私は倒れそうになったが、何とか踏み止まった。すると今度は踏み止まった脚に蹴りが飛んで来た。Sはきれいなモーションで、私の太ももへ蹴りを放った。さんざん痛めつけられた太ももヘの一撃は、跳び上がるほどの痛みが走った。

本当ならこれだけで、私は倒れていたであろう。しかし私の脚を蹴った次の瞬間に、逆脚でSはもうジャンプしていた。私の顔を蹴りあげるために。

私の顔は、Sの太ももの餌食となった。太ももで顔を蹴りあげられた私は、スローモーションのように地面に崩れ落ちた。

すべての攻撃が流れるように美しかった。結局四発の蹴りで倒された訳だが、どの蹴りも意表を衝いていた。

私は遠い意識の中で、Sを見上げていた。もう刺激も興奮もなかった。何も出来ず完敗に終わったが、不思議と敗北感はなかった。ぼんやりした意識の中で、充足感だけがあった。


その日を境に、私はSと親しくなった。高二の春であった。

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