第86話 続く商売
七日ぶりの自由の身であったが、のんびりという訳にも行かなかった。
王女様の魂を、この世に留める魔術は死後早ければ早いほうが良い。
と言う事で姫様の遺骨やレコードやアルバム、とにかく姫の存在したあらゆる資料が集められ、姫様の寝室を降霊術の術場に改装し、その他にも必要な触媒を求め回った。
術者は我が母上、ミリアム・マクダル、サブ術者は王宮魔術師から6名。
反魂の水晶球が祀られた部屋に似せた、姫様の寝室には、立ち入りが禁止され、これからしばらくは降霊の儀式が進められる。
更には、命がけで両親とフッピが持ち帰った魂のないホムンクルスは、水晶球に降ろした魂の移し場所となる。
それはまた別な儀式となるが、その儀式の解明と触媒の収拾に、この国の商会や魔術師や呪術しを集め、大規模かつ秘密裏に準備が進められた。
やっと牧場に帰り着いたのは、釈放されて3日が経った日の昼過ぎだった。
牧場には何度かケンタットが戻り、牛の世話をしてくれていたが、小屋の周りは少し荒れて見える。
人が踏みしめ草が育たなかった道にもポツポツとクローバーが生え、植物の再生力には驚きすら感じる。
まずは手紙で、今回の決着の報告をしないといけないな。
小屋の戸を開け、ホコリの舞う室内に入り、一枚のコピー用紙とボールペンを取り出すと、俺は椅子に腰掛けた。
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「前略、お疲れ様です野上です。
お陰様を持ちまして、無事釈放されました。
ひとえに杉浦様、他皆様のご支援の賜物と感謝しております。
さて、今回の戦争では、我が商会の軍資金はほぼ底を尽き、在庫だけがギリギリ資産として残る厳しい結果となりましたが、誰一人として掛けること無く全員が生還出来たことが、何物にもまさる喜びと感じています。
これからケインマグダル商会の一同、さらには異世界の一同、一丸となって邁進し、この借りをお返しする所存です。
これからもよろしくお願いします」
私は野上さんからの手紙を受け取り、心から安堵した。
そりゃ予定を3日も超えて音沙汰無いときには、もう心配を通り越して絶望すらしたさ。
でも、こうして誰一人として欠けていないと知って、本当に嬉しかった。
「ほほぅ、いや狙い通りとは行きませんでしたが、それでも最良の結果を引き当てましたね」
手紙を読み終わった高崎くんが言う。
「良かったです、この三日の荒れ様は筆舌に表せませんですからね」
人聞きの悪いことを言う和樹くん。
「いやだってさ、しょうがないっしょ、私達何も手出し出来ないんだから。もう出来るのって有り余るエネルギーの発散しか無かったんだから」
「エネルギーと言うか、鬱憤でしたねぇ」
しみじみと言う高崎。
「すまん、すまんって」
「それに、隣の部屋から夜泣きする声が聞こえてきた時には…」
和樹くんはいらぬことを言う。
「なっ」
「それは聞こえますよ、安普請のアパートですもん」
「あー、いいなぁ。弱る先輩。見てみたかった…」
とまぁ、こんな事言ってるが高崎くんには弱みは見せちゃったんだけどな、別に。
「さぁ、今回の後片付けよろしく、私は与三郎さんに報告してきます」
「「ズルイ! 一人だけ楽して」」
絶妙にハモる二人。
だいぶん仲が良くなったもんだ。
「ズルくなーい。秘密にしてた事一気に公開するんだぞ。絶対怒られる…説教もされる…手付けたらダメなお金にも手付けちゃったし…」
「あ゛っ! こちらは任せて行ってらっしゃいませ」
「行ってらっしゃいませー」
二人に見送られ、私は与三郎さんのお見舞いに出かけるのだった。
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病院の一室、抗がん剤の影響で髪が一切無くなってしまった与三郎さんの前に、椅子に縮こまる様に座る私がいる。
「ふむぅ、ふうぅ~」
これまでの異世界での話しを聞いて、与三郎さんは深く息を吐く。
それは、怒りに任せ怒鳴らないように、心を落ち着け頭に登った血が平常に戻るよう、深呼吸をしているように私には思えた。
「私が居ない間、大変なことが起こっていたのですね。
大事な時に体を壊し、お役に立てず申し訳ない」
「そんな事無いよ、いつも私は与三郎さんに助けられてきたし、今回はちょっとタイミングが悪かったけど…
でも、異世界に介入するキッカケをくれたのは、私の決心が固まったのは与三郎さんのおかげなのよ。
私一人なら、会社潰して逃げてたかもしれない…」
与三郎さんは、穏やかな顔で私の目を見た。
「強くなりましたなぁ」
「へへへっ、それに私だけじゃ無かったしね。
実は私、高崎くんにプロポースされちゃったのだ。
それで、最初の報告は与三郎さんにと」
「ご両親を飛び越えて、この老人にですか?
とても光栄ですよ。
まぁ聞くまでもないですが、お受けに成ったんでしょう?」
「うん」
「それでは、結婚式までにはここを出ませんとなぁ」
「あっうん、でも大丈夫。結婚式はまだ先の話だから
与三郎さんが退院して、体調が回復してから結婚式はするよ」
「ふふっ、ありがたい」
そこまで言って、与三郎さんは『なにか』に気がついたようだった。
「そういえば、その戦費は一体どこから出たのですかな?
急にそんな大金が借りれるわけもなし、かと言って会社の余剰資金が在ったとは思えませんが…」
「えっと…その…、私の結婚資金として貯めてた預金」
「なんと、プロポーズ受けた直後にそれですか…」
与三郎さんはヤレヤレと言った顔をしている。
「と、足りなかったので高崎くんの結婚資金も…」
あ、禿げ上がった頭に青筋が立ってきた…、これアカン雷が落ちるやつや…
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その二月後、与三郎さんは退院した。
退院祝いの小豆色のベレー帽を被り、出迎えを受ける。
そこには、こっちの世界の知り合い達に混ざりフッピちゃんの姿も在った。
「おかえり、与三郎さん」
「じぃじ、久しぶり。私日本語話せるようになったよぉ」
「まだ通院はあるし、再発帰還もある。油断するなよぅ、よさ」
「よさ、ベトナム行く前に死んだら損だぞ。なぁヨネ」
「おかえりなさい、与三郎さん。そして新入社員として入りましたので、よろしくご指導下さい」
「与三郎さん、おかえりなさい。力仕事は僕に任せてゆっくり休んでくださいね」
皆口々に与三郎さんに話しかける。
「聖徳太子じゃないんだから、もう少し落ち着いて話しなさいな」
そう言いながらも全然イヤそうではない。
さぁ、無くなった結婚資金を稼ぐため、明日からも私は商売を続けるのだ。
異世界でもこの世界でも、私は私の知る人達、家族を第一に頑張る。
すべてを救おうなんておこがまして事は思わない、私は神ではなく商人なのだから。
異世界に続く穴を見つけたので商売をすることにした 笹垣牛蒡 @sasagaki_gobou
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