第85話 裁判
防衛戦から七日後、俺達は牢から出され裁判に掛けられるため広間に連行された。
普段ならば屋外の広場で衆人環視の中、教会によって行われる裁判だが、今回は王宮の広間にて観客なしで行われた。
出席者も限られ、王とその側近と将軍そして裁判官として教会の司祭が待ち受けていた。
側近は淡々と罪状を述べ上げる。
国の決定に反し王子を逃した罪、城に忍び込んだ罪、兵士に魔法を行使し危害を与えた罪。
その一つ一つが死罪を免れ得ぬ罪だった。
弁護は教会の神父一人だけ、しかしその神父には見覚えがあった。
と言うか、弟のマークスだった。
「以下の罪に対し、反論はあるか?」
重々しく裁判官の司祭が告げる。
弁護人として潜り込んだマークスは、俺達の弁護を始める。
「行った事実には相違がありません。
しかし、全ては国益を思ってのこと。
その証拠に、カーサは軍を引きこの国は救われたではないですか」
このマークスの言葉に対し、王の側近である宰相が口を挟む。
「それはやってみないと解らない事。
今は救われた事実があるが、もしかしたら戦って勝っていたかもしれないではないか!
もしそうなれば、カーサ国を撤退させ、更には王子も手元に残して置けたのだ。
だいたい敵が包囲しようと、王子が手の内にある以上、敵はおいそれと城を攻めては来れなかったのだっ!」
「それはそうかもしれません。
しかし、いつまでも包囲されたまま敵を押し返す算段も無しに、勝てていたかも知れないなんて暴論です。
なんなら、そちらの将軍にお聞き頂ければ早い。
我が国の400の兵で敵1200を押し返し、更に第二陣で来るであろう敵兵を打ち破れたかどうか」
裁判官は言う。
「将軍、この件に反論はあるか?」
「恥ずかしながら、我が国の兵力だけでは第一陣の敵を押し返すことすら難しいでしょう。
カーサ国は強兵であり、さらに数でも負けて居るとなると、労せる策があっても限界と言う物があります」
将軍は1,200対550という戦いを目の当たりにし、宰相の楽観的な考え方にはどうしても賛同出来なかった。
「だが、貴君が捕まった後ではあるが、400の兵で1,200の兵を退けたではないか!」
「あれは、たったの一日守るため秘密兵器を動員し、策を弄した結果であります。
敵は被害を抑えるために退却はしましたが、対策を練って再度進軍を開始すれば一溜りも無いでしょう。
第一、船で平原を迂回され王都に直接進軍されれば、相手は戦う必要もなく我が国を負かせる立場にあった事を理解いただきたい」
そう、あの戦いは真っ向ぶつかったように見えて、実のところは奇襲奇策の類であり、2度3度と通用するものではなかった。
「ではそうだとしても、法を破ったことが全て正当化される訳では無い。
悪しき行いには、それ相応の罰が必要となる。
違いますかな?」
王の手前、宰相も引き下がれない。
「では、悪しき行いとは何でしょう。
人が平穏を望むための行いは、悪しき行いになるのでしょうか?」
「例え平穏を望んでいても、それが人を傷つけたり、不可侵の城への侵入であれば罰せられるべきである」
「まず、城の兵士への魔法ですが、眠りの魔法であり傷つけてはおりません。
更には、兵士が負った不名誉についても、示談が既に成立したおります」
なるほど、マークスはこの裁判までに時間を稼ぎつつ兵士を探し出し金でかたをつけたようだ。
まったく優秀な弟だよ。
「では城の設備を破壊し、不可侵の領域への侵入に対してはどうだ」
「城への侵入も、王子返還への為の必要悪と考えています。
それに、友好関係にあった王子の拉致がなせ悪でないといい切れますか?」
それを聞いて終始無言であった王が、この裁判が始まって初めて口を開いた。
「この国にあって、法はわしの言葉である。
それを疑い、法に照らし合わせるとは何事ぞ!!」
その怒号には、それまで飄々と宰相を煙に巻いていたマークスもビビリながら恐縮する。
それはマークスだけでは無かったと見えて、他の誰も言葉を発せなくなってしまった。
広間には静寂が、そして重苦しい雰囲気だけが残った。
「あー、父上。よろしいだろうか」
その緊迫した空気を破るような、のんびりとした声を発したのはエンドア・モルト王子だった。
「よい、だがお前がなぜこんな裁判に出席しておる」
「それは追々話しましょう。
さて宰相、法とは何だ? 博識なそなたなら、私にもわかるように簡潔に納得行く答えを持っておるだろう?」
「法とは、理でございます。
ひとが営むに辺り、犯してはならぬ理、ひとたびそれが犯されると誰かが被害を受け争いの火種となるものでございます」
「では天の理は法か?」
「法ではございませぬが、死んだ人が生き返らぬよう、燃えた物が元には戻らぬよう、決して覆されぬ、覆すべきではないものが天の理で御座います」
「覆してはならぬのか?」
「左様で」
「では、我が妹ミューズ・モルトを蘇らせるのも覆してはならぬ事だな。
得心いった。
では、裁判を続けてくれ」
箝口令を破り、ミューズの死を口にした王子。
知っていた者も知らなかった者も入り乱れ、周りを騒然とさせた。
まぁ、俺達は知っていたわけだが。
王子のその言葉に、箝口令を破った事に、王はワナワナと肩を震わせ怒りを王子にぶつけた。
「エンドアッ! どういうことだ、貴様」
王は先ほどを上回る怒号を王子に叩きつける。
だが、王子は王に萎縮するでなく、平然と答えた。
「箝口令の事ですか? それとも我が妹が、可愛い妹がこの世に蘇るという事ですか?」
「蘇るだと!バカな事をっ…
そんな事が…出来るの…か?」
「法も理も曲げることが出来ないのであれば、妹は助かりません。
この場には、天の理を守る神父と司祭が居ることですから。
しかし、私はその方法を知っている者を知っています」
「だ、だれだ。そのミューズを生き返らせる事が出来るのは誰だ」
王子は扉に歩いていくと、外の兵に何かを話して戻ってきた。
「さて、父上。知ってどうします? 天の理を曲げますか? 自分の子だけは例外という法を作りますか? 誰もが納得する賢王がそんな贔屓をしますか?」
「何が言いたい」
「自分の子だから命は尊い、それ以外は価値がないというのであれば、そのようにこの方達に伝え、そして方法を聞いてみるのもいいでしょう」
トントントンと扉をノックする音があり、それを聞いて王子は招く。
「そこの主犯しされるコウ・マクダルの両親、ケイン・マクダルとミリアム・マクダルです。
彼らは、その方法を得るために自分らの命も顧みず、この国で見つかった新たなダンジョンに潜り、その成果を持ち帰りました。
その方法は彼らだけしか知りません、もちろん私も知りません」
入ってきた親父とお袋それにフッピの3人は、ダンジョンから出て真っ直ぐここへ向かったのだろう。
親父の鎧は欠けたパーツが見て取れた。
お袋のローブには血のシミすら見える。
フッピは革の鎧に穴が空き、その部分はどす黒く変色している。
「さぁ、父上。何が在っても法は曲げられませんか? 人を救うため国や生活を守るため、人を傷つけず精一杯の努力をしていても、あくまで法は曲がりませんか?」
王の顔には、悩み苦しみ喜び怒りすべての感情が入り乱れ、見るものにはその表情は読み取れない。
しばらくの間、王は葛藤を繰り返していたようだった。
その間、誰も語らず誰も動かず、まるで時間が止まったかのように、王の思考の妨げにならぬようにして待っていた。
ついに王が口を開いた時、その声は振るえ先程までの覇気は微塵も感じられなかった。
「余は、余は…
やはり娘が、我が子が一番である…
王として…統治者として…
法は守り、遵守すべきと思っておる…
しかし、それでも…
家族は、変えがたいのだ…
だから、余はすべてを投げ打ってでもミューズを再びこの手で抱きしめたい…
親として、出来ることがあるのならば…
何をしても、何としても…だ。
そして、その夫妻にとっても…
それは同じなのであろうな…」
それを聞いて、王子の顔が緩んだ。
何の事はない、王子も死ぬほど緊張していたのだ。
「では、モルト王国は、その者たちへの告訴を取り下げる。裁判官、閉廷の合図を」
宰相が、高らかに告げる。
宰相は王に見えない角度で、王子に親指を突き出したハンドサインを送っているのが一瞬見えた。
何の事はない、蓋を開ければ宰相と王子はグルで、茶番だったのだ。
よくまぁ短時間で、これだけの手回しをしたものだと、感心を通り越して我が弟マークスの才能に怖さすら感じた。
いや、それだけではない。その下地は、側近たちも王の変化に対しての戸惑いと不満があったのだろうな。
そして、裁判官の司祭は重々しく通る声で告げる。
「では、これにて閉廷します」
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