第84話 菜々子の誤算
翌日、カーサ国軍の撤退を確認したモルトの兵は、見張りを残して撤退を開始した。
それに先んじて俺とフィーリスさんは、モルト国の親父の牧場へ戻って来た。
実家は既に、モルトの兵の一団が取り囲んで居た。
俺達は素直に経緯を話し、無抵抗で捕縛されたのだった。
見慣れた地下牢には、顔を腫らしたバーガンと冒険者達の4人も捕らえられていた。
「いよう、バーガン。ハンサムになったな」
「コウの旦那! まったく、アイツラ手加減を知らなくて困るぜ」
バーガンの差し出した拳に自分の拳を合わせる。
俺達はお互いの無事を確認できて、ホッとしていた。
「しかし旦那、俺は結局吐かなかったってのに、随分あっさりとバレて捕まっちまったんだな」
「そうなのか? てっきりバーガンが吐いちまったものかと」
「見損なうなよっ、たった一日で吐くほど根性なしじゃねぇ」
バーガンは非難の声を上げた。
すると、向いの牢に閉じ込められていた女性陣の中からフィーリスが言う。
「大方、王子を返還した所を見られておったのじゃろぅ。
今は錯乱しておっても、モルト王は賢王と讃えられたお方。
敵兵にスパイを紛れ込ませる位はしておっただろうしのぅ。
そ・れ・よ・り・も、カスティナとメイズとアトラトルはなぜここにおる?
森に隠れるように言っておったはずだが」
バーガンは頭を掻きながら説明し始めた。
「こいつら早朝にモルト勝利の知らせを聞き次第、俺を助けに城に忍び込んだんだよ。
それで牢まではたどり着いたんだが、俺は拷問されてて牢に居なくてな、戻るのを待ってるうちに見つかって捕まったって話さ」
「なんと、まぁ絆が深いのは良いが、外でやって欲しい事もあったのにのぅ」
それを聞いて3人はシュンとしていた。
「まぁ、こうなっては一蓮托生、あとは外に任せましょう」
俺はそう言うと、開いていたベッドにゴロンと横になった。
まぁ王子を救出してからここに戻るまで丸2日寝ていないのだ、ここが何処であろうと空いてるベッドがあるのはありがたかった。
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それから4日、俺達は牢に放置された。
外では祝勝会が開かれ、王もご多忙だったのだろう。
更には王女様が亡くなった事が広まらぬよう、食事の持ち込み以外では兵士すら近づかせない、徹底した隔離だった。
もちろん出口には兵は配置されていたし、牢の鍵開けなんてして出るつもりもその技術も無かった。
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時は遡り、防衛戦の始まる朝。
つまりは王子を奪還して、地下水道を野上さん達が抜け出した朝だ。
現実世界には一人の来客があった。
ケンダー族の少女、フッピミュミルムは再び現実世界に穴を通過してやってきたのだ。
「久しぶりフッピちゃん」
「久しぶりー、菜々子」
「おおっ、あれから日本語を習ってたらしいけど、それにしても上手になったわねぇ」
「へっへー」
フッピちゃんは子供の様に照れ笑いする、可愛い。
「こっちは高崎くん、そしてこっちは和樹くん」
「「よろしく」」
図らずも二人の声がハモる。
「あれっ? おじぃは?」
フッピちゃんの疑問に私はピクリと反応してしまう。
「おじぃはね…、与三郎さんはね、別な場所で戦ってるの」
「そう…」
それ以上フッピは聞かなかった。
「さて、諸君。戦いはまだ始まってすら居ないがすべてが上手く言ったと仮定して、それでも囚われ罪に問われるであだろう仲間たちを救うため、状況を開始しよう」
もし負けて居れば、王子様を返還した所で撤退をさせる事は出来ないかもしれない。
だから勝ったと仮定して、話しを進めるしか無いのだ。
「我々の譲歩は、今回の戦でうちの商会と貿易社が請け負った戦費の王国への請求免除。それと、いずれ起こるであろう魔族との戦で同様の支援をする約束の二点」
「多分、王様は。王様の心を動かすには、それでは足りない」
突然シリアスな声で言うフッピに、私はたじろいだ。
そうだ、こんななりでも彼女は26歳の女性なのだった。
更に続けるフッピ。
「今回の騒動の原因は…ミューズ王女を失った喪失感から、スターク・モルト王は自棄になっている事」
「えっ、待って。ミューズ王女がお嫁に行ったからって…」
「違うの。王女様はもう亡くなっているの。地下水道を脱出する時、タイネル殿下がそう言っていたの」
「そ、そんな」
私は呆然としてしまった。
モルト王が賢王として国を思えばこそ、多大な戦費を請求して、それと交換条件に仲間を救う気であったのだから。
「マズイですね。国と心中するつもりなら、我々の提案になどこれっぽっちも魅力を感じない」
高崎くんは顎に手を当てながら分析した。
「大国の要求を突っぱねてまで、王子を拉致し続けている理由はそれでしたか」
和樹くんも納得したように言う。
「だから皆を助けるのにはそれだけじゃ不十分だって、コウの両親は言ってた。
でも、だからこそ手はあるって言ってた」
「それは、どういう事?」
「モルト王国に発見されたダンジョンは知ってるよね?
あそこに行った野上のお母さんは、一つ思いついたの。
あのダンジョンは変だって、守っているモンスター達が偏っているって。
それは、スケルトンやゴーレムやスライム、とにかく魔術で作られた魔物が多かった、そして発見された宝もオーブやタリスマンばかりで武具や防具が少なすぎるって。
それは、この迷宮を作った魔道士が、生命の創造を研究していた魔道士だったからなんじゃないかって言ってた。
そして、あそこで発見された宝のオーブ、反魂の水晶球は死んだ人の魂をこの世に留めるらしい。
となると、体を復活させる何かがあそこには有ると思うの。
それを二人は、必ず見つけてくるって言って、私も戻り次第同行する事になったの。
それには、とにかく時間が必要なの。菜々子たちには何とか時間稼ぎをお願いしたい。
モルト王が裁定を下せない様に時間を稼いで欲しいって」
私は考える、モルト王が体が空かないほど忙しく…。
考えていると高崎くんが何かを思いついて手を打つ。
「では祝勝会を開きましょう」
「まだ戦ってもいないのに?」
高崎くんの提案に私は疑問を投げかけた。
「それでは遅い、貴族に根回しをして連日祝勝会を開き、王を招きましょう。
さらにフィーリスさんが作った人脈と金を利用して、兵士達に処刑の命令が下ってもすべて握り潰させましょう。
なあに、事態が収拾した時に暗君が賢王に戻っていれば何とかなるはずです」
「では、マークスさんにお願いして貴族に辺りをつけまょう。
あと、王子様にも何とかお手伝いお願い出来ないかお願いしたいですね」
和樹くんもアイデアを言葉にする。
私達の方針は決まった。
野上さんのご両親が帰るまでの時間稼ぎ、それが私たちにできる最大の効果を発揮するであろう策だった。
「来て早々で悪いけど、また異世界に戻ってマークスくんにこの事を言伝お願い、フッピちゃん」
「わかった、直ぐに戻るよー」
もうフッピちゃんは、いつもの子供のような雰囲気を漂わせている。
「気をつけて、貴方が捕まったらもう私達は手詰まりよ」
「任せて、単独行動のスカウトはそうやすやすと見つかったりはしないのよ」
最後にもう一度だけシリアスな声で言うと、穴に潜って異世界へと降りていった。
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