第83話 夜襲
俺達はバーガンと別れ、帰りも城内を見張る兵士の死角をつきながら地下水道へと戻ってきた。
外した鉄格子をくぐり、見た目だけではあるが鉄格子を元の位置にはめると、また腰まで水に浸かりながら出口の水汲み場を目指した。
城内に居たのは一時間にも満たない時間だったが、それでも酷く長い時間に感じた。
もう見張りを気にする必要が無くなった俺は、囚われていたタイネル王子に何があったのかを聞いてみた。
「王子、なぜ囚われる様な事になったのですか? 我が国と貴国が敵対するような事があったとは信じられませんが、よほどの事があったのではないでしょうか?」
それに王子は答える。
「私は、ミューズを…。私の失策で、ミューズを死なせてしまったのだ」
それは皆が足を止めてしまうほどショッキングな事だった。
「そんな…バカな。私がお会いしたのはたったの一ヶ月半前の出来事なのに」
王女様の専属カメラマンまでして、一ヶ月半前には録音用蓄音機まで届けていたフィーリスは、特にショックが大きかった。
王子は、声の響く地下水道で歩きながら話しを続けた。
「私達は開拓村で災害があった時に慰問に向かった際に、病気になった村人を見舞ったのだが、恐らくはその時ミューズは病を貰ってしまったのだ。
そして、その病は恐ろしいモノだった。
火傷のように皮膚はただれ、高熱が続き発病からたったの13日でミューズはこの世を去ってしまった。
私は発病後、見舞うことも近づくことも禁じられ、ようやく会えたときには火葬され骨となった姿だった…」
俺はふと王子の顔を覗き込み、その生気の無さにゾッとした。
王子は、ため息を付いた後話しを続けた。
「私は国王…父にその死はしばらく伏せるように命じられた。
それは政治的な判断だったが、それは正しかったのかもしれない。
私はその決定には従えぬと、ミューズの遺品をかき集め、国を抜け出しモルト王国に来てスタークモルト王に謁見した。
王は言った、娘の最後の言葉は何かと。
私は答えられなかった。
それはそうだ、病になってからは会ってすら居ないのだから。
それを私が告げると、王は激怒した。
いざ発病し、危険となったら見捨てるように会いもせず、遺骨と遺品だけをもって国から飛び出して、だただた娘の死から許されたいと願っていると、その様に見えたからだろう。
実際、あの時の私はただ許されたかっただけで、愛するものを失った自分に酔っていただけだったのだ。
王は罰が欲しいのならばくれてやる、と言って私を地下牢に捕らえたのだ」
フィーリスはそれを聞いて冷たい声を発した。
「罪滅ぼししたいのであれば、なぜカーサ国で自害されなかった」
「フィーリス!?」
俺は驚いた、温和で博識なエルフが、ここまで憎しみを露わにするのを見たことが無かった。
「そうだな、その勇気があれば戦争も起きず、美談で終わっていたかもしれない。
だがその勇気がなかった。
人に害されるのは勇気がなくとも出来るが、自害するには勇気がいる」
はたしてそうだろうか? 死地に向かうのに勇気が必要無いとは思えない。
「私はっ、殿下を許すことは出来ない。しかし、だからといって無辜のモルトの民が巻き添えを食らって死ぬのは、もっと許せない。
貴方を助けるのはその事があるからだ、それを肝に命じておいて欲しい」
フィーリスはそれだけ言うと黙ってしまった。
「私は、どこで間違ったのだろう。皆目見当もつかぬよ…」
王子はポツリと呟いた。
だがその声は地下水道の水音にかき消され、誰の耳にも届かなかった。
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朝焼けで空が紫色になる頃、俺達は地下水道から出てきた。
人目につかぬよう、弟のマークスが用意した馬車に乗ると、一路両親の牧場を目指した。
牧場では両親が馬と鎧を用意していた。
俺とタイネル殿下、それにフィーリスは鎧を装置し馬に乗って戦場を目指した。
戦場では、今頃激しい戦いが繰り広げられているに違いない。
今から急いでも戦場となっている平原に着くのは夜半だろう。
3人は馬を飛ばしひたすら街道を北上した。
途中数カ所の検問所があったが、モルト王国騎士となったケンタット・ワークセンブルグの紹介状を見せると、すべてノーチェックで通過することができた。
平原に着いた時には戦闘は終了していた。
守備兵400名の指揮権は、第一軍が合流して以来ケンタットからその親父に移っていたが、内々に話しは通してあった。
俺は久しぶりに会った親友に声を掛けた。
「ケンタット! 無事生き残ったようだな」
「おぅ、コウか。防弾チョッキとか言う奴のおかげで体に矢を当てられたが助かったぜ」
「しっ、数が少なくて主要な人間にしか配られてないんだ。余り大声でそれを言うな」
「おっと、そうだったな。しかし、前回は一方的にやられたが、今回はほぼ一方的にやり返してやった。
魔法使いを回復にのみ回したので、怪我人もほとんど皆回復したしな」
「それは何よりだ。ところで、所で例の話だが」
「ああ、夜襲の話だな。攻撃隊には必ず選ばれる様に、親父に話しは通してある」
「うむ、準備万端だな」
そうだ、我々はこれから撤退し陣を構えた敵の兵糧を焼くために夜襲を掛ける。
そして、そのどさくさに紛れて王子を敵に返還する予定だった。
陣地に残った矢を拾い集め、それを加工して火矢に仕立てる。
着火剤を入れた布袋や油を入れたタルも用意し、夜明け前に騎兵60騎が陣を離れた。
更に30騎ずつに左右に別れ、同時に東と西から突撃をする。
機械式の時計を合わせ早朝5時未明に音もなく敵陣に突撃した。
敵は同時に東西から現れた敵兵に混乱した。
「夜襲だっ! 西から敵が現れたぞっ」
「違うっ、東だっ!味方を混乱させるなっ」
「本当だ、西からだって言ってるだろう」
「敵の大群が後背を付いた、囲まれるぞ」
「突撃ラッパも聞いてないぞ、襲撃自体が酔った兵の寝言じゃないのか?」
モルト兵の流した嘘情報も相まって、暗闇の中カーサの陣は混乱をきたした。
モルトの騎馬は静かに、兵糧だけを目指して火を掛けて撤退した。
作戦は概ね成功、すべての兵糧を焼くことは出来なかったが、半分は火に撒かれたり水を掛けられビタビタになった。
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カーサ王国軍は初戦で大勝したものの、その後は敵の徹底した遅延戦術に晒させ多くの時間を進軍に費やした。
そのせいで兵糧は少なくなり、近隣の村から徴収したが秋の収穫はすでに終わり、大半を王都に運ばれていたため思うように兵糧の確保が出来ていなかった。
敵はその兵糧を狙い、少なからず戦果を上げていった。
将軍は頭を抱える。
これからは食事も制限しなければいけない、兵士の士気が下がるのは目に見えている。
本国に兵粮の追加を要請することは出来るが、初戦以来は目立った戦果を上げておらず、下手をすれば自分が無能の烙印を押されかねないと思ったのだ。
「くそっ、忌々しい。弱小国家が我が国に盾突きおって」
将軍は、やり場のない怒りを椅子にぶつけた。
剣を叩きつけられた椅子は砕け、その破片はテントの天幕に当たる。
「将軍! 夜襲を掛けて来た敵兵を捕らえました」
「連れてこい、洗いざらい敵の情報を吐かせる」
兵糧は痛かったがこれで敵の内情を知れれば、まだ取り戻せると将軍は考えていた。
テントから出ると、3名の敵兵が囚われていた。
珍しいことに一人はエルフの女だった。
「小奴らは撤退に遅れて森から徒歩で出てきた所を取り押さえました」
兵の報告にうなずきながら、どいつから痛めつけてやろうかと3人を見渡した。
「そこの二人の兜を取れ」
将軍が命じ、兵士が重武装の2名の騎士の兜を乱暴に剥がし取る。
そのうちの一人の騎士は将軍を見据え、声を発した。
「将軍、私の顔を見忘れはしておるまいな」
ガッ
「グフッ」
その態度を横柄と受け取って、すかさず縄を持っていた兵士が殴りつける。
だがそれを見て、将軍はワナワナと振るえ、手はだらしなく虚空を掴む様にワキワキと動く。
「やめろーっ、何をするか。その御方に手をだすな」
将軍は悲鳴とも取れる叫び声で兵士を制止した。
見間違うはずもない、その顔は今回の奪還作戦の目的、皇太子タイネル殿下その人なのだから。
「余が何度言っても、兵には信用されぬかったからな。仕方あるまい、許そう」
「ももも、申し訳ございません」
将軍は片膝を付いて臣下の礼をとる。
その姿を見て、3人を捕らえた兵士たちも、先程まで喚いていた「余は皇太子タイネルである、この軍の指揮官に取り次げ」と言う言葉が妄言でないと知った。
兵士たちはすかさず土下座し、今しがた殿下を殴りつけた兵士は更に失禁しているようだった。
「余のワガママの為、無為に血が流れたこと後悔に耐えぬ。だが余が帰還したからには即座に陣を撤収し、国に帰る事にせよ」
将軍にとっては敵の城を囲んでも、殿下を救い出す手立てまでは手が回っていなかったのだから、逃げて来られたのであれば願ったり叶ったりなのだ。
「ははっ。しかしもう直ぐ夜が開けます、今撤退し始めると追撃を受ける可能性が…」
「それは無い、本日中に撤退を開始すれば追撃は一切しない手はずになっておる」
「はっ、承りまして御座います。して、隣の男とエルフは?」
「彼らの助けで脱出することが出来た。手出し無用でモルトに帰す」
「ははっ、そのように」
将軍は胸をなでおろした、これで即時撤退すれば兵粮の事も片がつく。
敵を包囲するには足りなくとも、帰路に着くだけならば十分すぎる量が残っている。
周りの兵には箝口令を敷き、急ぎ撤退の命令を下す。
これで、カーサ王国とモルト王国の戦闘は終結した。
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タイネル殿下は俺とフィーリスに語りかけた。
「許してくれとはいえない、だがこれからの行いでそれを示していく。
ミューズに恥じぬ生き方をして、それをもってお前たちに返していくつもりだ。
できれば一緒に来て欲しいが、牢に居る者も居る、無理なのであろうな」
俺もフィーリスもうなずく。
「であれば、一筆書くのでしばらく待って欲しい。
モルト王には憎まれている、力になれるとは言い切れぬが、それでも持っていってくれ」
殿下は羊皮紙を持ってこさせると、それにペンを走らせロウで封をして俺に渡した。
殿下のお顔には、地下水道で見た時の様な陰りはもう見えなかった。
俺達は手紙を受け取り一例すると、カーサ国の陣を後にした。
カーサの陣を離れてしばらくして、俺は馬上からフィーリスさんに話しかけた。
「これで、一仕事終わりましたね、フィーリスさん」
「ああ、コウ殿もよく頑張られた。そろそろ疲れがピークなのではないか?」
「確かに、今なら居眠り乗馬ができそうです」
「落馬したらそのまま置いて帰るからのぅ、私も今回ばかりは限界じゃ」
ダカラッダカラッダカラッ。
二人が軽口の応酬をしていると、後ろから馬の駆け足で追ってくる音がする。
「ドウドーウ。お前たち、殿下を返しに来た兵たちだな」
我々の前に出て行く手を遮ったのは、黒騎士だった。
「手出し無用のはずだが」
俺は黒騎士に殿下の意向を伝える。
「そうだ。だが、お前たちが知ってるとは思わないが、黒騎士ってのは王直轄でなぁ。将軍にも殿下にも従う義務は無いんだわ」
「では、ここで捕らえると?」
俺は剣の柄に手をかけるが、百戦錬磨と謳われた黒騎士に勝てるとは少しも思えなかった。
「捕らえる気は無い、が捕虜にならないかと聞きに来た」
俺は、黒騎士の言っている意味が、イマイチわからなかったので黙っていた。
だがフィーリスさんには解ったらしい。
「心遣い感謝するが、他にも仲間がいる。そのものを捨て自分たちだけ助かろうとは思わぬ」
「そうか、殿下の恩人だ。死ぬなよ。
それにエルフの姉さん、男前すぎて惚れそうだ、特に死ぬなよ」
そう言って俺たちに脇を抜けて自陣に戻っていった。
「そう、命を張るのはここからじゃ」
つまりは、殿下を逃した俺達は、モルト王の怒りを買って処刑されると周りは見ているわけだ。
バーガンを牢に残してきた俺達に、逃げ場は無い。
ここからは言葉一つ間違えば命が飛ぶシビアな世界に入ろうとしていた。
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