第82話 別れ

 私は、ミリオタの高崎くんの助言を得て作戦を立案した。

 そして作戦に必要な、鉄条網と水風船と着火剤を買いあさり異世界に送った。

 更にネットでコンパウンドボウを12本手に入れ、それも異世界に送った。

 熱気球の材料として、設計図と難燃素材の布も送った。

 魔法で火を起こせる世界だ、バーナーが要らない分、簡単に飛ばせるだろう。

 後は風に流されないようにロープで地面に固定しておけば、簡易見張り台になるだろう。

 双眼鏡も送って、敵の動きを観察するのに役立てて貰うとしよう。


 以前送った農薬散布機は、吹き出し口を大きくして10m以上届く水鉄砲にした。

 中に詰めるのは可燃性の油。

 松明と組み合わせれば、簡易の火炎放射器となる。


 高崎くんが立案した作戦は、鉄条網で敵の足を止めて矢を射かける。

 それで止まらぬ敵には水風船に入った着火剤を投げつけ、魔法ではなく物理的な火を掛けて敵を焼く作戦だった。

 更に、回復約の敵魔道士をコンパウンドボウで狙撃、敵に被害を強いる作戦だった。

 コンパウンドボウの採用は、魔法の射程を遥かに超える射程距離と命中精度、それに威力を買っての事だった。


 防衛戦をモルト王都で行わなかったのは、敵の来る方向を予め察知して味方を集中させるため。

 更には火は上に登るので、城壁と火炎放射の相性が悪かったからだ。

 しかし、それはあくまでこの作戦を通すためのタテマエ。

 本当の理由は他にあった。


 私は、モルト王国防衛戦が行われていたその日に、野上さんには別の任務をお願いしていた。

 早朝の外はまだ暗い時間、野上さんはフッピとフィーリス、それに冒険者達を伴って地下上水道にいた。


------


 俺は戦場には行かず、王都の地下で腰まで水に浸かり、這い回っていた。


「コウ、浮かない顔だな。ケンタットが心配かのぅ?」


 フィーリスさんが言う。


「アイツが戦ってる時、俺は何してるんだろう…てね」


「でも、こっちだって大事な事なのじゃよ。いや、むしろ戦いを終わらせるには、私達のほうが重要じゃ」


「解ってます、でも危険度から行くと…」


「解ってないのぅ、私達の方が危険だって事に」


 今はザブザブと水の抵抗を受けながら、地下水道を歩き続けた。


「ここだ、この先が城だよ」


 一度この地下水道でスライム退治をした冒険者達の一人、バーガンが言う。

 彼はあの後、親父に言われて長剣を捨て、パーティーの盾となるべく、左手にカイトシールド、右手にショートソードと言ういでたちになった。

 結局、長剣は一度もモンスターを切らずじまいだと嘆いていたが、仲間の事をまず第一に考える良いパーティーになった。


「コウ、これ鍵無いから、私開けられないよー」


 フッピが言う。

 この鉄格子は水だけを城に通して、人を通さないように作られたものだ。

 だから鍵も何も、そもそも開くようには作られていない。


「大丈夫だ、ここは俺に任せてくれ」


 背負カバンからは、奈々子さんな送ってもらったダルマジャッキが入っている。

 このジャッキは、油圧で20tまで持ち上がる奴だ。

 鉄の棒を曲げられなくても、それがはまっている根本の岩を砕く位はわけないのだ。

 俺は鉄格子の間にジャッキを差し込み、何度も漕ぐ。

 ギコギコギコギコ…

 次第に高まる圧力に、鉄の柱はギシギシと音を立てていたが、ある時バガンと支えていた岩が割れ、一本の鉄格子を外すことが出来た。


「結構大きな音だったが、大丈夫かな?」


「平時ならともかく、今は守備兵も少ないからのぅ、大丈夫じゃろ」


「ならいい、行こうか!」


 ガシッ。

 みんな通れたのに、俺だけつっかえた!


「すまん、もう一本外させてくれ」


 しばらくして2本めの鉄格子を破壊してやっと俺は通れた。

 

 城内の地下水道の出口も、王都から離れた戦場に兵が出払っている今、見張りの兵が詰めている事は無かった。

 

「ふむ、情報通り。王の警護を優先させておるから、地下にまでは目が行き届いてはおらぬの。

ここからは厨房を通って幽閉塔に行き、地下にまた潜る事になるなぅ」


「フィーリスさん、これって私達が付いてくる意味あったのかなぁ?」


 カスティナが言う。

 

「意味も役割もあるぞ、ただしその時まで秘密じゃ」


 フィーリスさんはそう言うと、辺りを警戒しながら厨房へと忍び込んだ。


「厨房はクリア、次の通路までむかうぞ」


 こうして、城に残った兵に見つからないように地下牢へと進んでいった。


「地下牢入り口のテーブルに2名、地下牢前に2名」


 フッピが忍び足で戻ってきて報告する。


「んんー、予定より多いが、カスティナ、メイズ私と同時に眠りの魔法で4人を黙らせるぞ」


 フィーリスの言葉に二人は慌てる。


「そんなぁ、一人でも抵抗されたらバレちゃいますよっ」


「無理、私の腕じゃ成功率が…」


「しかし、選択肢は無いの。予定では二人だったのに、地上の警備を減らしてまで地下牢を増員するとは予想外だったわ。

男どもは立っている兵士が倒れて音を立てぬように注意せよ。

では、行くぞっ」


 フィーリスは二人の言葉を無視して詠唱を始めてしまう。


 慌ててカスティナとメイズもゴニョゴニョと詠唱を始めた。


「万能なるマナの導きに応じ、常世の静けさに寄与する法則よ…」


「怠惰なる眠りを司る精霊よ、わが呼びかけに応じ我敵に怠惰なる睡眠を与えたまえ…」


「スリープ」「スリープ」「スリープクラウド」


 それぞれ3人の眠りに誘う魔法がほぼ同時に完成し、見張りの兵に効果を現した。

 入り口の二人はフィーリスの魔法で椅子に掛けたままグタリと脱力する。

 そして、短い通路の先に歩哨として立っていた兵士には、カスティナの眠りの雲とメイズの昏睡の呪文が効いてそれぞれを眠らせる。

 バーガンとアトラトルは疾風のように通路を駆け抜け、鎧を着た兵士が激しく床に倒れないように、背中を支えてゆっくりと座らせた。


「なんとか成功したのぅ」


「なんというか、最後は行き当たりばったりでしたね」


 俺の言葉にフィーリスさんは肩をすくませて言った。

 

「生まれてこの方、すべて予定通りのほうが珍しいぞい」


 なんとか山場を超えられて、少し顔が緩む。

 俺は、牢に進み中の人物に声を掛けた。


「タイネル殿下、カーサ王国皇太子タイネル殿下でございますね?」


 牢の男は、粗末なベットから体を起すと言った。


「いかにも。処刑というわけではなさそうだな」


 俺達は王子様にたどり着いたって訳だが、ここからが問題だった。


「フッピちゃん、よろしく頼む」


 俺に言われて、フッピは腰のポーチから仕事道具を取り出す。


「フンフンフーン、フフフンフーン」


 カチリ、と音がすると牢の鍵は開いていた。


「流石です、師匠!」


 カスティナの言葉にフッピは照れ笑いする。


「王子様、国へ返して差し上げます。その前に一度ご起立願います」


「ふっ、余に立てと。余はここで死ぬのが定めよ。

ほおっておけ」


 王子は無気力に首を振って立ち上がろうとはしなかった。


「貴方がなぜ捕らえられたかは知りません。しかし、カーサとモルトの戦の火種には違いない。できれはカーサの軍を引かせる説得をお願いしたい」


「戦…カーサとモルトが戦争しているのかっ?!」


 王子は自分の奪還のため、カーサ王国軍が動いていることを、今初めて知ったようだった。


「そうです。貴方が帰らねばこの国が焦土となりましょう。そんな事をミューズ王女も望まれますまい」


「ああ、ミューズ。そうだな…」


 王子の目は焦点が合わず、俺はそれをどことなく怖いと感じた。

 王子はノロノロと立ち上がり、背を真っ直ぐにしてこちらをうかがった。

 俺はフィーリスさんに問う。


「では、この中では誰が一番近いですか?」


 フィリースは感情を交えず冷静に言う。


「バーガンじゃな、背格好はほぼ一緒に見える」


 言われてバーガンは、あちゃあと言う顔をして自分の顔をピシャンと叩く。


「そうかぁ、一目見てやっぱ俺かと思ってたんだよな」


 そう言うと、ガーガンは服を脱ぎ始める。


「王子、その者と服を交換して下さい」


 その様子を見てカスティナは口を挟む。


「ちょっと待って、どういうこと?」


 それにはフィーリスが答えた。


「身代わりじゃ。まだ王子の脱出を悟られるわけにはいかんでな。

男どもには皆すでに覚悟をきめてもらっておる」


 カスティナは思わず声を荒げる。


「聞いてないっ! そんな、バレるのも時間の問題だし、拷問だってされるかも…」


 静かな石造りの地下に、カスティナの声が響く。

 それを慌てて制したのはバーガンだった。


「カスティナ、静かに。聞き分けろ、これはもう決めていた事なんだ。

それに事が済めば助けに着てくれる事になってる」


「嘘っ。今は兵が出払ってるから忍び込めたけど、平時にこんな所まで来れるわけがないじゃない」


「嘘じゃないさ、それに戦争が終わればあっさりと帰してもらえるかも知れない」


「なんでよ、例の事があったから無理強いされただけじゃない。

仲間だと、仲間だと思っていたのに…

結局私達は、捨て駒なのねっ」


「カスティナ!」


 バーガンはカスティナの頬を張る。

 カスティナの目が潤んたと思ったら、あっという間に決壊し、少しだけ赤くなった頬の上を流れた。


「いいかいカスティナ。

今ここには、男は3人いる。

そして、男どもは皆覚悟を決めていると言った。

つまり王子の体格によっては、そこの野上も身代わりになるつもりでここに来たんだ。

俺達は捨て駒じゃない、ちゃんと仲間だよ」


「くっ、うぅっ」


 カスティナは涙で顔をぐしゃぐしゃにしていた。


「カスティナ、叩いてごめん。

…でもこれが済んだら、牧場の仕事は暇をもらって、新しいダンジョンにでも行ってみないか?」


「なによそれ、プロポーズとかする場面じゃないの」


 泣きながら絞り出すカスティナの言葉に、思わずバーガンも顔を赤らめる。


「えっと、プロポーズの方が良ければそれでも…」


 カスティナも、改めて自分の口から出てしまった言葉に気づき、焦りまくっていた。

 もはや二人は真っ赤になってうつむいて、微動だにしなくなってしまった。


「はいはい、ごちそうさま。

話しは尽きたかな、若輩者どもよ。

では服を交換じゃ」


 未だ単身者のフィーリスは拗ねた様に二人を引き離す。

 そして、フィーリスは服を交換したバーガンをギュッと抱きしめ、耳元で囁く。


「すまんな、これが済んだら必ず迎えに来る」


 俺もバーガンとハグして、別れを惜しんだ。


 フッピとメイズとアトラトル、それぞれがバーガンと別れを済ませ、最後にカスティナが別れを告げた。


「バーガン、愛してる。絶対に死なないで」


 バーガンはカスティナを抱きしめ、その唇を奪ったのだった。


 パーティーからはバーガンが抜け、王子を囲う様に護衛しながら、再び地下水道へと戻っていった。

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