エピローグ


「フェリさん、何をしているのですか?」

「うん…、ちょっとね」

 久々に幸せな時間を過ごした…、そんな気がする。

 夜も更けてきた時間、夜風に体を預けながら、私は月明りの元で、手の平サイズの紙に家族の名前を書き込んでいた。

 母さんはシユル、父さんはテシル、秋辰はテル、雪奈はリルユ…、大事な名前、忘れてはいけない名前だ。

「母さん達の名前、忘れない様に書いてるのよ」

「そう…ですか。ご家族との思い出とかは、やっぱりありませんか?」

 名前を書いていた紙をしまいながら、私はフィアを見ながら言う。


---[01]---


「ええ。わかっているのは…、この人たちが家族で誰がどういう関係のか…。まぁどういう関係かなんて、家族だとわかっている段階では見ればわかる事だけどね。後はこの感情…この記憶が嘘でない事を祈るだけ。」

 家族にお帰ると告げたあの後、私の状態を一通り説明して、医療術室の引っ越しの手伝いのために戻る予定だったけれど、フィアがその必要はないと引き止めてくれたので、適度にテル達の遊び相手をした。

 元々、エルンから今日は帰ってこなくていいと言われていたらしい。

 帰って来てから手伝いをするっていうのは、イクシアを引き留めるための嘘らしい。

 久々の家族水入らず、それを邪魔するような無粋な真似は致しません…とフィアは言っていた。


---[02]---


 そんなこんなで私は新しい実家でひと時の幸せを味わっている。

 夜遅くまで起きている理由、それは眠りたくないからだ。

 そこに幸せなモノがあるとわかった後は、それが無くならないかという不安に駆られる。

 眠ってしまえば、この現実はしばらく見る事が出来ない。

 もしかしたら、もう二度と見る事のできないもう1つの現実なのではないかとも思ってしまう。

 夢は叶ってしまえば夢でなくなる。

 そんな言葉がふと頭を過って、怖くて眠る事が出来なかった。

 この現象の切り替わりのスイッチは「眠る事」…、もっと詳しく言うのなら「意識を失う事」…、もしかしたらそれ以外にも理由はあるかもしれないけれど、今はこれしかわからないから…、そのスイッチを入れる勇気が無い。


---[03]---


「何か不安な事でもありますか?」

「ええ。とても怖い1つの不安がある。今の私は右も左もわからない…。そんな中で家族という存在だけは認識できる。でもそれが夢で…、眠る事で目が覚めたらなかった事になるんじゃないかって…、もう二度と見る事が…会う事が出来なくなるんじゃないかって…、とても不安」

「・・・」

「最初からないなら、失う心配とか不安はないけど、一度でも失う事を知ってしまうと…どうしてもね」

 自分ながらすごく弱気だと思う。

 失わない様に力を尽くそうと思った矢先の不安だだ。


---[04]---


 早い、早過ぎる。

「大丈夫ですよ。これは夢じゃありませんから」

「・・・」

「フェリさんがこの現実を拒絶しない限り、それはそこにあり続けます。それにたらればの話で不安になっていても、そこに出口はありません」

「・・・フィーって案外尖った事言うのね」

「え!?」

「というか最後のは一言余計ってとこかな」

「す、すいません…」

「別に気にしてない。それに前半の言葉よりも、最後の余計な部分の方がよっぽどためになったわ」


---[05]---


 たらればの話を考えても答えは出ない…、確かにそうだな。

「ふふ」

 そりゃそうだ。

 それが現実だもの。

 見方を変えよう。

 この不安はこれが現実であるからこその不安なのだと。

 現実は不安と隣り合わせな世界だ。

 知らない事をするから不安に思う。

 今の私はスタートラインにいるのだから知らないことだらけ、不安が生まれるのは当たり前。


---[06]---


 数日間、この世界を訪れる事が出来ている。

 今はそれだけでいいのだ。

 夢が叶ってしまったなら、新しい夢を作ればいい。

 大切なモノを取り戻すという夢はゴールにたどり着いた。

 なら、さっき誓った事、大切なモノを失わない事を新しい夢にすればいい。

 このゴールはスタートライン…、その夢の出発地点だ。

「ありがとう、フィー」

「わ、私は、そんなお礼を言われるような事は言っていないですよ」

「大丈夫。あなたの余計な一言は、私にとって大事な扉を開けるカギだったから」

「そう…ですか?」


---[07]---


「ええ。じゃあ寝ようか。吹っ切れたら急に眠気に襲われてきたし」

 私は大きな欠伸をしながら寝床へと歩いていく。

 全てが急で追いついていないフィアが、慌てて私の後を追う音を聞きながら、これから何をしていけばいいか…、私は改めて考えるのだった。















『ちょっと…、そこのお姉さん、寄っていかないかい?』

 あの路地では、また新しい夢が贈られる…。

 どの受け取り手も疑心を抱えながら、でも、決定権がないかのように、その夢を受け取っていく。

 そして受け取った後、個人差はあるけれど、多くの人が口々にこう言うのだ。

「贈り物をありがとう」と…。

『じゃあお姉さん、あなたに良い夢が訪れるよう願っているよ』

 その夢が叶った後、その人がどうなるかは…、その人にしかわからない…。




…つづく…

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Gift of Nightmare【EP1】 野良・犬 @kakudog3

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