村人Aの婚約

第2話

　私と勇者様の直接対決は、なんとも地味な感じで始まりました。というかそもそもですね、私が何を言っても勇者様には『ここはルルトの村です』としか聞こえないのですから、説得のしようがありません。ていうかコミュニケーションもままならない状態なわけで、初手で手詰まりです。モブには攻撃手段も与えられないってか！　わぁい、酷い仕様だふざけんなよ！？

　初っ端モブとメインキャラの格差を思い知る私を、勇者様は相変わらずの勇者フェロモン全開の素晴らしい笑顔で見つめています。阿呆の子を優しく見守るような目で私を見るな！　その慈愛に満ち溢れた笑顔もひっこめろチクショー！　……チクショー！　この美形！！

　無差別に振りまかれる勇者フェロモンにより、ただのモブである私は早くもHPをじわじわと削られピンチに陥ってしまいました。ただでさえあるかないかレベルの私のHPが消えて無くなる前に、まずは攻撃手段を手に入れねばなりません。

　慈母の如き笑顔を浮かべる勇者様の後ろで、ひとりニヤニヤとゲスい笑顔でこちらを面白そうに眺めている魔法使いのお兄さんに、私はじろりと視線を移しました。とりあえず勇者様と同じ戦闘画面に突入するには、まずは私の言葉を勇者様に伝えてくれる人が必要です。

「魔法使いのお兄さァーん！」

「はいはい、なんだねお嬢ちゃん」

　私の妙に力の入った呼びかけに、魔法使いのお兄さんはなんとも軽く反応しました。あっさり爽やかな応答ですが、お兄さん、自分が説得に失敗したということを理解しているのでしょうか……？　私あれだけお願いしたのに、勇者様越しにメンゴられただけだよ……？　あれって大人として許される謝罪の仕方かな……？　またしてもふつふつと魔法使いのお兄さんへの殺意が湧き上がってきましたが、今は勇者様とのコミュニケーションツールになって頂くことが先です。

　私は心の中で燻る黒い感情を押し殺して、魔法使いのお兄さんへの要求を堂々と伝えました。

「そんなところでゲスい笑顔を浮かべている暇があったら、ちょっと私の翻訳コンニャクになってくれませんかね！？」

「うわぁ、俺そんな素敵な告白初めて受けたわ」

　私の本心がやや漏れた要求に、魔法使いのお兄さんは、オーケーオーケーなどと至って軽く言いながらこちらへ近寄ってきます。相変わらずの軽い言動に心の中の黒い感情が鎌首をもたげますが、私にはまずしなければならないことがあるのです。

　勇者様の横をすり抜け、私の目の前までやってきた、大人として正直どうなの？　と思わざるをえない魔法使いのお兄さん。その手をがっしと掴むと、私はお兄さんを勇者様との間にスライドさせた上、勇者様と魔法使いのお兄さんが向き合う陣形を整えました。そして私は魔法使いのお兄さんの背中にぴたりとくっついて、腹話術形式で勇者様と対峙するのです。うむ、モブの生兵法としてはなかなかの陣形。いえ、こうして魔法使いのお兄さんの背中にぴったりと張り付くことで、お兄さんを盾代わりにしているわけではありません。ええ、決してそんなことはありませんとも。こうすれば勇者様の慈母の如きフェロモンたっぷりの笑顔の前に出なくて済むんじゃねヨッシャ今日の私冴えてね！？　などとは一瞬しか考えておりませんとも。ええ。

　しかしこの素晴らしい陣形に不満を持ったのか、魔法使いのお兄さんは微妙な表情で振り向き、ぴったりとその背中に張り付いた私を見下ろしてきました。

「お嬢ちゃん……人様を盾代わりにするのはどうなんだ？」

「盾代わりなんてとんでもない！　お兄さんは立派な防波堤です！」

　私としては上手くフォローしたつもりだったので、ドヤ顔で言い放ってしまったのですが、魔法使いのお兄さん的にはお気に召さなかったご様子。ゲスい笑顔を引っ込めて妙に爽やかな笑顔を浮かべると、おもむろに私の頭を鷲掴み、ぎりぎりと力を入れて引き剥がそうとするではありませんか。うおおおなにこれ超頭痛い！　ていうか他人に対してこの持ち方ってどうなの！？　人としてどうなの！？　またしても魔法使いのお兄さんの人間性に疑問が湧いてきますが、この状況ではそんなことに構っている暇はありません。このままでは魔法使いのお兄さんの背中から引き剥がされて、あの妙にキラキラしまくった勇者様の目の前に晒されてしまうのです。ぶっちゃけそれだけは勘弁してほしい。私のなけなしのHPあっという間に消えてなくなるわ！　私はきっと表情を引き締めると、魔法使いのお兄さんの腰に腕を回し、お腹の上で手を組んでがっちりと抱きつきます。男のくせに無駄に細い腰には殺意しかわきませんが、これを手放したら終わりです。

「は、な、れ、ろ」

「い、や、で、す」

　尚も私を引き剥がそうと、爽やかな笑顔に青筋浮かべて人の頭を鷲掴んでいる魔法使いのお兄さんの細い腰に歯を食いしばってへばりついている最中、ふと私の視界に対峙している勇者様がちらりと映りました。勇者様は、あの慈母の如きキラキラ笑顔は引っ込めて、眉間に少し皺を寄せたなんとも微妙な表情を浮かべています。おや、と思いましたが、すぐに理由に思い至りました。いやはや、それもそうです。何しろ私の発する言葉は、勇者様には全て『ここはルルトの村です』としか聞こえません。先程から魔法使いのお兄さんと死闘を繰り広げつつ交わしている言葉も全てそう聞こえているのです。その様を想像してみると、ものっそいシュールな光景にしかなりません。

　そりゃあ微妙な表情にもなるってな……と、私が魔法使いのお兄さんの背中にへばりつきながら納得したところで、勇者様がふいにその場から一歩踏み出しました。な、何ィ！？　まだ攻撃手段も手に入れていない相手に先制攻撃だと！？　それでも勇者か！？　私は思わず身構えて、魔法使いのお兄さんの細腰から手を離してしまいます。そして次の瞬間、ガツン！　というなかなかヘビーな音と同時に、私の目の前の魔法使いのお兄さんが私の頭から手を放し、声にならない悲鳴を上げつつ、己の頭を抱えてその場にうずくまりました。一瞬の出来事に私はぽかんとしてしまいましたが、どうやら状況的に勇者様が魔法使いのお兄さんの頭になかなか力の入った拳骨を叩き込んだようです。思わずそのまま固まる私、うめき声を上げる魔法使いのお兄さん、そして拳を開いた勇者様は無表情で一言。

「すまん、むしゃくしゃしてやった」

「……おまえそれは無いんじゃないの」

　今日日、非行少年でもそうそう言わない理由を口にした勇者様は、うずくまった魔法使いのお兄さんの抗議にも眉ひとつ動かしません。それどころか、顎に手を当てるとなんとも不思議そうな表情で魔法使いのお兄さんを見下ろして首を傾げます。

「片思いの相手が目の前でどこの馬の骨とも知らん男とあれだけイチャコラしていたら、誰だってむしゃくしゃすると思うんだが……」

「幼馴染を馬の骨と言い放った挙句、あのお互い必死なやり取りをどう聞いたらイチャコラになるんだこのド阿呆！　お前の耳と目どうなってる！？」

　そう叫んだ魔法使いのお兄さんは、涙目のまま勢いよく立ち上がると、今度はその場に固まったままの私の首根っこを引っ掴み、オラァよく見ろ！　と怒声を上げながら私を勇者様の目の前に引きずり出しました。ちょ、おま止めろ！　お前らの争いに私を巻き込むんじゃない止めろ！　あのキラキラ勇者様の目の前に引きずり出されたら残HPがマッハだろが！！　首根っこを掴まれているため、魔法使いのお兄さんの方に振り向けない私は、とりあえずぎゅっと目をつぶり、勇者様の妙にキラキラしい笑顔から逃れることにしました。その場しのぎとか言うな！　とりあえず命を！　命を繋がねばならないのだ私は！

　……しかしまぁ、目をつぶったところで状況の打破ができるかと言われればできないわけで。しばらく首根っこを掴まれたまま目をつぶっていた私でしたが、勇者様も魔法使いのお兄さんも何故か一言も発しないこの状況が怖くなってきました。いや、どうして二人共無言なの？　魔法使いのお兄さんはともかく、勇者様が無言とかどういう事なの滅びの始まりなの？　状況確認のつもりで、うっすらと目を開いた私の視界に飛び込んできたのは、何故かドアップのそりゃぁもう美しいとしか言いようのない勇者様のご尊顔でした。あまりの美形っぷりに思わず目を完全に開いてしまった私は、勇者様のご尊顔の無駄な美形っぷりと謎の至近距離に思わずのけぞりそうになりましたが、それより早く勇者様の両手がそっと私の頬を包み込みます。勇者様は相変わらずの謎の至近距離で私の目にひたりと視線を合わせると、何やら無駄にいい声で囁いてくるではありませんか。

「その馬の骨に抱きつくくらいなら、オレに抱きついてはもらえませんか？　それとも、それの方がお好みですか？」

　こんな至近距離で男性の顔を見るのは初めてですが、いやはやそこらの女より睫毛バッシバシだわ宝石みたいな碧色の瞳は綺麗で澄んでるわ金髪は細くて日に透けてキラキラしてるわ少し日に焼けた肌は毎日戦闘とかしているだろうにきめが細かいわ、なんかもうこれぞ美形のご尊顔だゴルァ！　文句あるかゴルァ！　みたいなつくりです。これ男女関係ないわ美形という一段上の種族だわ。そんな美形な顔に、勇者フェロモン全開の切なそうな表情が合わさり最強に見える。しかもその表情に、妙に熱っぽいながらもこちらに食らいついてきそうな真剣な眼差しが加えられるとかこれは俗に言う無敵状態というやつではないでしょうか。

　そんな表情の勇者様と至近距離で睨み合っている私のHPは、あっという間に削られていきました。むしろ、私の両頬を包む勇者様の手からHPが吸い出されている気がします。こ、こいつ、今の作戦設定は『ガンガンいこうぜ』に設定しているな！？　こんな村人Ａという雑魚敵以下のモブを相手に上級魔法を発動してくるとは鬼の所業。最早鬼畜と言っても過言ではない……！

　最早鬼畜と化した勇者様と正面から戦ったところで、私に勝ち目などあるはずがありません。私は慌てて水からあがった犬のようにぶるりと体をひと振るいして、両頬を包む勇者様の両手と首根っこを掴んだ魔法使いのお兄さんの手から逃れると、魔法使いのお兄さんの背中に再びヤモリのごとく張り付きました。そしてその背中から顔だけ出して、きっと勇者様を睨み付けて口早に勇者様を責め立てます。

「単騎のスライム相手にギガデインとか何考えてんだこの鬼畜！　それでも勇者か！？　雑魚敵なめるのも大概にせぇよ！！」

　魔法使いのお兄さんの陰に隠れつつの啖呵で恰好はつきませんが、そこはモブだということで目をつぶって頂きたい。しかしこれだけ私が口早に訴えたところで、勇者様には私の言っていることなどこれっぽっちも分かりません。私はぜぇぜぇと肩で息をしながら、驚いた様子でこちらを振り向いている魔法使いのお兄さんを睨み、顎をしゃくって通訳を要求します。魔法使いのお兄さんはしばらく困ったような表情で私を見つめると、勇者様にものすごい意訳で私の言葉を伝えました。

「あー……カンベンしてください、だってさ」

　意訳極まりない魔法使いのお兄さんの言葉でしたが、勇者様は目に見えてしゅんとしてしまいました。まるで叱りつけられた子犬のようでちょっと言い過ぎたかなと思いましたが、何しろ相手はゴブリンにアルテマを使ってくるような鬼畜です。きっとこれも罠に違いありません。私は魔法使いのお兄さんの背中にぎゅうとしがみ付くと勇者様をきっと睨み付けました。私は確かに雑魚敵以下のモブだが、お前には負けん！

　勇者様は威嚇する私をしょんぼりとした目で見つめていましたが、しばらくすると視線を魔法使いのお兄さんに向け、すっと真顔に戻りました。そしていつの間にか握り拳を作っていた勇者様は、真顔のままじりじりとお兄さんに近寄ってきます。

「とりあえず、もう一発やらせてくれないか？」

「それ卑猥に聞こえるからやめてくれ。あと八つ当たりはやめろ」

「八つ当たりじゃない。ただの嫉妬だ」

「余計悪いわ！！」

　淡々とした表情ながらも、どうにかして拳を繰り出そうとする勇者様と、どうにかしてそれを押しとどめたい魔法使いのお兄さん。お互い手を組み合って、ぎりぎりと力比べのような状況になっています。魔法使いのお兄さんの方が勇者様より身長が高いので、上から押さえつけるように勇者様を遠ざけようとしますが、筋力があるのは勇者様の方らしく、じわじわと下から押し上げてきています。

　なかなか良い勝負の力比べを相変わらず魔法使いのお兄さんの後ろで眺めていた私ですが、ふと疑問に思ったことがありました。先程勇者様が嫉妬がどうのと言っていましたけれども、魔法使いのお兄さんの一体何が羨ましいのでしょうか。ひょっとして勇者より魔法使いになりたかったのでしょうか。勇者様の考えることは私のようなモブにはまったく分かりません。謎です。

　勇者様と魔法使いのお兄さんの力比べという地味な勝負はしばらく続きましたが、お互い体力の限界が近づいて来たのでしょう。二人とも歯を食いしばり、うめき声も聞こえてきます。いよいよこの勝負に決着がつくのかと、私も思わず身を乗り出したところに、突如ハスキーな女性の声が響きました。

「あんたたち！　いないと思って探してみれば、こんなとこにいたのかい！」

　勇者様の後ろから聞こえてきたその声に反応して、勇者様と魔法使いのお兄さんは目にも止まらぬ早さでお互いに組んでいた手をぱっと離します。そして先程までの勝負など無かったかのように、素知らぬ顔で声の主の方へ向き直りました。つられて私も視線を声のした方に向けますと、そこには先日お見かけした勇者様ご一行の最後の一人、盗賊風の装備を身に纏ったお姉さんが立っていました。

　勇者様ご一行の一人、盗賊風のお姉さん。新雪のように白い髪と褐色の肌のコントラストが眩しい美人さんですが、浮かべる表情は明るくいかにも南国美人です。掘りの深い目鼻立ちも目を引きますが、それよりなにより気になるのが大迫力の豊かな胸。盗賊風の衣装は軽装で、体のラインが出やすいものですが、それにしたってなんだあれマジで凄い。一体カップ数はどのくらいなのでしょうか。女の私にすら、あの胸に埋もれてみたいと男子中学生並に阿呆な願望を抱かせる豊かな胸。すげー。すっげー。

　私が盗賊風のお姉さんの素晴らしい存在感を放つ胸をガン見している間に、お姉さんは眠そうにあくびを一つすると、伸びをしつつこちらに近づいてきました。その盗賊風のお姉さんに魔法使いのお兄さんが声をかけます。

「姐さん。昼まで寝てるんじゃなかった？」

「喉が渇いて起きてみれば二人とも姿が見えなかったから、ちょっと探しに来たんだよ」

　魔法使いのお兄さんの質問に、はきはきと答える盗賊風のお姉さん。その受け答えからして気風の良い、正に姐御という感じのお姉さんです。美人さんで胸がおっきくて姉御肌、というなんともお約束な設定のお姉さんですが、実際に見たらお約束設定なんてどうでもよくなります。私が男性モブだったら間違いなく惚れています。

　すたすたとこちらに近寄ってきた盗賊風のお姉さんは、魔法使いのお兄さんの陰に隠れつつもじっとりとお姉さんを見つめていた私の視線に気づいたのか、小首を傾げてこちらを覗き込んできました。

「そっちのお嬢さんは？」

　盗賊風のお姉さんは勇者様ご一行ですが、魔法使いのお兄さんと同じサブキャラ扱いなので、私と会話はできるはずです。早速挨拶をしようと魔法使いのお兄さんの陰から出て軽く頭を下げた私と盗賊風のお姉さんとの間に、ぬっと勇者様が割って入ってきました。なんだお前このタイミングでどうした！？

「なんでもないですよ。ちょっと話をしていただけですから」

　まるで私を盗賊風のお姉さんから庇うように、勇者様は私を背にして盗賊風のお姉さんの前に立ちました。これで私がどこかの国のお姫様とか王女様とかだったら『勇者に庇われる姫君』みたいな感じで絵面的に格好も付くでしょうが、生憎私は同じビジュアルで色違いの人間が世界に5人はいる立派なモブです。この絵面だけを見たら、たいていの人は勇者様と盗賊風のお姉さんが対立しているところに偶然通りかかってうっかり写りこんだ空気の読めないモブにしか見えないと思います。これ大丈夫かな？　プレイヤーの皆さんが何事かと思う絵面じゃないかな？

　しかし絵面を心配しているのはどうやら私だけのようで、勇者様と盗賊風のお姉さんはそのまま話を進めるではありませんか。おぉい！？　お前ら一応メイン格のキャラなんだから、ユーザーフレンドリーかどうかとか考えて生きようぜ！？　このご時世、CSって重要よ！？

　そんな私の慌てっぷりなど全く気にせずに、盗賊風のお姉さんはニヤニヤと人の悪い笑顔を浮かべて勇者様に話しかけました。

「なんだい、あんたがナンパとは珍しいねぇ。そっちの色ボケはともかく」

「違いますよ」

「色ボケは酷いなー、姐さん」

　からかう気満々の盗賊風のお姉さんの言葉に、眉間に皺を寄せて否定した勇者様とは対照的に、魔法使いのお兄さんはあっはっは、と軽く笑ってみせます。その様子に、ああ、やはり魔法使いのお兄さんは女好きクソ野郎だったのだな、と妙に納得してしまいました。お約束として、勇者様ご一行の中に一人ぐらいはそういう設定の方がいるものです。うむ、王道のキャラクター配置。安定のキャラ設定。安心感パねぇ。

　私がひとり感慨に耽っていると、唐突に身体を後ろに引っ張られました。何事かと慌てて状況を確認すれば、魔法使いのお兄さんが片手で私の肩をつかみ、もう片方の手で勇者様を押しのけています。お？　なんだなんだ？

　私が若干の現実逃避をしている間にも勇者様ご一行の間では話が進んでいたようで、魔法使いのお兄さんは例のゲスい笑顔を浮かべながら、状況をいまいち把握できていない私を、盗賊風のお姉さんの前に押し出しました。

「ほら、姐さん。この子が昨日のダンジョンの原因のお嬢ちゃん」

「おい！」

　魔法使いのお兄さんの一言に、勇者様が思わず声を上げますがお兄さんはどこ吹く風。そっぽを向いて口笛吹きつつ全てを誤魔化しそうな勢いです。対して勇者様は妙に慌てた様子で、再び私と盗賊風のお姉さんとの間に割って入ろうと必死。そんな状況と先程の魔法使いのお兄さんの言葉に、盗賊風のお姉さんが片眉を跳ね上げました。

「はァン？　このお嬢さんがねぇ……」

　盗賊風のお姉さんは片手で勇者様を押し退けると、腰に手を当てて屈みこむように私に顔を近づけました。私の身長は平均よりやや低く、盗賊風のお姉さんは平均よりやや高いようですから屈みこまれるのは別にいいのですが、流石に美人でグラマラスなお姉さんにしげしげと見られると無駄にドキドキしてしまいます。モブキャラなんてそんなにじっくり見るものではないですよお姉さん！　色違いが世界に五人はいるんですよ！　そんなにレアなものじゃないです！　それに屈みこまれるとその素晴らしい胸がより強調されて、女の私ですら胸に目が釘付けです！　勘弁してください！

　またしても私が男子中学生のようなことを考えつつ、その豊かな胸を凝視しておりましたら、盗賊風のお姉さんはぽんと私の肩に手を置きました。ハッとしてお姉さんの顔を見上げると、なんだか恐い笑顔が張り付いています。わぁ、美人ってどんな顔しても美人だけど普通に怖い。

「よし、お嬢さん。ちょっとツラ貸しな」

「姉さん！！」

　なんだか怖い一言を発した盗賊風のお姉さんは、勇者様の制止の声など聞こえぬ様子で、私の首根っこをむんずと掴むと、そのままずるずると路地裏に引きずっていきます。えっ、ちょ、これ何事？　どう考えても路地裏に引っ張りこまれる展開？　な、何故だ！？　私がお姉さんの豊かな胸を凝視していたからか！？

　痴漢で訴訟、という人としてどうかという文字が頭に浮かびますが、ふと別の可能性も思い付きました。ひょっとしてこの盗賊風のお姉さんが勇者様とのラブイベント担当の方なのでしょうか。となれば、もしかしてたまたま勇者様に話し掛けられた私を恋のライバルか何かと勘違いなさっているのでしょうか。え、ひょっとして私、この後引っ張りこまれた路地裏でボコられたりするんですか？　モブがいきがってんじゃねぇよとか言われて。顔はやめろ、ボディにしなとか言われて重いボディーブロー食らうんですか？　マジで？

　そこまで考えて私は我に返りました。そもそも私は盗賊風のお姉さんの恋のライバルなどと、そんな大層なものではありません。ていうかそんなもの心の底から願い下げですよ！？　だいたい私村人Aですよ！？　歴としたモブキャラですよ！？　私が勇者様と恋仲になるなどと、勇者様が許しても私とシナリオライターとゲーム製作スタッフとプレイヤーの皆さんが許すはずがありません！！

「ゆ、勇者様！お兄さん！」

　しかし、私にこの盗賊風のお姉さんを止める力がある筈もなく……。誰かこのお姉さんの誤解を解いてくれ！　と、私は思わず勇者様と魔法使いのお兄さんに向かって手を伸ばしました。勇者様はハッとして咄嗟に私の手をつかもうと一歩踏み出してくれたのですが、それを魔法使いのお兄さんが後ろから羽交い締めにする形で阻止してきます。その上、魔法使いのお兄さんは私に向かって笑顔で手を振ってくるではありませんか。

　チクショー、生きて帰ってきたらあの魔法使い絶対ブン殴ってやるからな！！