シン・カレーライス
綿貫むじな
シン・カレーライス
とにかくおれは電撃的な衝動に襲われた。
カレーが食べたい。
どうしちまったと思うくらいの渇望に襲われている。あの、辛くて、HOTで、アツアツのあいつを口に入れて腹の中に流し込みたいんだ。
クソ暑い最中にクソ熱いカレーを放り込んでハフハフやってスパイスや唐辛子の辛さでもって毛穴をあけて汗をこれでもかというくらい垂れ流した次には水をガブガブと飲んで水分補給して辛さも抑えてまた次のカレーを口に入れる。それこそが今のおれにとっては一番幸せなんだと言う事に気づいてしまったんだからしょうがない。
クソみたいな仕事。さらに残業で疲れが増している所に客先からのクレーム電話にペコペコ応対しなけりゃならない。なんだっておれがそんなことをしなけりゃいけないんだよ。おれはその仕事の担当でもないのに頭を下げて電話して、担当者に連絡してみたらそいつは開き直っているしぶん殴ってやろうかと思った。ぶん殴ってやった。歯が抜けたらしいがそんなの知ったこっちゃねえ。病院に行け。
クソみたいな残業仕事を終わらせたら既に21時を過ぎている。
今の時間までやっている店なんか果たしてあるのだろうかと思うが、とにかく車を走らせるしかない。なんてったっておれはカレーが食べたいんだ。
こんな田舎にはカレーをメインにしている店なんてあまりないが、それでも一縷の望みを掛けて俺はバイパスをぶっとばす。警察が居ても知らねえ。とにかくそれよりもカレーだ。
制限速度よりもはるかにかっ飛ばしながらおれは考えている。
今の時間までやってる店はネパール人が経営するインドカレー屋(字面が矛盾してるがとにかくインドカレー屋だ)か、日本人が経営している焼きカレーライス屋のハッピーカレーか、安さと回転率が売りの月光亭か、あとはチェーン店のKOKO二番屋くらいだ。
まず月光亭は車を置くスペースがないからパス。安くてそこそこ美味いから好きな味ではあるんだがな。
チェーン店はなるべくなら行きたくない。そこはこだわりたい。こだわるのがたぶん男のなんかそう、アレだ。アレなんだ。とにかく最後の最後、選択肢がなくなった時の為の店だ。
となれば、ネパール人が経営するカレー店だ。あそこならまずカレーは旨い。間違いない。現地に寄った味だからちょっと日本人には辛いかもしれないが、いまのおれはその辛さを求めている。
行くぞ。
おれは車のBGMにIN FLAMESのEMBODY THE INVISIBLEを掛けた。
こういう時は全て勢いに任せる。というか騒音でやかましくしないと今にも気が狂いそうだった。全てはストレスのせいだ。あのクソ客とクソのせいだ。クソの山に全部ぶち込んでやりたい。
「死ね!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
そうだおれはいまこそカレーの権化だ!!!
意味が分からない!!? おれにもわかんねえ!! とにかく死ね!!!
ネパール人が経営するカレー屋「パールヴァティ」には車をかっ飛ばしたおかげでおれの職場から10分くらいで着いた。店構えはいかにもインド的な黄色で色付けされた宮殿風味の建物が迎えてくれる。駐車場は他に併設されている店との共用だからそれなりに広かった。
だのに、パールヴァティの前の駐車場だけは車が一つも止まっていない。
どういうことだ?
おれは車を止めて店に近づいた。
店の入り口ドアの目の前まで歩いていくと、ドアに一枚の張り紙がある事に気づいた。つたない日本語の手書きでコピー用紙にセロハンテープでそれは貼られている。
”先日、もうしわけございませんがナンやき用のカマがこわれました。よってしばらくのあいだ店の経営をていしします。カマが入りしだいさいかいします。おきゃくさまにはごめいわくをおかけしますがよろしくおねがいします、いじょ。”
風が吹いてひらひらとたなびくコピー用紙を見ながら、天に向かっておれは叫んだ。
「FUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUCCCKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKK!!」
誰に向かって言うわけでもなかったがもう一度死ねと声高に叫んだらなんか警察が来た。二人組で若いのとおっさん。バディものかてめえら。
怒りを抑えつつ怪しくないですよクスリなんかやってないですよただおれはカレーが食べたいだけなんだよと訴えたらなんかすぐに開放してくれた。カレーキチガイにでも思われたのだろうか?
とにかく次の候補、ハッピーカレーに向かった。ハッピーカレーもこの店からほど近いから行くのはラクだ。迷わずいけよ、いけばわかるさ。ありがとう猪木。
焼きカレーが美味いハッピーカレーに着いた。おれの胃袋もカレーでハッピーにしてくれよと思ってウキウキワクワクでカレー屋に向かおうとするじゃろ? またしてもなんか張り紙が貼ってあるじゃろ? 眺めてみるじゃろ?
"店主が薬物取締法違反によって捕まったのでお店は閉めます。再開するかどうかも不明です。わかり次第、追加でお知らせします。スタッフ一同”
「ファアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアkックkッククウック!!!!!!!」
ここのカレーが美味かったのはコカインかクラックでも入ってたってのか!? コカコーラならぬコカカレーってか?
おれはブラックカレーでも食っていたと言うのだろうか!?
あ、でも店主の身なりがモヒカンで鼻になんかカバーみたいなのつけてたからあながちそれも間違いじゃあないかもしれない。間違いであってほしい。いくら客を呼びたいからといってクスリ漬けにするのは本末転倒じゃあないだろうか。
クスリダメ! 絶対!! シャブ漬けになってた野球選手も言ってました!!
さて、煙草を一本キメて落ち着いた所で、おれはいい加減腹が減っていた。もう腹がうなりを上げるくらい空腹で胃が捻じれそうだ。腹減った。
時間は既に22時を過ぎている。この時間になるとやっている店の方が少ない。都会ならいざ知らず、なんてったって糞田舎。ど田舎。人が少ないと店も少ない。なるほどわかる理屈だわかります。
駅前の方まで行けば夜までやってる飲食店はそこそこあるんだがカレー屋ってのはないんだよ。俺が食いたいのはカレーなんだ。ラーメンじゃあねえ。
ここは涙を飲んで、チェーン店のKOKO二番亭にいく事にした。
何、チェーン店といってもそこそこ美味いしトッピングもつければ今の空腹をも十分に満たす事が出来る量も食べられる。昔に比べれば味も更に良くなったという噂もある。期待し過ぎない程度に期待して、おれは車を走らせた。
そういえば、KOKO二番亭、ここから何分走れば行けるんだっけ?
なんとなくスマホで検索して、一番近くの店の場所を見ておれは三度絶望する。
ここから一時間も車で走らないと、ない。
23時になれば店は閉まる。
行くだけ徒労。無駄の極みだ。
おれは車を途中のコンビニで止め、呻いた。
「カレー、ライス……。カレー……ライス……!!!」
呻いて、ハンドルを叩いて、車をゆする。
おれのこの欲望を満たしてくれる店はもうない。じゃあどうすればいいんだってんだ!!?
おれのカレー欲を満たす何かはないのか!!!!
「あ」
そこではたと気づいた。
目の前に、いくらでもあるじゃないか。
煌々と輝く蛍光灯で照らされた店内に、それはある。
おれは喜び勇んでコンビニの中へと駆け込んでいった。
* * * * *
いま、おれの目の前にはカレーがたくさんある。
湯気をもうもうとたぎらせて、鼻腔を鋭く突きさすようなカレーの芳香が部屋中に漂っている。机の上に、箱型の容器の中にカレーライスらしきものを複数用意した。
それはカレーライスであってカレーライスではない。
カレーメシ。
カレー欲が渦巻く俺の胃袋を収めてくれる唯一の商品だ。
いろんな味の奴をそれぞれひとつずつ買って全部喰う。明日カレー臭いだろうって?そんなの気にしてたら何も食えん。
とにかくおれはいますぐカレーメシで腹を満たしたい。ちゃんと栄養面も考えてトマトジュースも納豆も用意している。あとキャベツの千切り。
おれはスプーンをもち、ざくりとカレーメシの中に突き立ててそれをすくい、おれの口の前にまで持ってくる。
「いただきます!!」
一口食べれば幸せが訪れる。
それがカレーメシだ。
最近はお湯で食べられるものも出たらしい。試してみてはいかがだろうか?
カレーメシを崇め奉りたまえよ?
カレーメシisジャスティス(ジャスティス)
シン・カレーライス 綿貫むじな @DRtanuki
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