Epilogue
終章
「あ、こんなところにいた」
ベネトナッシュ魔導局が管轄する医療施設の最上階。屋上に出られる扉を開けて、そこにいた目的の人物に赤毛の少女――シャノンは声をかける。
「おう、シャノンか」
屋上でひとり佇んでいた少年――ハルライトはシャノンを一瞥する。
「なにしてるの?」
「ここからだと、街がよく見えてさ。ちょっと考え事してたんだ」
眼下に広がるのはベネトナッシュの街並みだ。つい先日の大激闘により、以前の面影はなくなってしまっているが、街の人や魔導司書、司書生の全ての人が手を取り合い、復興の兆しは少しずつ見え始めている。
「ハルが守ったんだよ」
シャノンがそっと隣にきて、同じように街を眺めながら言う。
「今でもちょっと信じられないけど……」
いったい誰が予想できただろうか。もし、過去の自分に伝えることができたら、きっと本当だと思わないだろう。周りから散々諦めろと言われて続けてきた。向いていないと思ったことも、心が折れそうになったことも何度もあった。それでも諦めきれず、足掻き続け、そして護ることができた。ボロボロではあるけれど、だが確かにこの街――ベネトナッシュは今もなお生き続けている。未来に向かって、確実に。
「そういえば、アリシア先生から聞いたよ。卒業できるって」
「アリシア先生とユーファミアさんが学長に直談判したらしい。そのときのユーファミアさんの剣幕は凄まじいものだったってアリシア先生言ってた」
「はは、ユーファミアさんらしいね」
普段から厳しめであるユーファミアの本気で怒った姿など想像もつかない。旧知の間柄であるアリシアが驚くというのだから、きっと相当なものだろうが、率先してその姿を見ようとは思わない。そこまでふたりとも命知らずではないのだ。
「そういえばといえば。お父さんとは折り合いがついたのか?」
入院中、お見舞いに来てくれたシャノンが三日目に警備に来なかった本当の理由を教えてくれた。それは当人以外であるハルライトが関知できることではないし、間に割って入ってどうこうできる問題ではなかった。打ち明けてくれたとき、彼は黙ってシャノンの話を聞いていた。
「折り合いがついたとは言えないけど……でも、ちゃんと会って面と向かって、言いたいこと、思ってること、全部ぶつけてきた。それからは会ってないし、向こうからなにも言ってこないけど」
諦めたのか、呆れたのか。いずれにしても今シャノンが自由にできているのは、それも彼女が戦いの末、掴み取った結果だろう。
「それでこれからどうするんだ?」
「私も魔導司書を目指そうと思う。ハルひとりじゃ危なっかしいし」
「子供扱いするなよ」
「ははは、ごめんごめん。……ハルはこれからどうするの? 魔導司書になるんだよね?」
「そりゃもちろん。でも、もうひとつやりたいことが増えた」
「やりたいこと?」
ハルライトはそばに置いていた魔導書――〝ラプラス〟を空に掲げる。
「俺は俺のやり方で親父を超えてみようと思う。だから、そのために魔導司書になって、色んな場所を見て、経験して、実力をつけたいんだ」
憧れる背中ははるか遠く、目指す頂きは雲よりも高い。
だけど、それでもいつか、その高みへ――。
「何年かかるか分からないけど、だけど必ず成し遂げてみせる。諦めが悪いの俺の取り柄だしな」
最後は自分で言っていて気恥ずかしくなったのか、戯けるようにして言う。
「じゃあ私もついていってあげる。転んだときに手を引いてあげる人が必要でしょ?」
「挫折する前提かよっ!」
「あのー、いい雰囲気のところ申し訳ないんだけど、そろそろこっちの存在にも気づいてほしいなぁ」
突然、背後から聞き慣れた声で呼ばれる。慌てて振り返ると、そこにはアリシアとユーファミアが立っていた。
「探したぞ、ハルライト」
「病院中探し回ってやっと見つけたんだから。まさか屋上にいるとはね」
走って探していたのか、アリシアは額に滲む汗を拭う。対してユーファミアは今日も涼しげな表情をしている。
「さきほど正式に許可が下りた。貴殿を魔導司書補として迎える、と。今日はそれを伝えにきた」
ハルライトは目を丸くする。
「やったじゃん! ハル!」
「私も誇らしいわ、おめでとう」
「最初はどうなるかと思ったが……ともあれ、見事だ」
三人から贈られる賞賛の言葉。やっと念願だった魔導司書への道が開かれたことと、胸の奥から込み上げてくる感情に思わず目頭が熱くなって隠すようにうつむく。それを見て三人は微笑む。
「さて、じゃあ重要なことは伝えたし、早速特訓に移るか」
「えっ!? 早くないですか! もうちょっと感動の余韻に浸らしてくれても」
「そうよ、ユーファ」
「なにを言っているんだ。魔導司書になるなら、今までの倍は特訓しないと話にならんぞ」
「相変わらず、ユーファミアさんはブレないですね」
復興に向けて歩みを続ける街の上。どこまで澄み渡る蒼穹に四人の笑い声が響いていた。
魔導書使いの魔導司書 moai @moai
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