第34頁目

 ハルライトが目を覚ますと、そこは全てが白の世界だった。見たこともない場所だが、不思議と安堵するような温かさがあった。

「ハルライト」

 そのとき、背後からハルライトの名を呼ぶ声がする。その声はどこか懐かしく、優しさのある声だ。声の主を彼は知っていた。遠い過去の記憶の中にその声は今も色褪せることなく、鮮明に色づいている。

「父さん……?」

 見間違うわけもなかった。記憶の中で息づいている父親の姿と重なる。

「お前もこっちに来たのか?」

「こっち? てことはもう俺は……」

 不思議と驚くことはなかった。元々、決死の覚悟で行ったことだ。その結果、命を落とすことになっても、それは当然といえば当然だ。

「そう結論を急ぐな。正確にはまだ死んでない。生死の境をさまよっている。どうするか、全てお前次第だ」

 どうやらまだ死んではいないらしい。では、ここはどこなのか。

「父さん、ここはどこなんだ?」

「ここは全ての存在が生まれ、そして還る場所――〈全知の書庫〉だ」

 演習場でユーファミアが言っていた言葉を思い出す。

「そして、あれがこの場所の中心、核となる存在だ」

 父親が指差す先。そこにあったものはハルライトにとって衝撃的だった。

「〝ベネトナッシュ〟……!」

 一瞬、警戒感を高めるが、すぐにそれが無意味であることを悟る。つい先刻まで世界を破滅の淵にまで追いやった存在は、まるで産まれたての赤子のように胎動を繰り返すだけだ。動くたびにどこからともなくやってきた黄金色の燐光は吸い込まれては消えていく。

「ハルライト、どうしてここにきた? まだお前のような若者がくる場所じゃないだろう」

「ちょっと、色々と無茶をしちゃって……」

 まるで羽目を外しすぎた子供を叱るような、そんなどこにでもあって、けれどもう二度と見られないと思っていた光景だ。

「無茶……か。大方、俺が贈った魔導書でとんでもないことをしたんだろうな」

「でも、そのおかげで見つけることができたんだ。自分にしかできないことを」

「そうか……」

 そう言って父親は安堵したように笑う。

「正直、ハルライトには悪いことをしたと思う。まだ幼いお前を置いて先に逝ってしまったことも、教え込んだ技術も今の魔導司書の常識から大きく外れたものだ。苦労をかけた」

 父親の言葉からは悔恨の念がひしひしと伝わってくる。きっと先に亡くなってからずっと後悔していたのだろう。そんな父親にハルライトは優しい声で己の想いを吐露する。

「確かに苦労したことも、辛かったことも、色んなことがあった。……でも、それがあったから今がある。大切な人に出会えて、尊敬できる人を師事して、自分にしかできないことを全うできた。ありがとう――父さん」

 息子のその笑顔に救われた気がした。自分のやってきたことは無駄ではなかったと。その確信を得ることができた。

「役に立てたか……、よかった。――と、そろそろ時間みたいだな」

「時間?」

 不思議そうに首を傾げるハルライトだが、すぐに己の身体に起きている異変に気づく。徐々に足元から伝ってくるように発光してきている。それは奇しくも今の絶え間なく核に吸い込まれていく黄金色の燐光と同じ色だ。

「言っただろう。まだ死んでないって。俺を見てみろ。全身、黄金色だ」

 言われて気づいた。確かに父親の身体はほのかに光を帯びている。

「その光が全身を包めば、本当にこっち側の人間になるな」

「どうやったら元の世界に戻れるの?」

「簡単な話だ。まだお前が生きたいと思う強い理由を思い出せ。幸い、お前の帰りを待つ友達はまだ諦めていないようだしな」

 頭上のはるか彼方。耳を澄ませば、かすかに聞こえてくる。ユーファミアやアリシア、ともに戦ってくれた仲間たち。そして――シャノンの声が。それさえあれば、どれだけだって生きていける。まだくたばるには早い。

「……父さん、帰る前に最後にひとつだけ。俺は父さんのように強くないし、才能だってない。だから、困ったときにはみんなの手を借りて、助けてくれた力を今度は俺が貸して、俺にしかないできないことをして――違った形で父さんを超えてみせるよ。絶対に」

「お前ならできるよ。なんてたって、自慢の息子だからな。次にこっちにきたときには、是非ともその武勇伝を聞かせてくれ」

 父と子は約束を交わす。その約束を最後にハルライトの意識は遠い彼方に消えていった。

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