都合のいい悪役達

茸桃子

第1話 準備の時間

怖い。怖くない。

それって、いつ、誰が決めるの?



沈黙の霧を旅人達がかきわける。けれども、一向に景色は変わらない。少しずつ膨れ上がる不安。もともと生が存在しない場所。だから余計に不安が増す。全員ではないが。

「...いつもより長くない?」

「なんだお嬢、らしくねえな。」

「まあ、想区によって世界観や広さが異なるし、こういうこともあるんじゃないかな?」

「でも...」

「もしかしてお嬢、怖いのか?」

「別に怖くなんかないわよ!」

「そんなんじゃ、タオ・ファミリーのリーダーにはなれねえぜ?」

「いい加減にして、タオ!いつからあなたがリーダーになったのよ。」

「まあまあ、レイナ落ち着いて。」

「エクス!私がリーダーよね?」

「僕に答求められてもなあ...」

「新人さん。はっきり答えてやってください。じゃないと姉御もタオ兄も...」

前方で何かが光るやいなや、少女は駆け出した。

「シェイン!どこいくの?!」

「全く仕方ねえなぁ。まあ、すぐ戻ってくんだろ。」

タオの言う通り、シェインは、すぐに戻ってきた。スキップをしながら。

「お宝です。めちゃ光ってます!」

爛々と目を輝かせながら、シェインは手のひらの上にある物を見せびらかした。

「あら、随分きれいな懐中時計ね。装飾も細かいわ...あら?」

レイナもとい、お嬢が懐中時計を開いた。

「これ、針が動いてないわ。」

「とすると、作られてから長い間月日が流れてるってことですよね?これは結構な値打ちになるのでは...」

シェインの鼻息が荒くなる。

「え?これ売っちゃうの?」

「まさか。手放す気はありませんよ。」

と、そそくさと自分のポケットに仕舞おうとしたが、

「シェイン、仕舞う前に俺たちにもよく見せてくれよ。霧のせいでよく見えねえ。」

「じゃあ、ちょっとだけ。」

「まって。」

「どうしたんですか?新人さん。あなたも見たいんですか?」

「いや、確かに見たいけど、そうじゃなくて...うわっ!」

突風が、沈黙に相応しくない風が4人を襲う。

「なにこの風?!」

「目があけらんねえ!」

「あ。」

シェインが手を伸ばした時には遅かった。先程まであったお宝は、突風と共に大分遠くに飛ばされてしまっている。

「シェイン、諦めろー!危ないぞ!」

「うう...」

お宝が視界から消え去ると同時に風も去った。4人の旅人を新たな町が出迎えていた。


「お祭りをやってるみたいだね。」

この新たな想区を歩いて分かったこと。

「こんなに栄えている想区なんて初めてだ。」

「ええ...人が沢山!潰されそう!」

「レイナしっかり。」

人波に溺れているレイナをエクスが支えた。

「タオ、さっきからきょろきょろしてるけど...」

「シェインがいないんだよ。どっか行きやがった。」

「あ、本当だ。」

「まったくあの子は、こんな時に...いつヴィランが来てもおかしくないのに。」

「それって。」

「ええ。カオステラーの気配が霧の中にいたときより強い。大事になる前に片付けないと。」

「そうか、じゃあ慎重に行かないと駄目だね。ここの町の人達もお祭り楽しんでいるみたいだし。」

「見つけたぞ!シェイン!」

「え、どこ?!」

「こっちだ!」


タオが二人の手を引き駆け込んだのは、武器屋だった。

「あれ?姉御どうしたんです?」

「どうしたんです?じゃないわよ。心配したのよ。」

「なあ、シェイン何やってたんだ?」

「武器屋の人にこれ見せてもらってたんです。やはり、シェインの勘は外れていませんでした。」

「だからって勝手に行動するなよ。お前が武器とかお宝に目がないのは分かってたつもりだったんだけどな...」

「ごめんなさい。」

「分かりゃかまわねーよ。それより見たことない武器だなあ。レイナやエクスはどうだ?」

二人とも首を横にふった。

「ふっふっふっ...これはですね、『銃』というものです。ここの引き金を引くと鉄の玉が出て、遠くにいる敵もイチコロだそうです。」

「へー。やっぱり人が栄えると物もすごくなるんだな。」


「うわぁーーー!」

タオの感心を妨害するように、外から叫び声があがった。

「まさか!もう?!」

4人が店の外へ飛び出ると、祭りの空気は一辺していた。逃げる人々、はたや...

「く、来るなぁー!」


パンッ!パンッ!


毛並みの赤い狼達を銃で反撃しようとする人々もいる。

「おお!これが『銃声』ですか。」

「感心してる場合じゃないでしょ!」


「ぐわあっ!」

しかし、対抗するも赤い狼にやられていく。


「もお、こんなに早いなんて聞いてないわよ。エクス、私の援護お願い!」

「分かった!」

レイナとエクスが走りながら運命の書を構え、栞を本に挟んだ。するとレイナは片手杖の女性に、エクスは剣をふるう少年に姿を変えた。

「ほら、もう大丈夫よ。」

上品な女性になったレイナが赤い狼にやられた人びとを魔法で治している間、少年になったエクスは剣を振り回し、

「化け物でも巨人でも、かかってきやがれー!」

と、近寄る赤い敵をなぎ倒していた。しかしタオとシェインも負けていない。

「さあ!悲鳴をお聞かせなさい!」

「私の僕になりたいようだな...」

タオは華麗に槍を振り回す美女に。シェインは禍々しい物体を放つ魔女になって攻撃した。言葉も随分攻撃的である。


「これで全員かしら?」

レイナがヒーローもとい、栞の力を使い、負傷者全員の傷を治し終わる頃には、赤い狼達の殆どが倒され、残りは逃げて行った。

「ありがとうございます!ありがとうございます!」

気がつくと4人は大勢の町人に囲まれ、称賛されていた。

「いえいえ、当たり前のことをしたまでですから。」

「いやいや、とてもありがたいことです!もしや、あなた方ストーリーテラー様の使者なのでは!」

「えっ...そんなたいそうなものじゃ...」

じりじりと喜びの視線に、4人は追い詰められる。

「あの!私達先を急ぐので!」

「し、失礼します!」

レイナに続きエクス、タオ、シェインは無理矢理、町人の群れを抜け出した。が、


「使者様ー!」

「なんなんだあいつら?!」

「凄いスピードで追ってきますよ。私達使者なんかじゃないのに。」

「もう、いやあ!」


4人が町人の群れを引き離し、町の外の森へ逃げ切る頃には、赤い夕日が沈みかかっていた。

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