第2話 狩りの時間
「あれ...?もう追ってこないみたいだね。」
4人が振りかえると、そこには誰もいなかった。
「あいつらようやく諦めたか。まったくしつこい奴等だったなぁ。」
やれやれと言いながら、腰を降ろすタオ。その肩はまだ上下している。
「ざ...ざまあ...みなさい!」
そう決め台詞をいい放つも、
「姉御。台詞と表情が一致してないです。」
シェインも相当疲れている様子だが、ご自慢のツッコミの切れ味は変わらない。
「レイナ、休んだほうがいいよ。顔は相当ひきつってるし、足は生まれたての小鹿みたくなってるよ。」
「...そうさせてもらうわ。」
さっきの乱暴な台詞とは逆に上品に、ストンと木の幹に座った。
「はー。町中走り回れば、あの懐中時計は見つかると思ったんですけどね。」
「お前、逃げながら探してたのか?」
「はい。時計が飛んでった方向って、あの町でしたからね。」
彼女はぬかりない。その場にいる全員がそう、思った。
しかし、すぐに顔をはっとする者がいた。
「そうだ、レイナ!カオステラーの気配は?町に来たばかりの時、反応があるって。」
「それなんだけど...。」
疲労で下を向いていた顔が、さらに地面に向いた。
「消えたの。」
「消えたって、どういうことだよ?」
「そのままの意味よ。私達が町でヴィランと戦っている最中は、確かに反応があったの。でも、逃げてる時に段々気配が薄くなって...」
「うーん。気配を消せるカオステラーか。」
空気が重かった。当たり前だ。今まで4人全員が、レイナが感じとるものを頼りにここまできたのだから。その案内役であるレイナの指示が途絶えれば、どう進めばよいか、誰もわからない。
沈んだ空気を破ったのはシェインだった。
「...あの沈黙の霧に入ってから不思議なことばかりですね。」
「ああ。急に突風が吹くわ、見たことのない武器に出会うわ、町人はしつこいほど追いかけてきたしな。」
タオは次々と疑問を挙げていく。
「町の人達、ストーリーテラー『様』って、言ってたね。僕、あそこまでストーリーテラーを祭り上げる人達見たことないよ。」
「ええ...私も。」
「あのー。根本的な話なんですが。」
シェインが、会話の前線に立った。
「そもそも、なんで沈黙の霧に懐中時計が落ちていたんでしょう?」
「誰かが間違えて落としたんじゃねえのか?」
「その可能性はないと思うけどなぁ。」
「正確にはわざと落としたんじゃないかな。」
聞いたことのない声に4人とも固まった。
「なあ、エクス。お前が喋ったか?」
「いや、僕じゃないよ。」
「タオにいでもないですよ。さっきみたいな通るような声じゃありません。」
どや顔で言い切ったシェインだが、
「シェイン...」
やはり兄として、少し傷ついたようだ。
「じゃあ、いったい誰が」
エクスが言い終わるより前に、多分全員がなんとなく浮かんでしまった答を彼女が答えた。
「幽霊...」
ぽそりと、シェインが呟く。
「やめてよ!変な冗談言わないで!」
怯えて詰め寄るレイナだが、
「変だから冗談なのでは~?」
と、余裕で身を引くシェイン。
「やめてやれ。お嬢が泣く。」
「はーい。」
「幽霊扱いは嫌だな。」
2回目の声が4人の背中を貫く。背後から登場したのは、エクスと同じ位の背丈の少年だった。木の影に隠れ、夜になりつつあるせいか、顔はよく見えない。
「君は...」
「君達の言う時計って、これのことかな?」
少年が自身のポケットから取り出したのは見覚えがあるものだった。
「こんな森の入口まで飛ばされていたんですね。」
「それ、お前のか?」
「...今はね。」
『今は』その言葉に引っかからない者はいなかった。
「とりあえず、その時計はあなたに返すとして...疑問があります。」
シェインの目に真剣さが増す。
「貴女は何者ですか?それと、なんでその懐中時計を沈黙の霧に落としたんですか?あと、『今は』ってどういうことですか?」
シェインと少年の距離が縮まる。
「疑問に疑問で返すようで悪いけど、時間がないから言っておくね。」
と言いながら、少年は4人の後ろを指差す。予想外の返答に渋々後ろを向くも、あまりの景色に目を疑った。いつの間にかでていた満月がそれを照らしている。
「なんで、町の明かりが1つもついて無いんだろうね?」
「いつから消えてたんだ...?」
「すこし前までお祭り騒ぎだったのに...」
「音1つ聞こえやしねえ。」
「答は『狼狩』が始まるから!」
突如森の茂みから、青い毛並みの狼が飛び出した。その背中に少年は飛び乗る。
「ヴィラン!?」
「へー。君達は狼のことをそんな風に呼ぶんだね。」
「お前、カオステラー側の人間なのか?」
タオが運命の書を構える。が、少年が乗る狼の尾に奪われてしまった。
「君達、これがないと戦えないんでしょ?」
「おいっ!てめえ!」
「返してください。それはタオにいのものです。貴女の時計は返したんですから。」
「確かに時計は返してもらったね。」
少年は狼から毛を数本引き抜き、ポケットから取り出した何かで、タオの運命の書にそれを張り付けた。
「僕の仲間は返してくれないじゃないか。」
そう呟き、少年は運命の書を乱暴にタオに返した。
「ちょ、なに貼ってやがんだ!」
「狼の毛だけど。」
「んなこと見りゃわかるぜ。」
「それ、精密機械専用の接着剤で張り付けたから、簡単には剥がれないよ。」
「くそっ...なんてこと、しやがる。」
タオが懸命に接着剤を剥がしている最中。その言葉に少年が反応した。
「...やっぱり1度狩られる側になったほうがいいよ。使者さん達は。」
「貴女、もしかして昼間の騒動の...!」
「じゃあ、やっぱりカオステラー側なんだね?」
「言い忘れたけど、カオステラーなんて知らないよ。僕が知ってるのはストーリーテラーだけ。」
そう言い残し闇に溶け込んでいった。
「えっ...!」
急にレイナの表情が強ばる
「どうしたの?」
「今、急に...カオステラーが...」
顔は青くなり、震え、座り込んでしまった。
「怖い!怖い!」
「レイナ!落ち着いて!」
「いや!怖い!」
「見つけたぞー!」
「早くしろ!もう目の前だ!」
遠くから聞こえる声の正体は町の男達だと、すぐにわかった。銃がこちらに向けられているから。
「なんで僕達を狙って...」
「新人さん!とにかく、逃げ...」
パン!
「ぐがっ...」
小さな鉄球は、タオの腕に命中した。遠くで構えられた銃口が月光に照らされ、鋭く光っている。
「いやだ!死にたくない!」
「そんな...タオにい...」
シェインが恐る恐るタオの腕に触れようとした時、
「エクス。レイナとシェイン連れて逃げろ。奴等の狙いは俺だ。」
「でも...!」
「俺は今、狼なんだよ。お願いだ。」
ずるい。卑怯だ。エクスはそう思ったに違いない。そんなに優しく、宥められるように言われたら、言い返せる訳がない。
「分かった。そのかわり、絶対死なないでね!」
エクスはシェインとレイナの手を取った。
「新人さん!離してください!シェインはタオにいの側にいます!」
彼女の目は涙で溢れている。
「駄目だ!一緒に...」
大事な兄から引き剥がす真似はしたくない。だが、町の男達との距離は迫りつつある。
「シェイン!早くいけ!生きるんだ!」
幽霊は存在しないとしても、言霊は存在するらしい。兄の力強い言葉が引き金となり、妹を前へ進ませた。
「いきますよ!新人さん!」
エクスより先に行く姿は、いつもの凛々しい彼女だった。
「ありがとう、シェイン!」
「...私も目が覚めたわ...」
「レイナ、元に戻ったんだね!」
「喜んでくれるのは嬉しいけど...」
ガサッ!ガサガサッ!
「クルゥ...!」
小人のヴィランの爪が3人に襲いかかる。が、ギリギリでかわすことができた。
「『このヴィラン』を倒してからにして。」
「ああ、分かってるさ!」
「タオにい、そして皆さんを守るためです...ぶっ飛ばしていきますよ。」
3人は運命の書を開く。真っ白な頁。定められていない運命。だからこそ、守りたいときに守りたいものを守れるのではないか、とエクスは感じた。
栞を挟む。それぞれは月に劣らないほど、まぶしい光に包まれた。
一人の『狼』は遠くにその光をみながら、確かに、大地を蹴っていた。
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