第3話 秘密の時間
黒に一筋の光が差し込む。それは徐々に広がっていく。気がつけば朝だった。皆は、まだ眠っている。
「昨日のは、一体・・・」
1人考えるエクス。しかし答えは一向に出ない。
「なんで、あの子が・・・」
きちんと手当され、寝息をたてているタオを見てそう思う。
昨晩は『狼狩』と『少年』に巻き込まれ、必死に逃げ回った。なんとか男達の目を騙し、この
「うん・・・」
のそりと起きたのはレイナだった。
「おはよう。レイナ。」
「・・・おはよう。」
近くで落ちている滝の音が空気を圧迫しているように感じた。
「昨日はごめんなさい。いきなり取り乱して。」
「平気だよ。それより、今は大丈夫なの?」
ええ。と、はっきり返すも、瞳はまだ沈んでいる。
「私も大丈夫だし、まだカオステラーの気配もしないわ。」
いつもなら、自信を持って答えるのに。らしくない。なんて返せる訳がなかった。
「・・・そっか。ありがとう。」
結局無難な返事。きっとヒーローなら気の利いた言葉を返せるだろうに。
滝のせいか、2人の思考のせいか、周りの湿度は上がっていく。
「朝から湿度高いぜ。お2人さん。」
カラッと笑いながらタオが身を起こした。
「タオいつの間に!怪我は?」
「まだ少し痛むが、まったく動かせねぇってわけでもねえな。誰かさんの手当のおかげだな。」
笑いながら話してくれる所に申し訳ないと思うが、やはり言わなくてはならない。そう、エクスが決心した時、
「俺知ってるぞ。誰が手当してくれたか。アイツだろ。狼野郎。」
不安が一気に崩れ落ちた。レイナも驚いたようだ。別の意味で。
「その様子だと、エクスは見たんだな。お嬢は・・・」
「その、レイナはここにきてすぐ寝ちゃったから。」
「嘘?!」
「まじか、お嬢らしいな。そんなんだったら、心配する必要なかったかもな。」
視線も言葉も上から目線で、彼はにんまりと笑う。
「なによ、タオのくせに!あ〜もう!昨日の私のバカ!」
お嬢様らしからぬ、地団駄を踏むレイナ。お嬢様らしくない、いつものレイナ。さっき自分にできなかったことをすんなりとやり遂げてしまうタオは本当に凄い。
「まあ、俺もびっくりしたぜ。確か、明け方ぐらいだったかな?気がついたらここに運ばれててよ、手当までされてたんだ。最初はだれか分からなかったけどよ、首に懐中時計が引っかかってて、すぐにアイツだと分かった。」
「僕はあの子がタオの手当をしてから去って行くのを見た。びっくりしたけど、気づかれちゃまずいと思って、寝たふりしてたんだ。」
なるほどね。と言いながらレイナは頷く。
「そうだ、これは2人も知らねぇはずだ。アイツ去り際にこんなもの残して行きやがった。」
タオが自分の手の平を広げると、紙切れがあった。
「ごめんなさい。そして、ありがとう。」
「今更謝ったとしても・・・」
レイナが頬を膨らませた時だった。
「・・・タオ兄・・・?タオ兄!」
シェインがタオの存在を即座に感じ取った。余程嬉しかったのだろう、彼女が目覚めの一歩を踏み出したそのとき、
ガコン!・・・ドサッ
いきなり現れた穴に落ちて行った。
「シェイーン!大丈夫かー?」
大丈夫でーす!と暢気な声が聞こえ一同は胸をおろした。
「なんで祠の床に穴があるのかしら。」
「隠し部屋とか?ちょっと夢あるよね。」
「なんだよエクス・・・そのロマン溢れる響きの言葉は!」
次の瞬間、彼は地上にいなかった。
「ぼ、僕たちも行こうか。」
「そうね・・・まったくしょうがないんだから。」
地下特有のじめじめとした空気がそれぞれの鼻を通り抜けている。普通なら不快を感じる所だが、今の彼らにそれは通じないだろう。
「なにこれ・・・」
見渡す限り、本。この場の空気と古書の匂いが混じり合い、独特の雰囲気が醸し出されている。だが、異質を放つ一角があった。祖末だが丈夫な木の机にそっと置かれているのは、
「時計だね。道具なんかもたくさんある。」
小さなボルトに、虫眼鏡。見ているだけで疲れそうな道具達。手にとってみると、あまりよくない感触がエクスを襲った。
「これ、所々ベトベトしてる。なんでだろう?」
「油じゃないかしら。時計は、時々油を注さないと部品同士の擦れ具合が悪くなるって聞いた事あるわ。」
「なるほど。」
納得する傍らで、とある謎が生まれていた。
「シェイン、それ何の本だ?」
「日記です。『狼様が田畑を守ってくれた。』『狼様のおかげで狩りが順調に進んだ』なんて書いてあります。」
3人共、シェインを凝視した。真逆。まさに真逆なのである。彼女はゆっくりと読み進める。
「『運命の書を授かりに、ストーリーテラーの元に行く道中に、狼様がついて来てくださった。これでワシも安心。孫は一生狼様の加護を受けるだろう。』・・・ここからページが切れてます。続きは・・・」
全員が日記の世界に飲み込まれていた。一度飛び込んだら、なかなか抜け出せない。
「『孫よ。ワシがしがない、ただの時計屋ですまなかった。どうもお前を守れそうにない。時が戻ればよいのに・・・愛するマックスよ、狼様はいつでもお前を守ってくれるはずだ。』終わりです。」
彼らを世界から引きずりだしたのはシェインの声ではなかった。突如、頭上から獣の唸りが、4人の頭に突き刺さる。声の正体はわざわざ見上げなくても分かる。
昨晩体験した、追いつめられる側の恐怖が、体を支配している。
「やっぱり、皆にとって狼さんは怖いヤツじゃないとね。」
張りつめた空気に似合わない幼い少女の声。それを合図に一斉に赤い狼達が降ってきた。
「ほら、そこよく見て。出口の階段があるよ?逃げなくていいのかなぁ。」
4人の体は、既に出口に向いていた。はてしなく続く廊下・・・階段・・・『逃げてみろ』と催促する赤い恐怖に怯えながらも、彼らは栞を手にしていた。
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