第4話 本音の時間

 迫り来るヴィラン達を振り切り、頭上の扉を思い切り押し開ける。破壊音と共に、4人は地上へ飛び出た。4つの鈍い音が地面に響く。地下からも獣達のうなり声が響いている。体の大きい彼等はこの出口を通り抜けられず、獲物を目の前ににして去っていった。

「出口が狭くて助かった...」

「俺は結構ギリギリだったぜ。」

安心したのもつかの間。少し遠くで獣達が何かと争う声が響いた。次第に近づく不気味な足音。現れたのは、先程と同じ種族の赤い狼達と、もはや見慣れたヴィラン達だった。

「勘弁してくれよ。」

「ヴィラン達には勘弁もなにもないのよ。」

1度緩くなった緊張が、もう1度張つめる。しかし、彼等をもっと緊張させる光景が登場した。ボロボロになった例の少年が、赤い狼にくわえられ、そして乱暴に地面に落とされた。

「あの人は狼の仲間なんじゃ...」

「とにかく助けるぞ。」

そう強く、真っ直ぐ言い放ったのはタオだった。

「そうですね。あの人は許せない反面、聞きたいことがありますし。」

4人は運命の書を構え栞を挟み、じりじりと迫り来る敵を鋭い目で見据えた。

シェインはすぐさまヒーローに変身をとげ、適中に飛び込んでいた。後の3人もそれに続く。

少年が、彼に似合わない赤を吐きながらつぶやいた。

「こんなはずじゃなかったのに。」


狼達が諦めて逃げていった直後だった。

「やっぱり。」

調律の巫女であるレイナが、少年を治癒しながら何かを確信したようだ。

「敵が出現するのと、ほぼ同時にカオステラーの気配も高まる。敵が消えれば、カオステラーの気配も薄まる。」

「じゃあ、ここのストーリーテラーはカオステラーっていうやつなんだ。」

少年の思いもよらぬ言葉にすぐさま反応したのはタオだ。

「まて、ここのストーリーテラーってどんなヤツだ?」

少年は首を必死に横に振る。ずっと深く被っていたフードがするりと落ちた。少し長く伸びた前髪の隙間から伺える目が、絶対に言えないと、こちらに訴えかけている。体ごと揺らしたせいか負傷した自分に響いたようだ。顔を歪める彼に、エクスが目線を合わせてこう言った。

「じゃあ、懐中時計をつけてない理由と君の仲間であるはずの狼にボロボロにされた理由を教えてくれないかな。・・・マックス。」

エクスが優しく問いかける。少年は参ったという顔をした。

「どこで僕の名前を知ったの?」

「偶然、祠に入ったんだ。そこで君のおじいさんの日記を読ませてもらったよ。マックスが狼の味方なのは、おじいさんの教育の賜物だったんだね。」

マックスは祠がある方角を見つめながら、懐かしそうに言葉を紡ぐ。

「じいちゃんは、ただの時計職人だったけど本来の狼を教えてくれた。狼は狩猟民族の崇拝の対象だし、畑を荒らす動物を追い払ってくれるし。信頼が得られれば、夜道も守ってくれるよ。だから・・・」

彼の視線は、赤い狼たちによって傷つけられた腕に動く。

「攻撃されない限り、人を襲うなんてことないのに。」

「じゃあ、時計も狼達に奪われたんだね。」

静かに頷く。どうも、彼が嘘を言っているようには思えなかった。しかし、シェインは疑いの目を向ける。

「そもそも本当にこの人がマックスなんですか?狼は人を襲わないんでしょ?じゃあ、なんで昨日の夜、人であるタオ兄に殺すも同然のことしたんですか。」

「いや、本当にマックスだと思うよ。そうすれば、この子が接着剤を持っていた事も合点がいく。」

レイナは何かを思い出したようだ。

「もしかして、エクスが触った時計の修理道具のべたつきって!」

「うん。油じゃなくてマックスが持ってた接着剤なんだと思う。だって時計職人の孫でしょ。だったら精密機械の接着剤を持ってても変じゃない。道具も年期は入ってたけど、ホコリ一つ被ってなかった。」

完全とはいかないが、シェインも納得したようだ。が腑に落ちない表情をしている。そんな横顔をちらっと見たタオはこう言った。

「なあ、マックス。お前カオステラーに騙されてたんだろ。だとしても、好きなヤツを悪人て言われたら、そりゃ怒るよな。ごめんな。」

優しい微笑みがマックスを包む。耐えきれず、彼の琥珀色の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。彼が懺悔の言葉を発しようとしたときだった。


「あのさあ。狼に涙なんて似合わないから。冷酷さが一番ぴったりだから。」

5人を襲ったのは聞き覚えのある少女の声。一番最初に感じ取ったのはレイナだった。そして、どこからとも無くそれは現れた。赤いずきんからの鋭い眼光と可愛らしい服とは不釣り合いな獣の手足。全員が見覚えがあった。

「嘘・・・。調律したのに、なんであなたが!」

暴走したストーリーテラーはカオステラーとなる。そのカオステラーは自身の想区のヒーローや役割をもつ人間に憑依する。レイナが時折感じとっていたカオステラーの正体は以前の想区で出会った、毒された赤ずきんだった。

「マックス、君はもうちょっと使えると思ったけどね。」

そういって取り出したのは、鎖が切れた懐中時計だ。もちろん初めて見る訳ではない。が、ここからは未体験だった。彼女が時計を空に掲げると針は急速に動き出す。それに合わせて空の色も次第に変わる。辺りは真っ黒な水をぶちまけたような空へと変貌した。

「仕方ないから、私の僕として生かしてあげるね。それと・・・」

遠くから聞こえる銃声。狼達を追いつめる男達の叫び声が、そして空に現れた満月がマックスを襲った。

満月が奇麗でしょ!」

「そんな・・・嫌だ!もう、あんな、自分が消えるみたいな!」

必死に自分の中の何かを押さえるマックス。でも、4人はそれが何かは分からない。

「マックス!」

タオの呼びかけを払いのけ、なんの叫び声かわからないモノをあげながら、森の奥に去っていった。

「あれぇ?失敗しちゃった。ここでマックスが襲うはずだし、それに。」

赤ずきんはレイナにこれでもかという位に近づく。まるで獣の威嚇のようだ。

「なんで調律の巫女さんは怖がらないの?前は私が気配出しただけで怖がってたのに。魔法がとけちゃったかなあ。」

「可笑しいと思ったわ。気配を感じ取った位で怯えるなんて。私達を阻むためね。最悪。」

レイナの髪を小さな何かがすり抜ける。ズドンと、偶々レイナの真横にあった木に銃弾があたる。

「あまり私の癇に障ること言っちゃうと、私の僕がただじゃすまないよ。あんた弱そうだし。」

冷や汗が伝う。改めて狩られる側の立場を知る。

「もう、我慢できねえ!」

狩りとる者達を最初に振り切ったのはタオだった。向かった先は言うまでもない。

「どうぞ?行きたきゃ行けば?死んでも知らないけど。」

赤ずきんは随分すんなりと道をあけた。残りの者達は道が空くのを待たずに駆け出した。赤ずきんは彼らを見つめた後、少し遠くにいる自分の僕を見下しながらこう言った。

「あの人達もそうだけど、やっぱり男は単純なほうが扱いやすいなぁ。」







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