第5話 最後の時間

 4人の旅人が月光に照らされながら森の奥へと吸い込まれるように駆けていく。背後に迫りくるは赤ずきんの僕と化した男達と赤い狼達。男達は自分達の目の前に赤い狼がいるにも関わらず仕留めようとはしない。「狼狩」の標的は言うまでもなかった。

「町の人達は赤ずきんに操られていたのか...!」

「しかも、男性だけ。赤ずきんの男を、憎む気持ちの現れですね。」

シェインが冷静に解説するも、そんな悠長な時間はない。遠くで狼の遠吠えが響く。誰もが「まさか。」と最悪の事態を予想する。前方も後方も時間との闘いだった。その時だった。

「ガルッ!」

空気を切り裂くように青い狼が4人の目の前を通りすぎ、後方へと去っていく。

「ぅおっと!」

タオが通りすがりの狼とぶつかる。直後に彼の運命の書に張り付いていた狼の毛が剥がれ落ちる。

「まじかよ...」

「もしかして。」

エクスがちらっと振りかえると、青と赤が激しくぶつかり合っていた。両者は一方も引かない。

「助けてくれたのかな?」

「よく分かんねえけど、ありがてえ!」

4人と赤の距離が次第に伸びていった。


森を抜けるとそこには神殿が鎮座していた。運命の書を型どった石盤や、バラバラに破壊された石像らしきものがあった。けど、それ以外は何もない。

「マックスは?もしかして、まだ森の中とか?」

「まって!何かいる。」

そうして、ゆっくりと何かがこちらに近づいてくる。時に眼光をこちらに向け、時に倒れ、もがき後退しようとする。夜に溶け込むような藍色の毛並みに琥珀色の目玉が2つ。手足はには鋭い爪が伸び、身につけているズボンから尻尾が生えようとしている。

「マックスか?マックスだよな!?」

狼のような姿に成り果てたマックスを目前に4人は驚きを隠せなかった。

「じゃあ、さっきの遠吠えは何かにやられたんじゃなくて、マックスの声だったのか。」

4人は狼をじりじりと追い詰める。でも、それは恐る恐る。どちらが狩るのか狩られるのかは分からなかった。

「こないで!」

地面に爪をたて踏ん張るマックスが吠えるように叫んだ。

「狼に、なったら...僕は、あの人の言いなり...に...そしたら...マタ...」

マックスの毛が一気に狼らしくなる。

「ニンゲンヲコロセル!」

突風のような爪の攻撃が旅人達を襲う。我に帰る頃には遅かった。自身の前足にわざと噛みつき、痛みによってマックスを保っている。そんな緊張した空気をぶち壊す赤色がやってきた。


 「ねぇ。もう諦めなよ。目の前の奴等を倒せば、狼が神様の世界が創れるんだよ?昔に戻れるよ?」

「グガッ!」

「違う」とい言いたいのだろう。噛む力がいっそう強まり、流れる赤色の量が増える。

「おじいちゃんや自分が異端者なんて呼ばれて悔しかったでしょ?あそこのストーリーテラーの石像も自分で壊したもんね。」

「グガァッ!」

マックスの意志は固かった。しかし、自分を痛め付けることでしか、マックスでいられなかった。

「おじいちゃんを殺した町の人達憎いよね。悪者だよね。」

噛み付きながらも、必死に首を振った。しかし、我慢の限界だった。


「皆!僕を!」

「だからさ人間全部」


「「コロセェ!」」


その言葉はマックスが完全に狼になった瞬間だった。人間らしさはどこにも存在しない。

「こうなったらどうしようもないわね。」

「ごめん!マックス。」


4人は狼を狩りはじめた。スタートの合図は銃声ではなく、彼等のもつ運命の書が開く音だった。数でいえば4人が有利だが、相手は野生化した狼。脅威の身体能力に簡単には勝てない。防御で手一杯な最中、狼だった男が声をあげる。

「マックス!」

タオの呼び掛けに一瞬、狼からマックスに戻った。それを見逃す者はいない。4人は次々と攻撃を繰り出すことに成功し、狼の体が大きく宙に舞った。

「誰が悪者とか敵とかは関係ねえ!だから!」

タオの言葉はどんな必殺技よりも強力だった。狼の鋭い眼光に人間らしさが段々と加わり始める。タオがヒーローの姿を解き、本来の容姿に戻り、マックスの懐へ思い切り飛び込み、

「安心しろ!」

タオの力強い拳がマックスの身体中に衝撃を与える。直後に大きな音をたてて倒れた。


「あのねえ。これくらじゃ、この狼は。」

カオステラーが見せた隙を、今度はマックスが逃さなかった。がぶりと、大きな口で赤ずきんに噛みついた。下品な叫び声がこだまする。そして、静かに懐中時計が地面に落ちた。それにカオステラーが手を伸ばした。

「うぅっ...戻って体制を...」

「させない!」

レイナが素早くヒーローになり、魔法で気を失わせた。

「ふっ。覚えときなさいって、言っといてよかったわ。皆、始めていいわよね?調律。」


全員が頷く。そして、レイナはいつものように手を前にかざし、調律を開始した。カオステラーは光に包まれもとの可愛らしい赤ずきんの姿へ戻った。直後、その赤ずきんは消えていった。マックスは人の姿へと戻った。


「戻れた...」

「よかった。狼の姿になってしまうのもカオステラーのせいだったんだね。」

「うん。」

マックスがタオを真っ直ぐな瞳で見つめる。

「誰が悪役かなんて関係ないってどういうこと?」

「いや、狼だからって必ずしも害をなすわけじゃねえって分かったしな。周りに決められた固定概念なんて関係ねえよ。」

「...ありがとう。やっぱり君たちに助けを呼んで正解だったよ。」

「ちょっと待ってください。いつですかそれ?」

「そうだ、思い出した!」

エクスがいきなり声をあげる。

「シェインが懐中時計を拾ってきて、僕が触ろうとしたら『助けて』って聞こえた。」

「ちょっと、なんで言わなかったの?!そんな、不思議なこと。」

「いや、その後すぐに、あのすごい風が吹いてきたし。町に入った後はシェイン探しで忙しかったし。」

「そっかあ。僕の声ちゃんと届いてたんだ。やっぱり駄目元でやってみるもんだね。あいつから時計を奪い返して正解だったよ。」

そんな和やかな談笑を破壊するように、大きな地響きがなる。遠くで、祠の滝が決壊しているのが見えた。自分達が今いる所が丘になってるせいか、下に見える町が水に飲み込まれていくのが分かる。

「な、なんで急に。」

「なんでって、想区の主であるストーリーテラーはいないし、その代わりになれるカオステラーとやらもいなくなった。主のいない想区なんて誰がコントロールするの?」 

「そういえば、なんで赤ずきんは消えたの?普通ならカオステラーのみ消滅するはず。」

「この時代の人じゃないよ。」

そういってマックスは懐中時計を手にした。

「これ、じいちゃんの『昔に戻れたら』っていう念がこもりすぎたみたいでさ、時を遡れるみたいなんだよね。つまり、あの赤ずきんは別の時代からきたってわけ。なんで来たのかは知らないけど。」

凄まじい濁流を背後に4人は開いた口が塞がらなかった。それをマックスは無視して神殿の石盤に近づく。


「そうだ!町の人達は。」

「『いきすぎた文明は、いつか崩壊する。』多分、今を指すと思うんだ。」


なんとも言い返せない。運命であろう事に逆らえば何がおこるかは分からない。


「愚かでしょ。分かってて皆、前に進んでくんだよ。まあ、ストーリーテラーを信じる心が強かったせいだと思うけどね。なんとかしてくれるって思ってたんじゃない?」


マックスのゆっくりした動作とは裏腹に、すぐそこまで水は来ていた。


「さあ、君達は帰るんだ。もとの時間に。」

いつの間にか、4人の手には懐中時計が握られていた。身に覚えのある突風が

旅人達を包み込んだ。

「待て!マックス!」

辺りの景色が風で揉み消されるなか、遠くで彼の声が、僅かに聞こえた。


「ありがとう。悪役が何かがよく分かったよ。」


少年が思う「悪役」がどんなものか、少年の助けを求める声が何故彼等に届いたのか、狼を信仰していた人間達が何故狼を嫌いストーリーテラーを信仰するようになったのか、張本人が今ここにいない以上確かめようがない。ただし、この一言で全て片付くだろう。


彼等が空白の書をもつ人間だったから。


運命を与えられてない人間こそ、突拍子の無いことをしでかす。


狼だから悪役。

賛同の声なんてあるはずない。

狼は昔から祭られているから神様。


そんな、根拠のない概念を打ち砕くことで、彼等自身が彼等の運命を創りあげたのではないだろうか。それが完璧でなく、かつ悲惨な終わり方だとしても。



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都合のいい悪役達 茸桃子 @kinoko

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