十四品目:ベヒモスのハンバーグ(前編)

オルフェ魔窟。

 見た目は何も変哲もない洞窟だが、洞窟の中は入り組んでおり、無数のモンスターが住み着いている。モンスター同士で殺し合いをしており、洞窟の中は常に血と瘴気で充満している。

 その危険性からオルフェ魔窟はAランク以上の冒険者でなければ入ることができない。

 オスカーは冒険者ギルド【翼竜の鉤爪】のギルドマスター、リリアナの許可を得て、オルフェ魔窟を訪れていた。リリアナによるとオルフェ魔窟のモンスターが活発化しており、洞窟を出て周辺の村や町をおそっているという報告を受けているようだ。

 Aランク、Sランク冒険者パーティーは【悪角のリドルゥ】の討伐準備で手薄になっているため、自由に動けるオスカーが抜擢された。

 オスカーは洞窟内を探索しているが、違和感があった。


……モンスターが死骸が多いな。しかも食い荒らされた形跡があるな。


 近くに転がっていたモンスターの死骸に近づき、観察すると時間が経過しており、腐りかけていたが腹を食いちぎられ、内臓が飛び出ていた。死骸の近くには鋭い爪の足跡が残っていた。


この足跡は……。


 オスカーは周辺を警戒しながら洞窟の奥へ進んでいく。奥に進むにつれてモンスターの死骸の数も増えていく。強烈な腐敗臭が充満する中、オスカーは警戒を緩めない。

 洞窟の最深部に到着するとオスカーはその光景に驚愕した。モンスターの死骸の山になっており、その上に巨大なモンスターが座り込んでいた。驚いたのは、その死骸の山だった。死骸の山の中にワイバーンが混ざっていたことだ。


…………なぜ、ワイバーンがこの魔窟に? ……さっきの足跡はやはりワイバーンの……。


 死骸の山に座り込んでいたモンスターはオスカーに気が付くと、ゆっくりと降りてきた。そのモンスターは荒い鼻息でオスカーを睨みつける。


「…………ベヒモス……」


 ベヒモス。

 オルフェ魔窟の主。固い皮膚でどんな攻撃も防ぎ、またその皮膚は魔力を受け流す性質を持っていることから【魔女殺し】と恐れられている。額についている鋭い角で敵を突き刺す。

 ベヒモスはオスカー目掛けて突っ込んできた。鋭い角が目の前に迫って来た。


「っ!!」


 オスカーはバスタードソードを構えて、ベヒモスの突進を受け止める。しかし、凄まじい突進で、オスカーは受け止めきれず後方に吹き飛ばされる。空中で体制を整えながら着地する。

 ベヒモスは咆哮を上げると、再び突進してきた。


あの突進は脅威だが……基本、直進のみ。


 オスカーは背後の壁の方を向き、跳躍しながら壁を蹴り上げる。蹴った反動で弧を描くように宙を舞う。突進してきたベヒモスは壁に激突する。壁に大きな亀裂が入り、突進の威力を物語っていた。

 宙を舞っているオスカーは体を回転させながらバスタードソードを振るう。しかし、ベヒモスの固い皮膚で攻撃が弾かれてしまう。


……サンドワームよりも固いッ!!


 ベヒモスの背後に回り、バスタードソードを構える。ベヒモスは壁に突き刺さった角を引き抜き、オスカーの方を睨む。


…………新しい武器はおそらく効かないだろうな……。


 オスカーは姿勢を低くし、次の攻撃へ繋げる。ベヒモスは興奮しながら再び突進する。オスカーも同時に突っ込んだ。姿勢を低くしながら剣を下ろす。ベヒモスとオスカーが衝突する寸前で、オスカーはスライディングしながらベヒモスの下に潜り込む。そして、通り過ぎると同時にベヒモスの足にバスタードソードを叩きつける。

 バスタードソードの真価を発揮するのは地面に降りて両手で使う時であり、両手使用すれば鎧を叩き壊したり、骨折させることもできたとされている。つまり、切りつけるだけではなく、物理攻撃も可能である。オスカーはバスタードソードを叩きつけることで、ベヒモスはバランスを崩して倒れ込んだ。

 ベヒモスは土煙を巻き上げながら倒れた。土煙で姿が確認できず、オスカーはバスタードソードを構えながら様子を窺う。

 土煙が晴れると同時にベヒモスが突進してくる。


転ばしてもダメージは軽傷か……だが、切るよりもダメージは与えられているな。

これを続けるか……いや……。


 オスカーは転がるようにベヒモスの突進を回避する。攻撃をかわされたベヒモスは旋回しながら、再び突進してくる。オスカーはポーチから鋼製のロープを取り出す。鋼製のロープの先端を輪っかにしながらロープを構える。オスカーは跳躍しながらロープの輪っかをベヒモスの首に括り付ける。

 そのまま、ベヒモスの背に跨り、ロープを締め上げる。ベヒモスの首は括り付けられたロープが締め付けられる。首が締まったベヒモスはもがき苦しみながら、オスカーを振り落とそうと暴れまわる。

 オスカーは振り下ろされないようにしがみ付きながらロープを締め上げ続ける。


くっ……思っていた以上にキツイな。

俺の体力か……コイツの息の根が止まるのが先か……。


 思いっきりロープを締め上げる。ベヒモスは息が荒々しくなり、身体をふらつかせている。自らの身体を岩や壁にぶつけ、オスカーを振り下ろそうとする。

 オスカーは振り落とされそうになるのを耐えながら、力を振り絞りながら締め上げる力を強くする。ベヒモスは次第に動けなくなり、地面に倒れ込む。ヒューヒューと息を吐きながら、動きが鈍くなっていく。オスカーはベヒモスから降りて、バスタードソードを振り上げた。

 オスカーはベヒモスの首の関節、目掛けて剣を突き察した。関節部分は他の皮膚よりも柔らかく、少し力を入れるだけで突き刺すことができた。

 ベヒモスは口から血を吐き出し、絶命した。


「…………ふぅ……」


 オスカーは安堵のため息を漏らしながら、バスタードソードを鞘に戻した。オスカーはベヒモスの死体を尻目に、死骸の山を確認する。

 少なくても五体のワイバーンの死骸が転がっていた。


……ワイバーンが……この魔窟を襲い、ベヒモスが返り討ちにしたのか……。

襲い掛かって来たワイバーンの影響で中のモンスター達が……外に出たのか……。

このワイバーンはおそらく、【悪角のリドルゥ】からの刺客だろ……。

だが、なぜ【悪角のリドルゥ】はこの魔窟に? この死骸の腐食具合を見ると数か月前のことか……俺が【悪角のリドルゥ】と戦う前か?


 オスカーは辺りを見回す。するとベヒモスとの戦闘で亀裂が入っていた壁が崩れ落ちる。オスカーはバスタードソードに手を置き、いつでも抜けるようにする。

 崩れた拍子に土煙が舞い、オスカーは土煙を手で払うと崩れた壁の先は空洞になっていた。オスカーは警戒しながらも空洞の中へ進む。空洞の奥に進むと、そこには一つの影があった。

 オスカーはバスタードソードを抜き、剣を構える。しかし、影はまったく動く気配がなかった。オスカーはバスタードソードを構えながら影を確認すると、そこには一体のワイバーン死体が横たわっていた。ワイバーンの死体の周辺には粉々に崩れた卵の殻が転がっていた。


「こ、これは……ワイバーンの母体か?」


 オスカーはその死体と転がっている卵の殻を見て、一つの推測が浮かび上がる。


「なぜ、【悪角のリドルゥ】がワイバーンの群れを統括していたのか不思議に思っていた……この死体と【悪角のリドルゥ】はつがい…………あのワイバーンの群れは【悪角のリドルゥ】の子か!?」


だが、ベヒモスとは敵対していたようだ。【悪角のリドルゥ】は奴らに隠れてどうやって繁殖を?


 オスカーが考え事をしていると僅かに水の音が聞こえる。オスカーは地面に伏せて水の音がどこから聞こえるか確認する。水は地下に流れているようだった。


「もしかしたら……」


 オスカーはバスタードソードを鞘に入れた状態のまま持ち、地面を叩く。すると、他の地面とは異なる軽い音が聞こえた。オスカーはそのままバスタードソードから鞘を抜き、剣を地面に突き刺した。

 すると地面が崩れ、地面に大きな穴が現れた。穴を覗き込むと地下水が流れていた。


「そうか……この地下水から行き来していたのか」


このことをギルドに伝えなければ……。


 オスカーはベヒモスを解体し、オルフェ魔窟を後にした。




冒険者ギルド【翼竜の鉤爪】。

 冒険者ギルドは今、大慌てだった。ギルドの職員がギルド内を駆け回っている。リリアナはカウンターの奥で指示を飛ばしている。


「早く資料をかき集めんか!!」

「伝達魔法で王国にも報告を飛ばせ!!」

「魔法研究局にもだ!!」


 リリアナの前に大量の資料と地図が並べられた。


「理由は分からんが【悪角のリドルゥ】の目的はドラゴン! しかも強力な別称個体じゃ!」

「現在、発見されている別称個体のドラゴンは全部で七体。討伐されたのは三体。内一体は【白き狼騎士ベオウルフ】が倒した【氷白竜サバートラム】。二体は【悪角のリドルゥ】が捕食した【地脈竜ガバナティ】と【風鎌竜ネビルシュート】です」


 職員の一人が次々と地図に丸を付けていく。


「もし、【悪角のリドルゥ】が別称個体のドラゴンの捕食なら……」

「っ!! 誰か【白き狼騎士】が受けた依頼を確認するんじゃ」

「は、はい」


 リベットは依頼書の束を確認し、一枚の依頼書をリリアナに差し出した。


「う、受けた依頼は…………別称個体のドラゴン【溶岩竜マグナニス】です!!」

「場所は!?」

「北東部のメテオラ鉱山です!!」

「っ!! 急いでこのことを【白き狼騎士】に伝えるのじゃ!! 今、【白き狼騎士】を失うわけにはいかん!!」

「は、はい!!」

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孤高の鉄剣士はグルメの為に冒険する 七倉八城 @hiro-hatsune

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