アンドロイド

マルフジ

アンドロイド

 01


 俺はいつものように慣れた手つきで男の体をメスで開いた。そして、その開かれた胸から心臓を摘出した。だが、その男から摘出された心臓は金属でできていた。そう、この一見普通の人間と何ら変わりない男はアンドロイドなのだ。

 人間型アンドロイドが売り出され、街に現れ始めたころは金属の骨格がむき出しのまま町を歩き、人間の横で仕事をしていたのを覚えている。

 だが、人というものは自分たちと外見が大きく異なるものを嫌悪する傾向にあるらしく、アンドロイドを自分たちに似せるための努力を続けた。その結果、人工筋肉と人工皮膚などの開発によって、僅か20年足らずでアンドロイド達はもはや人間とまったく見分けのつかないようになった。

 人間が人間を修理するように、俺はアンドロイドを修理するのが仕事だ。アンドロイドがアンドロイドを自ら修理するのは、いまだに技術的に困難があるらしく、まだ俺達人間が直してやらなければならないらしい。だが、その日が来るのはそう遠くないだろうと思う。そして、街行く人々が皆アンドロイドになる日もそう遠くないのではないかとも……。

 そんなことを考えながら修理を続けていたら、気が付いた時には一通りの仕事は終わっていた。

 ふと時計を見ると定時をかなり過ぎてしまっていた。いつもの俺ならひどく不機嫌になるところだが、今日のうちにやっておきたかったこの男性型の修理ができたため、俺の気分はそこまで悪くなかった。

 油と人工血液にまみれた手を拭き、作業着を着替えて俺は家に帰ることにした。

 仕事場の外に出ると灰色に濁った雨が降っていた。朝見た天気予報は当たっていたようだ。

 しばらくその濁った雨を眺めていたが、あらかじめもってきていた雨と同じ色の傘をさしてさっさと帰ることにした。

  途中、通りがかった商店街は人であふれていた。多くの広告が宙に浮かぶディスプレイに映し出され、宙を漂っている。

 しばらく商店街の中を進むと、若者や仕事帰りの者達の騒ぎ声や笑い声がうっすらと聞こえてきた。その声を聞いて、随分と長い間俺は人と笑いあい、話をしていないと思った。

 商店街を抜けてしばらく道を行くと、雨が降っているというのに浮浪者が段ボールやブルーシートを屋根にして道端で眠っていた。街灯にうっすらと照らされている顔が見えたが、まだまだ若い働き盛りの男のようだ。

 ここ最近は、アンドロイドたちに職を奪われ若くして浮浪者になる人間がこんな風に次から次へと増えているらしい。

 実際、企業が疲れを知らずミスをほとんどしないアンドロイドと、多くの休養を必要としミスをする人間のどちらを取るかなんてことはわかりきったことなのだろう。 

 人の生活をより良いものにしようと作られたものだったはずなのに、現実は人の居場所を奪っている。

 その若者が少し気の毒になった俺は、財布から少しの金を取り出しそっとその浮浪者の横においた。

 そして、その場所を過ぎてから帰路を急いだ。

 家に着いてからは雨で濡れた服を着替た。 

 それから、いつものように酒を片手におんぼろの椅子に座りテレビをつけた。テレビの中では、今日もアナウンサーが自殺者の話をしていた。ここ最近のニュースは、この話題ばかり報じている気がする。おそらく、自殺をしているのは職をアンドロイド達に奪われた人達だろうと俺は思った。次に、また就職率が下がったらしいことをアナウンサーが言っていた。

 自分もいつかはこの人達のようになるのだろうかと、少し前に見た浮浪者を思い出しながら考えた。少なくとも、まだ俺の職業は人間がやらなくてはならないから大丈夫だろうと少し安堵した。

 だが、いつかおれも…。

 そんなことを考えていたら気分が悪くなってきたのですぐにやめた。  

 今日はもう眠ろう。

 床に就いてから雨の勢いはどんどんと増していった。意識を手放すまでの間、窓を水滴が叩く音が酷く耳障りだった。


 02


 今日は、目が覚めるのがいつもより早かった。こんなに早く目が覚めたのはいつ以来だろうか、少なくとも最近は出社するのにかなりギリギリの時間だったと思う。

 外からは今時珍しい鳥たちのさえずりが聞こえてきた。

 出社するまでかなり時間があるので、俺は久々に本を読むことにした。コーヒーを傍らに置き、またおんぼろ椅子に座って。

 その本は、反乱を起こしたアンドロイドと人間が戦争をするという内容だった。

 本を一気に読み終え時計を見ると、丁度良い時間になっていたので残っていたコーヒーを一気に飲み干し、俺は家を出た。

 綺麗な青空を見て、なんだか今日は良いことがありそうな気がした。

 今日も、昨日の帰り道と同じ道を通って出社することにした。

 途中、昨日浮浪者を見かけた場所を通り過ぎたが、そこにはもう誰もいなかった。 

 俺が置いておいた金はそのままの状態でその場所に残されていた。

 職場に着くと、今日の分のアンドロイドがすでに運ばれていた。女性型のアンドロイドで、ひどく損傷していた。体の肉が四割ほど削ぎ落ちていて、顔の金属骨格がむき出しになっている。

 普通の一般人が見れば不気味だろうが、この職が長い俺はまったく何も感じなかった。

 女性型アンドロイドの体中を一通りスキャニングして、内側の破損状況をモニターに表示した。

 一通り確認したところ、どうやら脳髄部分が破損しているようだ。

 そのことが分かると、俺はさっそくその女性型アンドロイドの頭を開き鉄の脳髄を取り出した。その脳髄を眺めながら、俺は昨日テレビで見たある番組を思い出した。 

 その番組では今まで不可能だとされていた、人間の脳から記憶を抽出することがもう少しで可能になるかもしれないということを、有名な博士が話をしていた。もし本当にその技術が完成すれば、人間は肉体という檻を捨て去ることができるのかもしれない。だが、記憶だけをこの鉄の脳に移植したとして、はたしてそこに魂が宿り、意識が芽生えるのだろうか。少なくとも、いま目の前にあるこのアンドロイドには意識はなかっただろうし、魂も宿っていなかっただろう。人間が肉体を捨て去るにはまだまだ時間がかかりそうだと俺は思った。

 しばらくそんな考え事をしていたが、さっさと仕事を済ませることにした。

 脳髄は繊細な部品なので慎重に作業をしなくてはならない。そのため、俺は細心の注意を払って修理を進めた。

  一通りの修理を終えて壁の時計を見ると、また定時をかなり過ぎてしまっていた。

 今日はひとまず作業を上がって、また明日続きをすることにした。明日行う体の肉を復元する作業は、かなりの労力を要するので少し憂鬱だった。

 昨日と同じように体についた汚れを落とし、俺は職場の外に出た。

 外は、風が少し吹いていて少し気持ちが良かった。

 今日は何処かで食事をしてから家に帰ろうと思った。

 だが、その日は家に着くことも食事に行くこともできなかった。

 商店街に差し掛かるあたりでなぜか俺は気を失い、倒れたのだった。


 03


 気が付くと、シミ一つない白い天井が視界いっぱいに広がっていた。どうやら、俺は病院かどこかのベットで横になっているらしい。

 体に力を入れようとしたが、まるで石像にでもなったかのように瞬き一つできなかった。

 必死に声を上げようとしたが、そもそも口が動かないため、のどからは何の音も出ない。

 いったいこの状況は何なのだろうか。

 瞬き一つ動作ができなくなるようなケガや病気など今まで一度も聞いたことがない。それとも、新種の薬か何かだろうか。

 俺はひどく混乱した。

 どうにか動こうと体中に必死に力を入れ続けた。

だが、無駄だった。

 しばらくすると、少し離れたところから二人の男の話し声が聞こえてきた。姿を見ようとしたが、そもそも目が動かないため天井以外の場所を見るのは不可能だった。

「素晴らしい成果が期待できそうですね」

「ああ」

 二人の声から察するに両方とも男で二人には、かなり年齢差があるようだった。

 一人は二十から三十ぐらいの若者、そしてもう一人は五十から六十程度の老人というところだろう。

「自分のことを人間だと全く疑っていないようでした」

「疑いようがないさ、そういう風にあれはプログラムされているからな」

「そうでしたね」

 そういってその若いほうの男は笑った。

 こいつらはいったい何を話しているのだろうか。

「人間の記憶を移植されたアンドロイド初の実験ですからね、あれがいったい何を考え、感じていたのかをこれから見るのが楽しみです」

「実際のところ本当に魂が宿っていたか怪しいところだがな、何も感じていなかったかもしれん。まあ、それもこれからあれの脳髄を取り出せばわかることだがな」

「ええ、そうですね」

 なんだろうかこの違和感は。

 まるで俺がそのアンドロイドとでも言うような会話は。

 俺がアンドロイドのはずがない。

 この二人は狂っているのだろうか。

「それでは、そろそろ今までのデータをすべて取り出しましょう博士」

「そうだな」

 そこで俺は、老人の声を聞いて昨日のテレビで見た有名な博士と似ていることに気が付いた。

「博士、あのアンドロイドには今、どうやら意識があるようです」

「ほう、制御装置が誤作動したんだろう。どれ」

 二人の男の足音が徐々に近づいてきた。

「どうだね、私たちが見えるかね」

 そう言って、昨日テレビで見た博士が俺の顔を覗いた。そして、横にいるもう一人の若いほうの男もタブレットを片手に俺の顔を覗いていた。

「どうやら身体のロック機能は正常に動作しているらしく、身動きは取れないようです博士」

「なんだ、そうなのか」

「身体ロック機能が無事でよかったです。真実を知ったこれが何をしでかすか分かりませんですからね」

「そうだな、私としてはその動きも見てみたいところだが」

「危険です」

「分かっとるよ」

「では、そろそろ意識も完全に停止させます」

「ああ」

 俺は必死で体を動かそうとした、だがやはり無駄だった。腕さえ動かすことができればこの頭の狂った男たちを殺すことができる。俺のことをアンドロイドなどと言って体をいじくりまわそうとする狂人たちを。 

「きみが今何を考えいるかはわからんが、私は君と話をすることを許可されておらんからな、少し残念だがそれも後で見るデータでわかるだろう」

 俺がアンドロイドのはずがない。

 こいつらは、俺のことをアンドロイドだと信じ込ませようとしている。

 体が動かないのも何かの薬のせいだろう。

 俺には感情があったはずだ。

 魂があったはずだ。

 意思があったはずだ。

 人間を人間たらしめているものがあったはずだ。

「俺は人間だ」

 そう必死に叫ぼうとした、だがやはりそれも叶わなかった。

「それでは、さようなら」

 笑いながら博士がそう言った。

 俺は意識を失った。

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アンドロイド マルフジ @marumaru1212

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