短篇集『ガレイア物語』
小林
鏡の中の月 – La lune dans un miroir –
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プシエルの胸は短剣を呑み込んでゆきました。彼岸を手繰り寄せるように柄を握り締め、全身から噴き出す汗粒にも構わず、ただ刃を自分の中心へと確実に沈めてゆくのです。プシエルから溢れ出た赤黒い滾りは、たまゆら満月の姿を明瞭に湛えつつ、忽ちその白い影もろともに大橋の石材に吸い込まれてゆくのでした。
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「昨日でちょうど十年が経ちました。私は今でも毎晩のように思い返します。そして眠りの浅い時には決まって夢に見るのです。全ては私が引き起こした事件でした。事実は小説よりも奇なりとよく申しますが、あれはミロワール市史上最も呪われた悲劇だったと思います。あの事件以来この街も私の運命も狂ってしまいました。勿論貴方の人生にも、大きな影を落としたことでしょう。取り返しの付かぬこと、何とお詫び申し上げればよいか。ええ、分かりました。では私の知る限り。
三人の中の一人、ネージュ・ダムールは劇団ウルス・ミロワールのトップスターでした。国中から名演者を揃えたウルス座でしたが、美貌においても演技の力量においても、ネージュは抜群の存在感を見せ付けていました。当然のように観客の人気はネージュに集中、彼女に比肩する者は誰一人おりませんでした。繊細優美、流し目一つで老若男女を虜にする、そんな女優でした。或る時は可憐に野花と戯れ、或る時は鬱憤を吐き棄てるように靴を鳴らし、或る時は女騎士の勇猛を迫真のテノールで歌い上げる。ネージュ・ダムールは、名実共に最高の女優だったのです。
一方のサンドル・ラティーヌは、劇団の着付け班に属し、おもに主演女優の髪結いと化粧を担当していました。殊更に華のある女性というわけではありませんでしたが、その腕前は天下の一級品、そもそもサンドルがバトーの王立歌劇を離れてミロワールのウルスにやって来たのも、劇場長のたっての引き抜きだったと聞きます。サンドル抜擢以後、着付け班の他の者たちも見違えるように腕を上げました。サンドルには高い技術に加えて、リーダーとしての類稀なる資質が備わっていたのでしょう。
そして貴方の姉君プシエル、彼女については私から殊更に言うことも無いでしょう。さて、何処からお話しいたしましょうか。」
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主演控え室に新入りの化粧師がやって来ました。サンドル・ラティーヌという女性です。見た目の印象は私と同じ年頃という感じでした。バトー王立歌劇で着付けをやっていたという彼女に、ミシェル劇場長から直々に白羽の矢が立ち、ミロワールまでやって来たという話です。丁度春の陽気の頃でしたので、カモミーユの紅茶を淹れました。甘く爽やかな香りが蒸気となって小さな部屋に広がります。サンドルはカップを引き取って、お礼の言葉と共に屈託の無い笑顔を湛えました。
建国記念の公演。役柄は悲劇の主人公マリアンヌ、怒れる王女。その日も私の担当はサンドルでした。いつものように、まずサンドルは細いながらも逞しさを感じさせる十本の長い指で私の髪を撫でました。そうして何か見定めるようにしてから、ポケットから櫛を取って髪を梳かし始めました。私は頭皮にサンドルの体温と指遣いを感じながら、鏡に映る彼女の無駄の無い手捌きに見惚れていました。瞬く間にサンドルは見事な妃髪を結い上げました。サンドルは息をつく間もなく顔の化粧に取り掛かりました。真剣な表情で細筆を巧みに繰り、髪に取り残されたような私の素顔に妃の面影を重ねていきます。私の目元を覗き込むサンドルは、目が合うとほんの一瞬だけはにかむように唇と目尻を緩め、すぐに元の眼光を取り戻して筆を走らせるのでした。最後に下塗りより少し明るい粉をはたき、サンドルの作品は完成を迎えました。鏡の向こうから王女マリアンヌが私の中に滑り込んでくる感触がありました。マリアンヌに憑かれた私の心には、夫王への失望と貴公子ガブリエルへの憤怒がありありと湧き起こりました。サンドルは私の瞳孔に王妃が宿るのを見守り、漸く満悦の笑みを浮かべました。その頃既に私は、サンドルに髪を甘く撫でられていると得も言われぬ安心を感じるという事実に、密かに気が付いていました。
私とサンドルは次第に打ち解け合い、控え室で様々な話をするようになりました。公演の後に、或いは公演の無い日にも、ウルス座の小部屋でサンドルと二人きりになって紅茶を飲み交わしました。サンドルは二十一歳、私より三つも年下でした。老け顔で実際よりも年上に見られがちなのだとサンドルは笑いましたが、顔の造型ではなく仕事人としての自信と矜持こそが彼女に堂々とした熟練の風格を纏わせているように私には思えました。また、どうして王立歌劇を離れてまでウルス・ミロワールにやって来たのか気になって訊ねると、サンドルは私を真っ直ぐに見詰めて答えました。舞台に立つネージュ・ダムールの流麗に惚れ込んだのだ、自らミシェル劇場長に話を持ち掛けてウルス座への転属を遂げたのだ、と。サンドルが真剣な顔でそんなことを言うものですから、こちらの方が恥ずかしくなってしまいました。お世辞という訳でもなさそうだし、突然告げられた事実に面食らってしまいました。そして漸く筆舌に尽くしがたい熱い喜びが私の胸の内に湧き上がってきました。主演を任されるようになって以来、私は誰よりも褒められることには慣れていたつもりでした。その私が、取り乱すまいと必死になって辛うじて平静を取り繕えたのです。サンドルほどの技量を持つ人が他ならぬ私のために玉前舞台の名誉を振り捨ててまでこの劇場にやって来たというのですから。これまで満たされることのなかった胸の奥の奥で、何か火照りのような物が滲み出すのが分かりました。そして私がありがとう、と述べると、場を支配していた息苦しさが決壊し、二人は声を上げて笑い出しました。
ひとしきり笑ってから、私とサンドルは唇を合わせました。もはや静寂は私たち二人だけのものでした。
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プシエル・グレックは、ミロワール市で蝋燭屋を営んでいます。四日に一度は店を閉め、ウルス座に足を運びます。お店の売り上げ金のほとんどが、劇場の席代に注がれています。観劇はプシエルにとっての無二の楽しみです。ガレイア中から名優を揃えたこのウルスの大劇場を目当てに、バトー近郊の故郷に両親と弟を残して単身遥々ミロワールまでやって来たのです。この蝋燭屋は元々父の旧友の店でしたが、三年前にその旧友が亡くなった時にプシエルが後継を名乗り出たのです。店はタンブル川を挟んでウルス座の対岸に在り、大橋を渡ればすぐに劇場に往ける位置です。
或る日、プシエルが店の中央の椅子に座って新聞を読んでいると、店を覗く者がいました。プシエルはその客を店内に呼び入れ、蝋燭の幾つかに火を灯しながら、どんな品を求めているのかを訊ねました。
「大切な友人への贈り物です。カモミーユ香の蝋燭を一つ。」
プシエルはその声を聞いて初めてこの客の正体に心当たりました。心当たって、愕然としました。鍔広の帽子で顔を陰にし、スカーフで口元を覆っていたので風貌こそ見違えましたが、その声は劇場で幾度と無く聴いた美声。ウルスが誇る最艶の女優、ネージュ・ダムールに間違いありません。プシエルは、昂奮を喉元に食い留めながら、蝋燭を薫くための奥の部屋へ案内しました。
「カモミーユですね。幾つかあるので、是非比べていただければと思います。一つ薫き終えたら教えて下さい。」
ネージュは香台の椅子に腰掛けると、思いのほかすんなり帽子とスカーフを外して籐籠に入れました。やはり、目の前の人物は女優ネージュ・ダムール。その美貌は見間違えようもありません。ネージュが萌黄色の蝋燭を灯すと、花の薫りは瞬く間に小さな部屋を満たしました。薄目になってうっとりと香煙に浸るネージュの横顔に、プシエルは新聞を半端に広げながら見惚れていました。一分ほどじっくり試したところで、ネージュはプシエルに振り向き、声を掛けました。
「次の蝋燭を試してもよろしいでしょうか。」
柔和な笑顔を向けられたプシエルは堪らない昂揚を覚えました。心臓に直接触れられたかのような、痺れるような情動。プシエルはそれでも辛うじて立ち上がり、部屋の四隅の小窓を小刻みに震える指で頼りなく開けていきました。すぐに部屋の空気は新鮮さを取り戻しました。プシエルが窓を閉めて合図を出すと、ネージュは新たに乳白色の円錐蝋燭に火を点け、先程と同様に薫りを試しました。プシエルは新聞を床に置いたまま、一心にその美麗を眺めました。透き通るように白い肌、つんと上を向いた鼻先、丸く大きな瞳。数十秒の後、ネージュはまた同じくプシエルを振り返って声を掛けました。やはり端正を極めたその笑顔にプシエルの時間は再び留まり、我に返れば慌てて流れ出すのでした。次にネージュが試したのは、煉瓦色の背の低い蝋燭でした。ネージュは軽く香煙を吸い込んだかと思うと、どういうわけか眉根を寄せ、俯向く彼女の頬を涙が筋となって流れました。
「いかがなさいましたか。」
「これ、紅茶の薫りですよね。」
「お気に召しませんでしたか。」
「いえ、こちらを一つ頂いてもよろしいでしょうか。」
かしこまりました、そう言ってプシエルは新品の蝋燭を抽斗から取り出します。蝋燭を入れた小箱を薄紙で包みながら香台の方に目を向けると、薄目を開いて遠くを見遣り、全身でカモミーユ茶の薫りを浴びるネージュの姿がありました。プシエルの視線に気付いたネージュは、いかにもばつが悪そうな困り顔を見せ、それから先程の涙を弁明するがごとくおもむろに語り始めました。
「友人がお仕事で外国に行ってしまうんです。ほんの一ヶ月なのだけれど、その人と離れることが寂しくて辛くて。カモミーユの紅茶は思い出の香りなんです。初めて会った時のことを思い出すんです。」
プシエルは、ネージュが友人と呼ぶその人は恋人なのだろうと直観しました。それも、余程強く結びついた相手のようで、或いは夫かも知れない。プシエルは内臓を掻き乱されるような不快に取り憑かれました。そして彼女の爛れた臓腑が結論したのは、こんな提案でした。
「心の隙間を埋めるには、灯火のゆらめきと薫りがいちばんです。これから一ヶ月間、好きな時にこの店を訪ねて来て下さい。」
ネージュは思い掛けない申し出に目を丸くしましたが、微笑みを浮かべて頷きました。
早くもその翌日の夕方、ネージュは蝋燭屋に現れました。プシエルはネージュを奥の部屋へと導き、手早くレモングラスの蝋燭を灯しました。プシエルはネージュに声を掛けると、ランプを消し、蝋燭の小さな灯火一つに部屋の明暗を委ねました。ネージュは言葉を口にすることは殆どありませんでしたが、心地好さそうに椅子に深く腰を預け、薄目を開いたり閉じたりしながら二時間余りを過ごしました。プシエルに笑顔で礼を言うと、そのまま軽い足取りで家路に就きました。
更にその二日後の夕方にもネージュはやって来ました。タイムの薫りと小さなオレンジ色のゆらめきの中で、ネージュは遂に、今日外国へ旅立った友人という人が、実は恋人だったことを明かしました。プシエルは嫉妬と焦燥とが入り混じった複雑な感情を胸に抱きながらも、ネージュが自分に心を許し始めていることに強い喜びを感じました。
その後もネージュはプシエルの蝋燭屋に足繁く通いました。舞台での失敗や恋人との楽しい思い出など、薫る暗闇はネージュに多くを語らせました。そんな生活が遂に一ヶ月になろうとしていた或る日、ネージュはプシエルに、自分の恋人が女性であること、その人がウルス座の化粧師だということを打ち明けました。プシエルはあまり驚きを覚えませんでした。女の自分にこれほど心を許すネージュなのだから、恋人が女性であっても何ら不自然は無い、そう思えました。プシエルはネージュの左手を取り、その手の甲を舌でなぞりました。ネージュはくすぐったがりはしましたが、愉しそうに悪戯な目でプシエルの顔を覗き込みます。堪らずプシエルはネージュの唇を奪いました。ローズマリーの恍惚が暗闇に充満しました。
帰国したサンドルに、ネージュは別れを告げました。気持ちが他の人に移ったとあれば仕方無い、どうぞお幸せに。サンドルはきっぱりとネージュを思い切り、劇場長にネージュの化粧をしたくないとの旨を伝えました。ミシェル劇場長は人間の関係に拗れは付き物とサンドルの希望を聞き入れました。
プシエルは当初はネージュが自分を選んでくれたことを無邪気に悦んでいました。麗しいネージュの身も心も自分のものになったのだと。しかしその愉悦も束の間のことで、或る日を境にプシエルは不気味な幻覚に囚われました。ネージュと二人で居る時、サンドルという化粧師の影が、見たこともないはずのその姿が、視界の端を掠めて往くのです。きっかけは些細なことでした。ネージュが何気無く淹れた紅茶が、カモミーユだった、ただそれだけのことなのです。それ以来プシエルは化粧師サンドルの亡霊に取り憑かれました。蝋燭の薄明かりの中でネージュが語ったサンドルとの思い出の数々が襲い掛かって来るのです。次第にプシエルは、何かネージュが浮気でもしているかのような気になってきました。サンドルを愛していた頃のネージュの言葉が、まるで現在も有効であるかのようにありありと錯覚されるのです。
どんどん鬱ぎ込んでゆくプシエルをネージュはただ見守ることしか出来ませんでした。憂鬱の理由を問おうとしてもプシエルは無視、酷いときには発狂して自らの髪を鷲掴んで言葉にならない叫び声を上げ続ける始末でした。
或る朝、プシエルが手にした新聞には、大きく「サンドル・ラティーヌ、王立歌劇へ復帰」の見出しが踊っていました。限界まで張り詰めていた糸が、とうとう音を立てて切れました。溜まり続けていた悪露が濁流となって噴き出しました。醜い衝動だけがプシエルを駆り立てました。プシエルは版屋の戸を拳で力一杯叩きました。扉が開くや否や、肩で息をしながらプシエルは叫びました。
「ニュースだ! 朝が分からないか!」
「聞け、飛び切りのゴシップだぞ!」
「女優ネージュ・ダムールは、ウルスのネージュ・ダムールは、」
「
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「私は目の前に突如現れた光景に驚き、自分の目を疑いました。突然作業場の扉が何者かに激しく手打たれたかと思えば、蝋燭屋の女店主が形相を興奮に歪ませ飛び込んで来たのですから。荒い喘ぎ雑じりの報告も、俄には信じ難いものでした。しかし彼女の告発は聞くほどに迫真を極め、号外紙面は魅力的なゴシップでみるみる埋まっていきました。
私はすぐさまプシエルの話を書き起こし、整理して記事にまとめ、翌日の冒頭記事に採用しました。ネージュ・ダムールが同性愛者だったこと、相手は稀代の化粧師サンドル・ラティーヌだったこと、更にネージュは浮気を繰り返していたこと、昇格のためには劇場長とも床を共にしたことなど、当時最艶の女優をめぐるセンセーショナルなストーリーは忽ち国中に広まり、大衆の関心を独占しました。ネージュもサンドルも、あらゆる尊厳と名誉を喪いました。
劇団から糾弾に遭い、舞台界を追放され、市民からは罵声と石を浴びせられ、全てを喪ったネージュは底の無い絶望に涙を涸らしました。そして深夜の大橋の上で自殺を図ったのです。川へ身を投げることを考えて橋に足を運んだのかも知れませんが、タンブル川は深く流れも緩やかなため、橋から飛び込んでも死ぬことは出来ません。ネージュは短剣を下着の帯から外して、おもむろに腹を突き刺し、割腹を試みました。
橋上の騒ぎに駆け付けたプシエルは、腹から血を流すネージュの姿を認めると、直ちに近くの蝋燭屋までその傷付いた身体を運び帰りました。医者の手当てを受けたネージュは奇跡的に一命を取り留めました。しかし生きる気力の全てを喪い果てていたネージュは、そのおよそ二ヶ月後に衰弱死しました。私はネージュの死を大々的に報じました。私は記事の中で自分が犯した罪、招いた惨状への一切の科を認めました。版屋という生業の負う宿命の重さ、自らが不用意に犯した過ちの大きさというものを、痛みをもって初めて知りました。ただ、時すでに遅く、ネージュに同情する者はミロワールには最早殆ど残っておりませんでした。大女優ネージュは、とっくに死んでいたのです。
その後、プシエルの自殺をもって、この一連の騒動は幕を引きました。裏腹な満月が煌々と銀を放つ夜の下、ネージュの短剣で胸を突いての最期でした。姉君を理不尽にも奪われた悲痛、お察し致します。私にはその苦悩が誰よりも身に染みて分かっています。本当に、私があんな馬鹿げた記事を書いてさえいなければ。どう謝っても示しが付くものではありませんが、十年を隔てた今、改めて心からお詫び申し上げます。」
「お話しありがとうございます。私が見ることの出来なかった姉の表情、経緯の細かな襞、知らなかったことを貴方の御蔭で多く知ることが出来ました。古傷に触れるようなことをしてしまい、寧ろこちらがお詫びしなければなりません。今更貴方を責めるつもりは毛頭ありません。貴方にそれ程の非があるとも思いません。姉が自ら招いた破局だと思っています。
ここに姉プシエルの遺書があります。私たち家族が内密に預かっておりました。十年間、そうしてくれとの姉の遺志でしたので。どうかご覧になって下さい。」
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版屋に飛び込んでゴシップをでっち上げる。どうしてあんなことをしたのでしょうか。自分でも訳が分からず、気が狂っていたとしか言いようがありません。無意識の衝動が、私の弱さが、あのような馬鹿げたことに私を駆り立てたのです。考えなくてもいいことを考え、身勝手に悩み、鬱ぎ込み、そして最もしてはいけないことを何の考えも無しに行ってしまいました。ただその根底には、私自身の寄る辺無さと醜い嫉妬心があったことだけは確かです。今は自らの無思慮の帰結を、犯した罪を、呪うばかりです。
私はネージュから世界を奪い、世界からネージュを奪いました。自殺を図ってからのネージュは、私から謝罪も献身も何物も受け取ろうとはせず、ただ真っ直ぐ私に冷たい視線を向けるばかりでした。一切の飲み食いを拒絶し、あらゆる会話を拒み続けました。私には許しを請うことすら許されませんでした。それだけのことをしてしまったのですから。帰らぬ幸せ、私のネージュ。最初から私なんて存在しなければ、こんなことにはならなかった。
本当に本当に本当に後悔だけが募ります。私に生きる資格はありません。ネージュがこの世を去った今、生きる理由もありません。私はどう足掻いても償い切れないものを、下らない自分の命をもって少しでも贖おうとしているのでしょうか。或いはせめて自分だけは自分を許せるようにと、自らの手で死ぬことを選ぶのでしょうか。分かりません。私の死にどんな理由があろうとも、私の死に価値はありません。私の命に価値が無いように。
人の噂は恐ろしいものです。軽率は思わぬ仕方で運命を狂わせます。どうかこの遺書は、私が死んで十年が経つまで、家族以外誰にも見せないようにして下さい。父さん、母さん、シャルル、ありがとう。ごめんなさい。
人生がもう一度あれば私は聖人にだってなれたでしょうに。
短篇集『ガレイア物語』 小林 @kb_show
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