第3話
その日から、ニュースはエイズの特効薬の話題で持ちきりだった。
免疫抗体は馬川の『馬』に文字って『ホース抗体』と名付けられ、世界中の科学者達が賞賛した。
何しろ、今まで誰にも打つ手のなかった不治の感染症の特効薬が開発されたのだ。
ノーベル生理学賞受賞確実とまで持てはやされ、馬川のゴージャスな巻き髪に得意げな笑みを浮かべた写真は各社新聞紙に掲載、『研究女子』の俗称『ケンジョ』という言葉まで作られ、一躍時の人となった。
俺はバイトをする気も創作する気も起こらずに一日中引き篭もり、親から仕送られた食料で辛うじて食いつなぐ腐り果てた毎日を送った。
もう、何も考えたくもないし、何も見たくもない。
ただ、ひたすら無気力に自分自身を老化させていた。
そんな調子で二週間が経過した頃。
相変わらず無気力に引き篭もっていた俺は、さらに自分を痛めつけることになると分かりながらも、テレビをつけた。
どうせ、世間は馬川のホース抗体に対する賞賛の嵐、俺は再浮上不可能なまでに惨めな思いをするだけだろう。
そんなことを思っていた俺は、テレビが映った途端、目を疑った。
そこには、『疑惑のホース抗体、その真相は?』の文字。
俺は、食い入るようにテレビを見た。
疑惑って、どういうことだ?
何でも、学会誌での発表の後、感銘を受けたアメリカの研究者が同じ方法で『ホース抗体』の作製を試みた。
しかし、一切そんな抗体は誘導されなかった。
不審に思った研究者は、仲間の研究者達に『ホース抗体』が作製できたか尋ねてみた。
すると、誰一人として抗体の誘導に成功しなかったというのだ。
馬川の『世紀の発見』は一転、『疑惑の人』となってしまった。
それから連日、疑惑のニュースが報道された。『研究不正か?』、『データの捏造、改ざんか?』、『史上稀に見る科学スキャンダル』など、容赦ない言葉が飛び交う。
まぁ、元々俺のアイディアの盗作のようなものなのだ。
幼馴染を心配する反面、馬川の自業自得を嘲る自分もいた。
そして、学会誌での発表のおよそ一ヶ月後。
報道陣の前から姿を隠していた馬川は、ついに記者会見でカメラの前へ引っ張り出されていた。
そこには、俺の知っている、自信満々の笑みを浮かべたゴージャス美女はいなかった。
目が虚ろで顔がやつれ果てた、見ているだけで痛々しい女がいた。
「ホース抗体は、本当にあるんですか?」
という記者の問いに、
「ホース抗体は、あります。」
と頑なに答える。
「嘘つけ、誰もそんなの作れないじゃないか!」
という怒号と笑い声が飛び交い、馬川は手で顔を覆い、泣き崩れる。
俺は見ていられず、テレビを消した。
馬川の自業自得とはいえ、あれは元々俺のアイディアなのだ。
一歩間違えれば俺が今頃あの修羅場の中でカメラを向けられ、世界中の笑い者になっていたかも知れない。
心の底からぞっとした。
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