第4話

俺はテレビで記者会見を見た次の日からバイトを再開し、その合間を縫って創作活動を行うという、以前の生活に戻った。

貧しく不安定な生活ではあるが、山ほどのカメラのシャッターを押される前で世界中の科学者から責め立てられ笑い者にされることを思うと、今の平凡な生活がこの上なく幸せに思え、一歩一歩着実に生きている実感が湧いた。


馬川は、記者会見以来何処かへ雲隠れしているらしい。

毎日、馬川の宮殿へ記者がごまんと押し掛けているが、誰も彼女の姿を捉えていないという。


そんなある日のスーパーのバイトからの帰り道。

誰も通らない寂れた道の向こうで、痩せこけた女性が路地へ入って行くのが見えた。


俺は、はっとした。

変わり果ててはいるけれど、あれは…。


「馬川!」

俺は、すぐにその路地へ入り、女性に声をかけた。

女性は、怯えるように振り向く。

以前とは別人のようにやつれ、目は虚ろ。

しかし、俺を認めると少し安堵の表情になった。


「ロバ。」

「お前…大丈夫か?」

声はかけたものの何を話したらいいか分からなかったが、とりあえず心配だった。

「大丈夫…ではないわね。」

馬川は虚ろな表情であったが、それでも少し笑みを浮かべた。


「そりゃ、そうだろうな。大変…だったな。」

「ええ。もう誰からも信用されないし、私自身、誰も信用できないし。病院で処方された薬を飲んで、辛うじて安定している状態よ。」


この上なく不安定に見えるが、それでも一応安定しているらしい。

「何か…ごめんな。」

俺は、謝らずにいられなかった。

「何が?」

馬川は、虚ろなまま聞く。

「ほら、高校の時。俺、エイズの近縁のウイルスに感染したらエイズに感染しなくなるかも知れないとか言ったじゃん。俺がそんな変なこと言ったせいでこんなことになってしまって。」

「そんなこと…あったかしら?」


馬川は、覚えてない様子だった。

混乱のあまり記憶が封印されてしまったのか、それとも、本当に覚えてないのか。

でも、もうそんなことはどうでも良かった。


「ロバは…元気してる?」

馬川が力なく尋ねた。

「俺は…まぁまぁかな。相変わらずバイトを掛け持ちしている、しがないフリーターで、その合間に小説を書いてて。」

「小説?」

「ああ。俺、昔は医者になるのが夢だったけど、今は小説家を目指しているんだ。小説を書いてるって言っても、まだ何の賞もとれてなくて作品を残しているだけの状態だけど。」


俺は、苦笑いした。

しかし、馬川はやはり虚ろだが言った。

「私…ロバが羨ましい。」

「羨ましい?どうして?」

「だって、平凡だけど自分の夢を持って、生き生きとしてて。私、ずっと背伸びしてた。医者とか研究者って肩書きだけが一人歩きして、私の能力をはるかに超えた存在に見られて。本当の私は、こんなに醜くてちっぽけな存在なのに。」

馬川の目に涙が滲んだ。

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