馬をうらやんだロバ

いっき

第1話

俺の名前は炉端(ろばた)大介、三十歳。

周りからはロバと呼ばれている。

職業は小説家…と言っても、コンテストに何百作も応募した作品の中のほんのニ、三作が佳作や審査員奨励賞に引っ掛かった程度。

アルバイトを何件もハシゴして食いつなぎ、オンボロのアパートに住んで何とか生活している。


今日も近所のスーパーでレジ打ちをし、見切り品の惣菜を何品か貰って帰路につく。

俺の住んでいるアパートの隣は、宮殿のような豪邸。

そのドアが開き、煌びやかなブランド物のブラウスを着た、エレガントな巻き髪、スレンダーな体型のゴージャス美女が出てきた。


この一見身分が違うゴージャス美女は、実は俺の幼馴染。

同じ高校で机を並べて勉強をして、同じ国立大学の医学部を受験した。

結果は、彼女は合格、俺は不合格。


俺は、腐って大学進学を諦めた。

医者になるのを諦め、小学生の時に作文で入賞した経験を頼みに小説を書き始めた。

書いてみると、これが意外とクセになる。

書き上げた時の達成感も清々しい。

かくして、俺は忙しいアルバイトの合間を見つけては創作活動に励み、鳴かず飛ばずの貧乏生活を送ることとなった。


一方の彼女、馬川(うまかわ)亜紗見は大学の医学部を順調に卒業、医師国家試験を合格後、ウイルス学研究所に就職した。

聞くところによると、とある研究のプロジェクトリーダーとなり、年収一千万円超を稼いでいるということだ。

この豪邸にも一人で住み、日替わりでイケメンの男が訪れるという。

まさに手の届かない、雲の上の存在だ。

ため息が出る。


「あ、ロバ。」

豪邸から出てきた馬川は俺に気付いた。

俺は、できるなら話したくはない。

惨めになるだけだから。

しかし、俺の気持ちを知ってか知らずか、馬川は話しかけてくる。


「仕事帰り?」

「うん。っていうか、バイトだけど。」

「まだ定職に就いてないの?私達、もう三十だよ。」

「俺にも一応夢があって、それを追いかけてるんだよ。馬川の方は、仕事は順調?」

「ええ。実は、一つ大きなプロジェクトが成功したの。もしかしたら、明日から私、有名人かも。」

「マジで!すごいじゃん。」

「それで、今からその打ち上げのディナーに行くの。あ、急がなきゃ。」


馬川は、レディースのロレックスの腕時計を見て慌てた。


「ロバも、今からでも遅くないから夢の医学部、頑張ってね!」


そう言って、足早に繁華街へ向かった。

俺の夢を医者になることと勘違いされている。やるせなかった。


馬とロバ。

いつからこんなに差がついてしまったのだろう。

高校の時点での成績はほぼ同レベルだった。

大学入試の点数の、恐らくほんの僅かな差。

それが、現在の馬とロバ、その天と地ほどの差に広がってしまったのだ。

彼女を羨ましく思う自分が、惨めで情けなくて堪らなかった。

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