第2話

翌日の朝、昨日の惣菜の残りのおからとカップ麺を食べながら、何となくテレビをつけてみると特集番組が組まれていた。

俺は飛び上がった。

テレビ画面には何と、『馬川亜紗見』の名前が出ていたのだ!


俺は、時化た朝飯などそっちのけで、その番組を食い入るように見た。

馬川が、どうしたんだ?


何でも、馬川の研究プロジェクトがエイズの特効薬を開発し、アメリカの学会誌で発表したらしい。

エイズウイルスはレトロウイルス科なのだが、近縁の馬伝染性貧血ウイルスをオランウータンに接種したところ、血液中にエイズウイルスを破壊する免疫抗体が産生されたというのだ。

その免疫抗体はエイズウイルスの変異に関係なくウイルスを死滅させる特効薬となりうるということだ。


俺は、テレビを見て頭を抱えた。

何てことだ。

それは、元々は俺のアイディアなのだ。


高校時代。

俺達は生物の授業で、近代免疫学の父『エドワード・ジェンナー』は天然痘に近縁の牛痘に感染した人が天然痘に感染しないという事実から、天然痘ワクチンを開発したと学んだ。

そこで俺は、一つのアイディアを思いつき、少し気になっていた幼馴染の馬川に言ってみた。


「なぁ、エイズの特効薬とかワクチンって、まだ発明されていないんだよな?」

「ええ、そうだけど。」

「天然痘と近縁のウイルスに感染したら天然痘に感染しないってことは、エイズでも同じなんじゃないかな?」

「どういうこと?」

「エイズに近縁のウイルスに感染したら、エイズにかからないかも知れないってこと。もしかしたら、その免疫抗体で特効薬がつくれるかも知れないなと思って。」

「まさか。第一、ロバの思いつく程度のことは、すでに世界中の研究者が思いついてるけど、ダメだったってことよ。」


馬川は、半分俺を馬鹿にして笑った。


あの時馬鹿にされたアイディアが元で、今、馬川は『世紀の発見』を成し遂げた。

そんなの、アイディアの盗作ではないか。

しかし、俺が今さら『馬川の発見は俺のアイディアだったんだ』とどんなに言い張ったところで、誰からも相手にされない。


発見とはそういうものだ。

俺のような下賤の民がどれだけアイディアを持って話したところで、誰からも相手にされない。

然るべき身分、然るべき立場にいる人間が同等のアイディアを持ち、それを実証することで初めて『世紀の発見』として成立する。


俺には、スーパーの売れ残りの惣菜を食べながら馬川を羨むことしか出来ない。

『世紀の発見』を成し遂げた彼女の輝かしい未来、華やかな生活に嫉妬し悔しがることしかできない。


俺は、何故俺なんかに生まれたんだろう。

何故馬川か、せめてその研究プロジェクトのメンバーに生まれなかったんだろう。

もし生まれ変われるなら、馬川に生まれたい。


そんなことを考えていると、情けなくておからが涙の塩の味になった。

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