第5話『走れタオ!』

 山道を走るエクス、レイナ、タオの3人。

 燃えるような夕焼けは山の輪郭に交わって、今や沈もうとしている。



「結局、メロス置いてきちゃったけど大丈夫かな?」

「……今さら心配しても仕方ないわ。運よく、通りがかりの親切な猟師さんに預けることもできたし。今は日が沈むまでにシェインを助けることだけを考えましょう」

「そうだね。……って、タオ、大丈夫?」

 並んで山道を走るエクスとレイナ。

 その後ろをついてくるタオ。3人のうちタオの息遣いだけが荒い。



「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……!」

 タオの足もとがふらついて、転びそうになる。

 歯をくいしばって踏みとどまるタオ。

 顔面は大量の汗でビショ濡れだった。



「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……ッァ!?」

 タオは何もないところで足をもつれさせ、つまずく。

 顔面から地面につっこむタオ。

「タオ!? 大丈夫?」

 エクスが心配そうに駆け寄ってくる。

 道にぶっ倒れた姿勢のまま、タオの背中が呼吸で大きく上下する。

「あれ……? オレ、なんで……?」

 タオはなんで自分が転んだのか本気で分からないといった表情。



「も~っ! 寝てないから疲れがとれてないのよ。シェインと2人で眠らずに意地張ってたから……」

「回復魔法でなんとかならないの?」

 エクスが問うと、レイナは憂鬱そうに頭を抱える。



「寝不足に回復魔法は効かないのよ」

 タオ、地面に寝そべったまま、芋虫みたいにジタバタする。

「クソッ! 立てよ、オレの足! なんで動かねえんだよ!」

「ねぇ、あそこに洞窟があるから少し休憩しない?」

「そうね……」

 エクスの提案に渋々といった感じで頷くレイナ。

 レイナが不安げに地平線を見ると、すでに太陽は沈みそうになっている。

「少し考え直す必要がありそうね……」



             ×   ×   ×



 洞窟内の壁にもたれかかりながら、ゼェゼェと息が荒いタオ。

 タオの汗をふいてやるエクス。

 レイナは1人で何か考え事をしているような表情。



「すまねぇ、オレのせいで……」

「大丈夫、まだ日没までは少し時間があるから。3人でシェインを助けに行こう。シェインはタオのこと待ってるよ」

 エクスが力強く言うと、タオはしんどそうな表情のままニッと笑う。



「……決めたわ」

 レイナが思いついたように言う。

「なにが?」

「タオはこの洞窟においていく。シェインのところには私とエクス2人で行くわ」

「なんだって!?」

「タオ、今のあなたじゃカオステラーはおろかヴィランとも戦えない……。足手まといになるわ」

「そんな! レイナ、タオの気持ちを考えてやってよ!」

「お嬢、ふざけんじゃねぇぞ。オレは行くぜ、シェインの、妹のとこによぉ……!」



「そう、それならついてきたら?」

 レイナ冷たく言い放って、洞窟の外へ一歩ふみだす。

「ちょっと! レイナ待ってよ!」

 慌てて追いかけるエクス。



 タオ、立ち上がろうとして、顔から地面に倒れこむ。

 タオの足、ピクピクと痙攣している。

 両脚を押さえながら、タオは顔面蒼白。

「待てっ! 待ちやがれ! お嬢……! 坊主……!」

 レイナとエクスの姿は洞窟の外へ消えてしまう。

「……ッ!」

 打ちひしがれるタオの元に2人の足音が戻ってくる。



「……これで分かったでしょ?」

 レイナがタオを見下ろして言う。

「残念だけど、今のあなたの足じゃ、シェインを助けるどころか、処刑場までたどりつけないわ……」

「タオ……」



「坊主! 肩を貸せ! オレを引きずってでも処刑場に……!」

 エクス、悲しそうな顔をする。

「タオ、もう無理だよ。シェインは僕たちが助けるから、タオはここで休んでて……」

「それじゃあダメなんだ! オレが! オレが助けに行かなくちゃいけねぇんだよ! それがオレの兄貴としての意地だぁッ……!」

 タオ、顔面泥だらけで、這ってでも前に進もうとする。



「タオ……」

「最初からずっと、2人とも兄妹想いなのに……。バカね……」

 地面に転がってがむしゃらにもがくタオ。



「でも、無理だよ。そんな体じゃ……」

「メロスと約束したんだ……。兄妹仲良く……妹を守ってやれって。 メロス! オレに力を貸してくれ、妹を助けたいんだ……!」



 宙をもがいていたタオの手が、力を失って地面に落ちる。

「タオ!? 大丈夫? 生きてるよね!?」

「…………」

 急にピタリと動きを止めるタオ。

「ねぇ、タオ。大丈夫なの?」

「シッ!」

 タオは短く言うと、地面に耳をつけ、ジッと耳をすましている。

 カッと目を見開くタオ。

「水……。水の音がしねぇか?」

「えっ?」



 よろよろと足を引きずって立ち上がるタオ。

 辺りを見回す。

 目をこらしてよく見ると、岩の裂け目から滾々と清水が湧き出している。

 その泉に吸い込まれるようにタオは身をかがめる。

 泉の水は、神々しい輝きをはなっていた。

 水を両手ですくって一口のむ。

「こ、これは……! 力がみなぎってきやがる……!」

「えっ!? タオの顔色がよくなってる!?」

「どういうことなの!?」

 顔を見合わせて驚くエクスとレイナ。



「メロスが死ぬ前に言ってたんだ。泉の水がどうとかってな……。もしやと思ったが……」

 口を袖口でぐいっと拭うタオ。

 その表情には、いつもの精悍さが取り戻されている。

「おまえらも飲みな。疲れがふっとぶぜ」

「まさかこれは、メロスが飲むはずだった泉の水!? もし運命の書どおりに物語が進んでいたら、メロスはここに来るまでに満身創痍だったはず……。それでこの泉の水を飲むことで復活する……。そのことが彼の運命の書に書かれていたのかも」



「そっか。サンキューな、メロス。おまえとの約束、必ず果たして見せる。オレは、妹を守るぜ」

 晴れ晴れとしたタオの表情からは、疲労のかげは消え去っていた。

「お嬢、坊主、迷惑かけたな。タオ・ファミリー出発だ。シェインのとこまでひとっ走りいくぜ!」

 頷く2人。

「――待ってろよ! シェイン!」



                ×   ×   ×



 シラクスの町の処刑場。

 王城のすぐ側にあるその処刑場は、暴君のたび重なる処刑によって、建物自体に血の匂いがこびりついている。

 処刑用具の槍は乾いた血で汚れ、赤茶く錆びている。

 生臭い血の、不快な匂いにシェインは目を覚ました。

 と同時に、手足が拘束されてまったく動けないことに気づく。

 シェインは十字架に磔にされていた。

 処刑場の広場である。



「……ようやくお目覚めですか、お姫様?」

 シェインは耳障りな声のほうに視線を向ける。

 蒼衣に仮面の男、ロキが立っている。

「よく眠れましたか? 寝不足ですものね。自分が処刑されかかっているのに随分と緊張感のない人ですねぇ」

 ロキは楽しそうに笑うと、シェイン気丈ににらみ返す。



「それにしても調律の巫女様ご一行は、来ませんねぇ。もうすぐ日没ですよ。そうなったら、あなたは処刑です。どうです、怖いでしょう?」

「怖くありません。シェインは仲間を信じていますから。タオ兄はきっと助けにきてくれます」

「ホントにそうですかねぇ? 私はずっと見ていたのですよ、あなたがタオという男と口論するところもね。きっとあの男は、あなたみたいに可愛げのない妹に愛想をつかしてしまったんじゃないですかねぇ?」

「そ、そんなことありません! タオ兄は、絶対にシェインを助けにきてくれます!」

 早口気味にシェインが言う。



「だとしたら、どうして来ないんでしょうねぇ? 君たちの足なら、走ればもう処刑場に到着してるはずの時間なんですよ。なのに、まだきてないのはおかしいんじゃないですかねぇ?」

 シェイン、悔しそうに唇を噛んでロキをにらみつける。



「クフフ。その顔! いいですねぇ、そそりますよぉ……」

 ロキ、沈みゆく夕暮れを見て意地悪く笑う。

「残念。もう時間切れですよ。今からあなたとセリヌンティウスの処刑を開始させてもらいますよ」

 鉄仮面で顔を隠した処刑人が勝手口から現れ、シェインの元に近づいてくる。

 グッと目をつぶるシェイン。

「さあ! 処刑を開始してください!」

「タオ兄ーーーーー!!」

 シェインの悲痛な叫びが、処刑場にこだまする。



「ちょっと待ったーーーー!!」

 タオを先頭に、エクスとレイナが処刑場に乱入してくる。

「その処刑は執行させねぇ! オレたちが来たからにはな!」

「タオ兄……」



「タオ・ファミリー参上!」

「バカな。あの体でどうやってここまで……」

 動揺を隠せないロキ。

「ロキ! 僕が相手だ!」

 剣を抜いてロキに果敢に向かっていくエクス。



「タオ! シェインは頼んだよ!」

「この剣筋の冴え……どうして山を越えてきたのにあなたがたは疲れていないんですかねぇ? ……まさかメロスの泉を見つけたというのですか?」

 エクスの剣をさばきながら、後ろに退くロキ。

「さあね! これが答えさ!」

 ロキが大きくひらりと後ろに飛ぶ。

「まったく。計画が狂いましたね。元気のあり余っている今のあなた方を相手にするのは、いくら私といえど骨が折れます……」

 クフフ、とロキが微笑する。



「まぁ今回はこんなところでしょう。それではみなさま。戦いの最中ですが、一足先においとまさせていただきますね。運がよければ、またお会いしましょう。それでは、ごきげんよう」

「待てっ!」

 エクスが勇み踏み込むが、ヴィランの群れに足止めされる。

 一瞬、怯んだ隙に目を離すと、ロキの姿はその場から消えていた。



「逃げられたか! ……シェインは?」

 エクスは、磔にされたシェインのほうを見る。

「うおぉぉぉぉー! シェインーー!」

 タオはシェインに向かって一直線に処刑場を突き進んでいた。

 処刑人たちを無茶苦茶に薙ぎ払っていくその強さは、鬼神のごとく。

「まるでメロスとコネクトしてるみたいな強さね……。私も負けてられないわ!」

 レイナはがら空きのタオの背後をカバーするように立ち回る。



「シェイン、無事か!?」

 シェインの元にたどり着いたタオは、すぐさま磔を破壊する。

 磔から解放されたシェインはタオに抱きついた。



「タオ兄、来てくれるって信じてました!」

「あのよ、おまんじゅう、わるかったな……。それで代わりなんだが、これ……。この想区にはあんこ自体なかったから、これで勘弁してくれねぇか?」

 シェインにクッキーを渡すタオ。

 クッキーは割れて、粉々になっている。

「あっ! ……わりぃ。割れちまったみてぇだ」

「これは、クッキーですか?」

 微笑しながら、渡されたクッキーを1つ口に放り込むシェイン。

 目に涙の珠を浮かべ、

「シェインこそごめんなさいでした」

 ジッと正面から見つめあうタオとシェイン。

「よかった……」

「まったく2人とも世話が焼けるんだから」

 エクスとレイナが胸をなでおろす。



「グオオォォォ……!」

 巨大なヴィランの唸り声が地響きを起こし、タオがシェインの肩を支える。

 揺れが収まると、処刑場にいた人たちが全員ヴィランに変わっていた。

「この数、冗談だよね……?」

 ヴィランの大群を見て、思わず苦笑するエクス。

「泣き言いってるヒマはねぇ! 行くぞ、シェイン! 兄妹の力を見せてやろうぜ!」

「ガッテンです。タオ兄、いきますよ!」

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