第3話『蒼衣の道化と妹の面影』(前編)
けたたましいヴィランの悲鳴が町の広場に響き渡る。
切れ切れの断末魔のあとにボワン、と煙のように消失する1匹のヴィラン。
田舎町の広場に、調律の巫女一行はいた。
ささやかだが、花やレースで飾りつけがされていた結婚式の会場――
それは今や見る影もなく、ヴィランによって破壊し尽くされていた。
ヴィランの足跡や爪痕が生々しく、刻みつけられている。
「はぁ、はぁ! これで全部倒したかな……」
満身創痍の体でエクスがつぶやく。
会場を黒い蟻の群れ如く埋め尽くしていたヴィランの影は、残らず姿を消していた。
「みんな回復魔法をかけるからこっちにきて」
「姉御、すみません」
「わりぃなお嬢、こっちも頼むぜ」
白いチョウがふわりと宙に舞い上がる。
それは、ボロボロになったウェディングドレスの残骸であった。
踏みつけられてズタズタになった花束が無惨な姿を見て、エクスは胸を痛めた。
「!? だれだっ!」
背後で砂利を踏む足音にエクスが振り向く。
「クフ。クフフフ……」
いつのまにか、青髪の痩身の男がエクスの背後に立っていた。
顔の左半分が無機質な仮面に覆われている。
「お久しぶりですね、『調律の巫女』様ご一行……」
「ロキ! なんであなたがここに!?」
レイナに呼ばれた男、ロキはエクスたち『調律の巫女』一行の宿敵である。
カオステラーを生みだし、想区の運命を歪ませる力を持っている。
調律の巫女と敵対する元凶の1人だ。
「巫女様たちをお出迎えするために、わたしのほうでささやかながらパーティを用意させていただきました。どうです、素敵な趣向だったでしょう? 気に入ってもらえましたか?」
「ふざけないで!」
激昂してレイナが言う。
「悪趣味にもほどがあります」
「てめぇ! 自分が何したか分かってんのかよ!」
露骨に嫌悪感をあらわにするタオとシェイン。
「おまえが妹を……?」
メロスゆらりと立ち上がる。
「そうだとしたら?」
どこか楽しげに挑発するロキ。
「妹はな……。気のいい村の娘だった……。献身的で、誰に対しても優しくて。こんなろくでなしの兄とずっと2人暮らしで多くの迷惑をかけただろう……そんな妹がようやく、結婚して人並みの幸せをつかむところだったのだ……」
黙って聞いているロキ。
ツラそうに胸を押さえるエクス。
「田舎の、ささやかな結婚式だ……。都で行われるような華やかなものではない……。それでも、妹は! 妹は楽しみにしてくれていたのだぞぉ!」
メロスの悲痛な叫びを聞いて、ニヤニヤとするロキ。
「なぜ、なぜだ……! なんの目的でお前はこんなことをした……!」
問われて、ロキは微笑をやめ、至って真剣に、
「世界を混沌に導くためです」
「それはどういう……」
「――と言っても、あなたには分からないでしょうね。この想区の運命が、退屈だったからですよ」
ロキが再び、ニヤニヤと人をバカにしたような笑いを浮かべる。
「貴ッ様あぁぁぁー!」
ロキにメロスが飛びかかる。
メロスの肉体はロキをとおり抜け、勢い余って転びそうになる。
「……!?」
メロスが辺りをみますが、ロキの姿はない。
「ここでやり合うつもりはありませんよ。パーティは終わりましたからね。わたしに用があるようでしたら、王城に来てください。王城で暴君と待っていますから……」
風にのって、ロキの声だけが響く。
「……ッ!!」
放心してその場にガクリとひざをつくメロス。
しばらく待っても、黒い岩のようにジッと動かない。
「お、おいメロス……」
おそるおそるタオが近づく。
ウェディングドレスの残骸が、ふわりとメロスの足下に舞い降りる。
砂埃で汚れた白い破片を、ギュッとメロスの手が握りしめた。
「――うおおぉぉぉぉっ!」
いきなり大声で叫びだすメロス。
「うおおぉぉぉぉっ!」
獣のような咆哮で、大気がビリビリと震えた。
孤独な獣の叫びにエクスは胸がしめつけられる思いだった。
「あの男は、王城で待っていると言ったな……。やはり、王の差し金か。許さぬ……! 許さぬぞ、暴君め。……おぉ、セリヌンティウスよ! せめて、きみだけは……きみだけは助けさせてくれ!」
メロスの目からブワッと涙があふれる。
「メロス……」
「レイナ殿、みなさん……。わたしは王の邪魔があろうと、何としても街に帰らなければならない。しかし、またきっと邪魔が入るだろう。協力してくれるか?」
「あったりまえだろ! なあ、お嬢。あのニヤケ顔の野郎をぶっとばしてやろうぜ」
「ええ、もちろんよ。一緒に行きましょう、メロス」
レイナの言葉に頷くメロス。
× × ×
オレンジ色の夕焼けが、山の向こうに沈みゆこうとしている。
5人の影が列をなして歩いている。
調律の巫女一行の4人とメロスだ。
鬱蒼とした山道をたしかな足どりで進んでゆく。
頭上には複数の樹木の梢がおり重なっていて、うす暗い。
「この峠を越えれば、街まではあと半分ですね。……ふわぁ」
あくびをするシェイン。
「やっぱり寝てないから眠たいのね。平気なの?」
レイナが心配そうに問う。
「山育ちをなめてもらっては困ります。姉御は自分の心配したほうがいいです」
「それは、そうだけど……」
レイナは歩きながら、ゼェーハァーと苦しそうに呼吸をする。
「そういえば、タオも昨日から寝てないんだよね?」
エクスが何気なく隣を歩くタオを見る。
――タオは目をつぶって、歩いていた。
「って寝ながら歩いてる!?」
なんとタオは眠ったまま、山道を歩いているのだった。
「マジですか……」
「器用なものね」
呆れたように顔を見合わせるレイナとシェイン。
タオの行く先には、幹の太い樹木が生えている。
当然、タオには見えていない。
「あっ、タオ! 起きて! 前、前!」
エクスの制止の言葉も、夢うつつのタオには聞こえていないようだった。
タオの足がよどみなく樹木へ向かってつき進み――
「――ッぅ!?」
にぶい音。
「ぃいっ、でぇぇ~~!!」
タオの叫び声が山にこだまする。
頭上の樹木から鳥たちが羽音を立てて空に飛び立つ。
「ってぇぇぇ~~!」
タオが真っ赤にはれた額をおさえて、地面をゴロゴロと転げまわる。
悶絶するタオを見て、シェインが口元を押さえて笑いをこらえている。
「シェインてめぇ~。いまオレのこと笑いやがったな?」
「笑ってないのです。思い出し笑いなのです」
「ウソつけ! ぜったいオレのこと見て笑ってただろ!」
「言いがかりなのです。証拠はあるのですか? ……っプ! おでこが真っ赤にふくれて……」
「シェインてめぇ! 今のは絶対オレ見て笑ったよな? つか指さしたよな!?」
「……。シェインに話しかけないでください。迷惑なのです」
「なんだとぉ? 先に人のこと笑っといて好き勝手いいやがって~~!」
シェインのトゲのある発言に、だんだんとヒートアップしていくタオ。
ムムム……と威嚇しながらにらみ合うタオとシェイン。
「――おふざけは禁止!」
レイナがビシッと指をタオに突きつける。
「まったく2人とも、メロスがいまどんな気持ちで……!」
「……ハッハッハ! ハーッハッハ!」
いきなり豪快に笑いだすメロスに、エクスたちは疑問の表情。
「……メロス?」
心配そうにエクスが言う。
「シェイン殿を見ていたら、妹を思い出したよ」
「「あっ……」」
メロスの発言を察して空気が暗くなる。
「ちがう、そういう意味では言ったのではないから、暗くならないでほしい。暗い話ではないのだ。シェイン殿を見ていたら、妹とのたのしい思い出がよみがえったのだ。私がドジをしても、妹はいつも側で笑ってくれた。妹の笑顔をみると、不思議と元気がでたのだ」
「「…………」」
メロスの言葉を真剣に聞くタオとシェイン。
「互いにツラいときに支えあえる……なぁ、兄妹とはいいものだな?」
タオに同意を求めるようにメロスが微笑する。
バツがわるそうなタオ。
チラ、とシェインのほうを見て、シェインと目が合う。
シェインもタオと目が合い、気まずそうに目をそらす。
「あ、あのよぉ……シェイン」
言いにくそうにタオが言う。
「な、なんでしょうか、タオ兄。も、もしシェインに伝えたいことがあるなら、聞いてあげないこともないですよ?」
モジモジとするシェイン。
2人を見て、エクスとレイナは微笑ましい気分になる。
「そ、そのよぉ、この前のおまんじゅ――」
タオが言い終わる前に、ガサガサガサ! と周囲の茂みが激しくゆれる。
「おい、てめぇらそこを動くな!」
山賊風の男たちが左右の茂みからとびだしてくる。
「「「!?」」」
男たちはナイフを突きつけながら、囲もうとジリジリと動く。
「……チッ、シェイン。話はあとだ」
「そうですね」
エクスたちの表情に緊張が走る。
「この人たち……盗賊!?」
「いつのまにか後ろにも……。完全に囲まれましたね」
冷静なシェインの分析に、緊張で筋肉がこわばるエクス。
「通りたくば、持ち物全部を置いていけ」
盗賊がメロスにナイフをつきつける。
「――メロス!」
タオがメロスの元に駆けつけようとするが、メロスは手で制止する。
「盗賊よ。わたしにはいのちの他には何もない。そのたった1つの命も、これから王にくれてやるのだ」
メロスは、盗賊たちをたしなめるように言った。
その瞳の奥に白い炎が燃えていた。
「――その命が欲しいのだ」
盗賊が下卑た笑みを浮かべる。
「さては王の命令で、ここでわたしを待ち伏せしていたのだな」
「く、くく……」
盗賊が低い声で笑いだす。
「クク……クルル……クルルァ!」
山賊たちの姿が、ぼわんと煙につつまれヴィランに変わる。
ギョッとするメロス。
「この化け物は……! やはり王の……! 気の毒だが、正義のためだ!」
拳を固め、戦闘態勢をとるメロス。
「――みんな、行くわよ!」
レイナの号令に、栞を構えるエクスたち。
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