第2話『妹想いの兄と悪夢の結婚式』

 陽が落ちたシラクスの街中で、戦闘が行われている。

 ヴィランの大群と戦うエクス、レイナ、タオ、シェインの調律の巫女一行の4人。

 4人は導きの栞でヒーローの魂とコネクトして戦っていた。

 シェインの放った矢によって、最後の一匹のヴィランが闇のなかに消滅した。



「これであらかた片づきましたかね」

 シェインの一言に、一同は安堵に包まれる。

 見れば、半裸の青年も武術でヴィランを何匹か倒したようだった。

「あの兄ちゃんもやるじゃねぇか」

 タオが言うと、建物の影に隠れていた1匹のヴィランが飛び出してきて、半裸の青年の背後に襲いかかる。



「あぶない!」

 咄嗟にエクスが叫ぶ。

 青年が反応し、自らの拳でヴィランを粉砕する。

 壁に叩きつけられたヴィランが煙のように消え去る。

「おぉ~。やりますね、変態さん」

 シェインが感心した声をあげる。

「わたしはメロスだ。変態さんではない」

 青年がシェインをにらんで言う。

 小柄なシェインはメロスと並ぶと、かなり身長差があるので、シェインはメロスを見上げる。



「それは失礼しました」

「うむ。初対面の人に変態さんなどと言うものではないぞ。ハッハッハ!」

 腕を組んで高らかに笑うメロス。

「それにしても、あれだけの化け物の大群に恐れをなさず戦うとは、君たちなかなか腕が立つようだな」

「へっ、まあな。タオ・ファミリーの力、おそれいったか」

 得意げなタオ。



「ねぇ、メロス。私はレイナ。よかったら、どうしてさっきの化け物に追われることになったのか教えてくれない?」

 メロスは険しい顔をする。

「おそらく王の差し金だろう」

「王ってあの残虐なクソヤローか?」

「暴君ディオニス。人を信じることができなくなった憐れな王だ。わたしは街の現状を知り、街を暴君の手から救うために王を殺そうとしたのだ……」

「やるじゃねぇか!」

 興奮気味に前のめりになって話を聞くタオ。

「しかし、私は王城で捕まり処刑されることになったのだ」

「あちゃー……」

 目をそむけるシェイン。



「だが、わたしには生きて村に帰らなければならない理由があった! それで王に処刑を延期してもらったのだ」

「村に帰らなければならない理由って?」

 エクスが問う。

「妹の結婚式があるのだ」

「じゃあ、そのウェディングドレスは妹さんのなのね」

 レイナが言うと、メロスが頷く。

「変態さんではなかったんですね……」

 残念そうなシェイン。



「わたしは妹の結婚式に出席するために、処刑を延期してもらったのだ。人質として我が親友、セリヌンティウスを代わりに残して……。3日後の日没までにわたしが処刑場に戻らないと、セリヌンティウスが処刑されてしまう。だが、わたしは親友に約束したのだ、必ず戻ってくると!」

「かぁ~っ! 男の友情はこうでなくっちゃな。応援するぜ」



「それで村に戻ろうとしたのだが、もしわたしが約束を守ると王は面白くないのだろう、それで先ほどの化け物を刺客として送ってきたのではないかと思う」

「なるほど。事情は分かったわ」



「ああ! こうしちゃいられない。私は急いで村に帰らなくては」

 メロスが荷物をまとめて立ち去ろうとする。

「待って。私たちはあの化け物を追ってるの。化け物はあなたを追っているみたいだから私たちにも同行させてくれない?」

「申し出はありがたい。だが、わたしには3日しか猶予がないから急がなくてはならないのだ。きみたちの足ではあの山の向こうまでは、とても……」

「へっ! 誰に向かって言ってんだよ」

「シェインは山育ちなので慣れてます」

「僕もなんとか頑張ってみるけど……」

 タオ、シェイン、エクス、3人が心配そうにレイナを見る。

「ちょっとぉ~! なんで黙って私のほう見るのよ!」

「……お嬢、ファイトだ」

 グッと親指を立てるタオに、ムーと不服そうにするレイナだった。



            ×  ×  ×


 見渡すかぎり牧草地が広がる、いかにも田舎といったような村。

 そんなメロスの村に調律の巫女一行が到着したのは、早朝であった。

 朝を告げるニワトリの声がどこかから響いてくる。



「ゼェーハァー……。ゼェーハァー……。」

 今にも死にそうな青い顔で苦しげに呼吸しているのは、レイナだった。

 干し草のしきつめられた空き倉庫に、調律の巫女一行はいた。



「……お嬢、大丈夫か?」

「レイナ、平気?」

「あれから一晩中、山を走りっぱなしでしたからね。道中、ヴィランに襲われなかったのは幸運でしたが」

 疲労困憊のレイナに対し、他の3人は表情に余裕があった。



「そういえば、ねぇ、シェイン。途中でレイナに何かやってなかった? シェインが何かするたびに死にそうだったレイナが、急にハイテンションになって復活してたけど……」

 エクスがふと思い出したように問う。



「むふふ。鬼が島流奥義・テンション急上昇指圧術です。どんな疲れも"一時的に"ぶっとぶ指圧術です。あとで反動がきますので、あまり多用すると危険な技ですが」

「……アハッ、ウフフフフフフ……」

 レイナがうつろな瞳で、こわれた人形みたいに突然笑いだす。



「大丈夫? ねぇシェイン、大丈夫だよね? レイナ壊れてないよね?」

 シェインの肩をつかんでゆらすエクス。

「問題ありません。こっちのツボを押せば、元通りです」

「はぅわ!」

 シェインに首筋を押され、ビクンとレイナの体が痙攣する。

「……ハッ! 私は何を……。メロスは? メロスの村はどうなったの?」

「よかった。元に戻ったみたいだ」

 ホッとするエクス。



「ここがその村だよ。ここはメロスに貸してもらった使ってない倉庫のなか。メロスはいま妹さんの結婚式の準備をしにいってる。結婚式は明日のお昼だって」

「そう、よかっ……」

 いきなり顔面から棒のようにぶっ倒れるレイナ。

「レイナ!? 大丈夫?」

 あわててレイナを抱き起すエクス。

「ZZZ……」

 静香に寝息をたてるレイナ。



「あちゃぁー……。指圧術の反動ですね。姉御はこのまま明日の朝までぐっすりです」

「なんだ、よかったぁ……」

 胸をなでおろすエクス。



「おい、坊主、シェイン。お前らも昨日の夜寝てないんだから、今のうちに寝とけよ。見張りはオレがやるからよ」

 エクス、口を押えてあくびをする。

「ふわぁ~。助かるよ、タオ。ありがとう。じゃあシェイン、僕たちも少し横になろ……」

 フン、とタオから顔をそむけるシェイン。

「タオ兄の力は借りません。姉御の様子はシェインが看ますから、どうぞ新入りさんは寝ててください」

「ってシェイン~! もういつまで喧嘩してんのさ!」

 タオが険しい顔でシェインを見る。

「あぁ、そうかい。分かったよ。それじゃあ勝手にしてくれ。オレは村を見回りしてくるからよ」

 ヒラヒラと手を振りながら、小屋から去っていくタオ。

「えっ!? ちょっと待ってよ、タオ!」

 エクスが追いかけて小屋をでるが、すでにタオの姿はそこになかった。




 メロスの村のさらに外れ――

 牧草地に放牧されている羊の数もかなり少なくなっていた。

 タオは、村人に聞き込みをしていた。



「おまんじゅう? 聞いたことないねぇ……」

 女性は首をかしげる。

「じゃあ、せめて、こしあんとかは?」

 タオが食い下がって問う。

「こしあん?」

 女性の頭上に疑問符が浮かぶ。

「あんこっつう、小豆をつぶして練ったものなんだが……。甘くて美味いんだ」

「聞いたこともないよ」

「この村に、誰か知ってそうな人はいねぇのか?」

「残念だが、村いちばんの料理上手のわたしでも知らない料理だからねぇ……。難しいと思うよ」

「(クソっ! この想区にはあんこ自体ないのかよ!)」



「……ねぇ、お兄ちゃん。お菓子を探してるの?」

 近くで遊んでいた子供の1人が近づいてくる。

「おまんじゅうは知らないけど、他のお菓子なら知ってるよ」


             ×  ×  ×


 一方、メロスの空き小屋では、シェインがレイナをひざ枕して看病していた。

 シェインの指が優しくレイナの銀髪をなでる。



「もう。どうしてタオにあんなこと言ったのさ!」

 エクスが言う。

 エクスは先ほどのシェインの発言に怒っているのだった。

 せっかく仲直りできそうだったのに、シェインが蒸し返してしまったせいで、タオもまた意地になって小屋を飛び出してしまった。

 普段、仲のよい2人を見ているエクスにはつらい。



「姉御が倒れたのはシェインの指圧術のせいです。だからシェインが責任をとるのは当然ですから」

 あくまで自分のせいだから、と主張するシェイン。

「でも、タオは自分を頼ってほしかったんじゃないかな? 仲直りもしたそうだったし」

 やんわりとエクスは言う。

「だったらおまんじゅうのこと、シェインに一言謝ればいいのです」

 シェインが頬をふくらませる。

「それは……。タオも意地になっちゃってるんじゃないかな? ふわぁ~……」

 大きなあくびをするエクス。

 一夜走り通しだったので、眠くなってきていた。



「……。メロスさんの妹はいいですよね。メロスさんにあんなに大切にしてもらって。シェインだって、タオ兄にもっと……って、新入りさん?」

 首をこっくりこっくりとして眠っているエクス。

「ZZZ……」

「寝ちゃったのですか。……ふわぁ~。シェインも眠いですが、シェインには姉御の看病をする使命があるのです」

 シェイン、自分の頬を両手で叩いて、ふるふるとクビを横に振る。


               ×  ×  ×


 夜になって、翌朝になった。

 メロスの空き小屋にやわらかな陽射しが差し込み、チチチ、と小鳥の鳴く声が聞こえてくる。

 メロスの小屋で一夜明かした調律の巫女一行。

 レイナがパチと目を覚ます。

「ふわぁ~。よく寝たわ……」

 両腕を上げ、大きく伸びをするレイナ。 

「おはよう、レイナ」

 エクスが手をあげる。



「って、結婚式はどうなったの?」

 ガバ! とあわてて立ち上がるレイナ。

 寝過ごしたと思ったらしい。

「今日のお昼頃に行われるよ」

「それが終わったら、またあの山を登って街まで戻らないといけないのね……」

 心底、憂鬱そうな表情をするレイナ。

 夜通し山を走り続けたデス・マーチはレイナの心に深い傷をのこしていた。



「って、あの2人は何してるの?」

 あの2人とは、小屋の壁際で、にらめっこしているタオとシェインでいった。



「……シェインはまだ平気です。タオ兄こそ、そろそろ眠ったほうがいいんじゃないですか?」

「ハン。何を言ってやがる。オレはまだまだ余裕だぜ? お前こそもう限界だろ。さっさと眠っちまったほうがいいんじゃねぇか?」

 目の下に大きなクマを作って、にらみ合う2人。

 フフフ……と狂気的な光が2人の目の奥で光っている。



「……ねぇ、まさかと思うけどあの2人……」

「うん。どうも一睡もしてないみたい」

「も~っ! 寝不足で倒れたらどうするのよ! 2人とも今すぐ寝なさ……!」

 小屋の外でゴオッ! と大きな爆発音。

 地面が崩れるような大きな地響きが起こる。

 思わず、その場でよろけるエクスとレイナ。



「な、なに!?」

「うわぁぁぁぁ! なにが起こったんだぁぁ!?」

 小屋の外から叫び声が聞こえる。

「メロスの声だ!」

「おい、なんかヤバそうだぜ」

「外でなにかあったんだわ! 急ぎましょう!」

 小屋の外に出発する4人。


               ×  ×  ×


 村の中心には、広場があった。

 メロスの声はそこから聞こえた。

 広場に向かった4人は、そこで凄惨な現場を目にすることになった。

 おそらく結婚式にむけて、キレイに飾り付けられていた会場は、破壊され蹂躙されつくしていた。

 広場の真ん中で、メロスが拳を地面に何度も叩きつけている。

「うおおぉぉぉん! ウソだ! ウソだあぁぁぁ!」

 メロスのゲンコツは皮膚が破れて血がにじんでいる。

 何度も何度も力の限り叩きつけたのだろう。



「ええっ!? これはいったい……」

 破壊された会場の悲惨さもさることながら、エクスたちを緊張させたのは別の理由だった。

「な、何これすごい数のヴィラン……! いったいどこから!?」

 会場を埋め尽くす黒い蟻のような影――それは大量のヴィランであった。

 シェイン、目を細めて遠くを見る。

「おそらく、結婚式の参加者たちが全員ヴィラン化したんじゃないでしょうか」

 シェインがツラそうな表情で告げる。



「メロス! 大丈夫?」

「うおおぉぉぉん! ウソだぁぁ!」

 エクスの手を振り払い、自暴自棄になって腕を振り回すメロス。

「あれが! 妹なわけない! そんなことがあるものかぁ!」

 メロスの視線の先には、ウェディングドレスを着たヴィランが――

「まさか妹さんがヴィランに!?」

 ショックを受けるエクス。

「ひどい……」

「なんてえげつねぇことしやがる!」

 いつのまにかヴィランの群れがエクスたちを円状に取り囲んでいる。

 ウェディングドレスを着たヴィランが先頭になって襲いかかってくる。



「クルル、くるるるあああああ!」

 ヴィランが奇妙な鳴き声を発して、飛び込んでくる。

「みんな! ヴィランがくるわよ! 気をつけて!」

 レイナの号令に、エクスたちは導きの栞を用意するのだった。



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