タガメの話 第3話

「ひでえことしやがるなあ」

 カゲロウが居なくなったのを見計らい、マツは若様の部屋に降り立ってそう呟く。そして、タガメが押し込められた長持を開けてやった。

 マツの姿を見て、タガメは恐怖で目を見開き、更に言葉にならない叫び声を上げようとしたが、マツが「し!」と、それを制する。

「黙れ」

 低く、そう呟いたあと、マツはタガメを長持から出すと、猿ぐつわを外してやった。

「……両手と両足の縛りを取るのは、お前が俺の質問に、これからどう答えるか次第だ」

 マツが低く、そう囁く。

「どういうことだ?」

「俺に質問は許さない。お前は俺の質問にだけ、答え続けろ。ここでその姿のまま家臣どもに見つかるか……ゲンゴロウが無事に解放されるまで、若君の姿で居続けるか。選ぶのはお前だ」

 マツの有無を言わせない視線に、タガメは静かに頷く。

「良い子だ」

 マツがにこりと微笑むと、タガメの頬がポッと赤くなる。

「あれが、お前の父親か?」

 マツの記憶では、あれは花魁のお座敷の時、タガメを叱りつけていた男だが、タガメは「そうだ」と頷く。

「カゲロウは俺の育ての父親だ」

「……母親は」

「今まで七人くらい変わったから、どれを母親だと言って良いのかわからない」

 二年前からは一緒に暮らしている女は居ないと、タガメは付け加えた。

「お前……いや、ゲンゴロウか? いや、どちらでも良い。花魁に渡した水晶の腕輪。アレは何処で手に入れた」

「あれは、作ったんだ」

 あっさりと、タガメが答える。

「作った? 誰がだ」

「リチャード」

「リチャード?」

「浦賀で漂流していた英吉利(イギリス)人だ」

「ほう? 英吉利人……」

 浦賀で漂流していた外国人……と聞いて、マツは何かがつながった気がした。

「江戸に居るお前が、浦賀に居る英吉利人と知り合いなのか?」

 マツの問いかけにタガメが首を振る。

「リチャードは吉原にいる」

「は?」

 えらく身近なところに居るものだと、マツは驚いた。


 タガメの話では、浦賀で漂流していたリチャードは、浦賀奉行所の同心に拾われた。そこで一命を取り留め、回復するまで浦賀のある村での滞在を許されていたのだが、どうにもこうにも扱いが悪く、居心地が悪い。

 そこでリチャードは逃亡を計画したのだが、逃げるにも舟がないし、母艦であるイギリス戦艦に帰ろうにも嵐に遭ったその船がまだ海上に居るのかも分からず、さて無事その船に帰り着いたところで、自分がみんなにどういう扱いを受けるのかもわからない。

 そんなときにリチャードは一人の男と出会った。

 男の名は、独楽乃助こまのすけと言うらしかった。

 独楽乃助とカゲロウは懇意だというのだが、残念ながらタガメは独楽乃助に会ったことはない。

 独楽乃助は行ったこともないはずのリチャードの国の言葉を流暢に話すという。

 それで、リチャードが独楽乃助を慕った。

 独楽乃助が江戸に帰るとき、自分も連れて帰れとせがんだ。独楽乃助はたいそう困ったようだったが、リチャードの髪が黒いのを良いことに彼の頭頂部を剃りあげ、髷を結い、自分の着物を着せ、三度笠をかぶせて江戸の町まで連れて来たという。

「リチャードの作った装飾品を独楽乃助から買い取り、売り捌いているのがうちのおとっちゃんだ」

 作ったモノを売り捌くことは罪ではない。だから、タガメもそれは堂々とマツに伝える。

「なるほど……。では浦賀の御店おたなや大分屋は、お前の父親から装飾品を買ったと言うことか……」

「おとっちゃんが誰に装飾品を売ったのか、俺は知らない」

「そうか。では、その装飾品が赤鼠に奪われたという話は、知っているか?」

「あかねずみ!」

 赤鼠という名を聞いて、タガメが嬉しそうに顔をほころばせた。

「それは、俺だ」

「なに!?」

「おとっちゃんが、間違えて売っちまったから返せというのに返さねえ。取り返してこいと言うから取り返したんだ。赤鼠って、いま江戸の街を騒がせている妖怪なんだろう? 金持ちから金や宝を盗んで、長屋の貧乏な連中に恵んでやるとか……かっこいいから、名乗らせてもらった」

 タガメの顔にはまったく、悪の意識もない。マツは大きく溜息を吐いて、タガメの頭にげんこつを喰らわせる。

「なにしやがんだ!」

「馬鹿野郎! お前の親父はその御店おたなの主人どもから五十両からいう金を盗ってんだよ! 間違って売ったんじゃねえ、親父が売ってからお前が盗んで取り返し、親父がそれをまた違う買い主に売ってんだよ、この馬鹿たれが!」

「……え?」

 事態が飲み込めず、不思議そうに目を見開くタガメに、マツは小さく舌打ちをし、睨み付けた。

「死人が出てるんだ」

 マツが、タガメに告げる。

「南町奉行所の同心だ。お前の……ニセモノの赤鼠の痕跡を追っていて、西洋の装飾が施された小刀で刺されて死んだ」

「……死……」

「いいか? タガメ。同心は、ニセモノの赤鼠。つまりはお前を追って、死んだんだ。同心殺しで一番、疑わしいのは……お前だ」

 漸く事態を飲み込み、タガメは小さく、小さく、首を横に振る。

「違う。ちがう、ちがう、ちがうちがうちがう! 俺じゃない、俺じゃない俺じゃない俺じゃない、信じて、信じて、俺じゃない!」

 体の前で両手を縛られた恰好のまま、タガメはマツにすがりつくように「信じて欲しい」を繰り返す。

「俺がお前を信じるも信じないも、今後のお前次第だ」

 マツの言葉に、タガメは目を見開き、じっとマツを見つめる。そして……小さく、こくりと頷いた。

「……俺は人なんか殺していない。そして……ゲンゴロウを……弟を助けてやりたい」

 タガメの決意に満ちた瞳に、マツは「わかった」と頷く。

「俺に出来ることは?」

「一番良いのは、ゲンゴロウを返せる日まで、お前が若様の恰好をして普通に生活しててくれることなんだが……」

 マツの言葉に、タガメが首をかしげ、「うーん」と唸ったあとで、大きく首を振る。そして、カゲロウが縛っていった自分の両手をマツに差しだした。

「これ、ほどいて。俺はあんたに惚れた。アンタと一緒に行く」

「は?」

「俺はアンタに惚れた。だから、アンタと一緒なら、何処にでも行く!」

 タガメがそう言って、マツの胸に顔を埋めた。

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大江戸いろは~swallowtail butterfly~ TACO @TACO2016

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