タガメの話 第2話

 さて……花魁がゲンゴロウを誘拐したと聞いて……タガメの養父カゲロウは、驚いた……と言うよりむしろ、喜んだ。

 ゲンゴロウが居なくなれば、自分が育てて来たタガメがゲンゴロウのに成り代わり、一国一城の主になれるかもしれない。

 そうすれば自分は夏は暑く、冬は寒い馬番などではなく、タガメに頼んで城の中の役職に変えてもらうことも出来る。

「ゲンゴロウなど、いっそそのまま、吉原の妓夫ぎうにでもしてくれれば良いのに」

「それは駄目だよ、おとっちゃん」

 タガメが顔をしかめ、大きく首を振る。

「ゲンゴロウはあと十日で、国許くにもとに帰るんだから」

 ゲンゴロウとタガメが入れ替わっているのは、江戸に居る間だけという約束だ。

「お前がゲンゴロウの代わりに、国許に行けばいい」

「嫌だよ、俺、国許の言葉すらわからないのに」

 タガメとゲンゴロウは元々、江戸で生まれた。双子は縁起が悪いからと、父親である殿様が家臣に命じて生後十日でタガメを近くの神社のご神木の下に捨て、養父として選ばれた馬番のカゲロウがタガメを拾った。嫡男に据えたゲンゴロウの方はお百日を待ってから国許に連れ帰った。


 双子はそれから十七年目にして初めて出会った。ゲンゴロウは十七年間、国許で育ったから、江戸屋敷の家臣達はゲンゴロウの普段の話し方や、着物の着付け方、食べ方など誰も知らない。

 だからこそゲンゴロウも江戸屋敷に居る間くらいならバレないだろうと、快くタガメに若君の座を入れ替わってくれたのだ。

 だが、国許は違う。ゲンゴロウが十七年間生まれ育った実家である。ほんの三ヶ月前に入れ替わったタガメなど、バレないわけがない。

「それに俺は、もう若様なんかめんどくせえよ。この三ヶ月、充分に贅沢させてもらった。ゲンゴロウは馬番の自由さが気に入った、参勤交代の度に変わってくれって言うけど。俺はもう若様なんかゴメンだな」

 それどころか馬番すら放棄して、江戸の町で町人となり、大店おおだなの商家に奉公に出たいと言い出す。

「最近よう……日本橋に可愛い娘がいてな。大黒屋のちゃんって言うんだが……たしか、十五か十六か……」

 十七歳の自分に丁度良いと、タガメは頬を赤らめるが、カゲロウがそれをふんと鼻で笑った。

「そういうわけだから、ゲンゴロウは助けてやらねえとなあ……」

 ゲンゴロウを無事国許に帰した後、自分は馬番を辞めて江戸の町で町人として暮らすつもりなのだと、タガメは養父に告げる。

「……それは、困る。俺はお前に、若様になってもらわねばならん」

 いうなり、カゲロウはタガメを殴りつけ、タガメの着物の帯やヒモをほどいて両手、両足を縛り付けた。

「お、おとっちゃん! 何すんだ!」

「お前を若様にするためだ。まずはゲンゴロウにいなくなって貰わねばならん。お前は、しばらくそうしていろ」

 カゲロウはタガメを縛り上げ、猿ぐつわをかませると、部屋の片隅においてあった長持にタガメを放り込む。

「二日、そこで我慢していろ。おとっちゃんがお前を立派な若様にしてやるからな」

 言葉にならない叫び声を上げ続けるタガメを長持に押し込み、カゲロウはタガメを宥めるようにそう囁く。そして、長持の蓋を閉じ……若様の部屋の周囲を見渡し、誰もいない事を確認すると、廊下に出て、そっと障子を閉じた。



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